愛に生きて 前編/カタクリ
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どのくらいの間、そうしていただろう。
きっと時間にしたら数秒なんだろうけど
背中を強く抱き締められて
耳元でお兄ちゃんの吐息がくすぐったくて
それは
私の知ってるカタクリお兄ちゃんではなくて
心臓が破裂しそうなほどにうるさくなる。
「……どうしたの?お兄ちゃ——」
と、廊下の向こうから
誰かの話し声と足音が聞こえた。
なんとなくこの状況は見られたらまずい気がする。
離れなくちゃ。
私がそう思った矢先
お兄ちゃんは私を腕に抱いたまま
素早く自分の部屋のドアを開け
中に入り、パチンと鍵を閉めた。
「………」
お兄ちゃんの意外な行動に驚いて動けずにいると
お兄ちゃんは私をそっと床に下ろす。
「……すまない。欲が出た。」
何かを後悔しているような、思い詰めたような
そんな表情で小さくそう呟いた。
「……どうして謝るの?欲って何?」
「………」
核心を言おうとしないお兄ちゃんの服を
思わず掴んだ。
「ちゃんと言ってよ……私、お兄ちゃんが何を考えてるのかわからない。」
「それは……お前のことだ。」
「……えっ…?」
服を掴んでいた私の手を優しく握り
そのまま目の前に片膝を着いて
視線を合わせ、真っ直ぐに見つめられた。
「おれはいつも、お前のことを考えている。」
思いもよらない言葉に、思考が追いつかない。
私のことを?
いつも?
ダメだよ、そんな言い方。
勘違いしそうになる。
「何、言って——」
何、言ってるの?
冗談なんてお兄ちゃんらしくないよ!
笑ってそう言おうとしたけど、言葉を失った。
目の前のお兄ちゃんが
するりと首のファーを外したから。
何年も前に、口元を隠して
決して人前で晒すことのなかった
お兄ちゃんの素顔。
「悪いな、ミドリ。」
頭の後ろを抑えられて
お兄ちゃんの顔が近付いてきて
おでこにやわらかい感触があった。
今のは……
「ミドリ……」
次は頬に、チュ、と音を立てて
優しい口付けをされる。
何が起こってるの?
これは夢?
熱を帯びた真剣な瞳で私を見つめる
目の前のお兄ちゃんは幻?
再び思考が停止して動けずにいる私を
お兄ちゃんはふわりと優しく抱き締める。
「すまない……」
もう一度謝ってくるその声も
この温もりも確かにお兄ちゃんのもので
夢でも幻でもなくて
お兄ちゃんは私にキスをして、抱き締めてるんだ。
「………ちょ、あの、お兄ちゃん?」
理解した途端、急激に鼓動は激しくなって
火が出そうなほど顔が熱くなって
動揺を抑えられないまま
お兄ちゃんの腕の中でパニックになっていた。
そんな私をよそに
お兄ちゃんはひどく落ち着いていて
「おれはお前をただの妹と思っていない。」
真っ直ぐに目を見て言われた言葉は
私の鼓動をさらに速くさせた。
「この意味は、わかるな?」
「……えっと……」
まさか、お兄ちゃんも……
私と……
「ママに逆らうなんてどうかしていたが、お前が誰かのものになると思ったら、気が狂いそうだった。」
唇を噛み締める。
嬉しすぎて、涙が溢れた。
「……っ私も、カタクリお兄ちゃんのことっ……」
「あァ、ちゃんとわかってる。」
大きな手で髪を撫でられる。
「おれたちは兄妹として育って、兄妹としてこれからも生きていく。」
私の頬を流れる涙を指で拭いながら
大きな手で両頬を包まれる。
「だが今は、過去も、これからのことも、何も考えるな。」
真っ直ぐな瞳を前に頷くと
ゆっくりとお兄ちゃんの顔が近づいてきて
私はそっと目を閉じた。
唇と唇が、静かに重なった。
この瞬間、私たちは一線を超えた。