愛に生きて 前編/カタクリ
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あの日。
長く触れ合うだけのキスを一度だけして
抱き締め合って、お兄ちゃんの腕の中で眠った。
朝、目覚めると
すでに起きていたお兄ちゃんが
優しい瞳で私を見つめていて、幸せな瞬間だった。
それからは、私たち2人の秘密が始まった。
皆の前ではいつものように接して
2人きりになれば強く抱き締め合って
何度もキスをした。
婚約がなしになったわけではない。
こんなこと、本当はいけない。
でも、どうしてもやめられない。
胸の中は罪悪感でいっぱいだった。
間違いだとわかっていても、私たちは求め合った。
そんな生活が半月ほど続いた頃
間違いを犯してきた私に天罰が下る。
「ミドリ、来い。」
皆が寝静まった真夜中。
血相を変えたカタクリお兄ちゃんが
私の部屋にやってきて、そのまま連れ出された。
「訳は後で話す。とりあえず今は黙って着いてくるんだ。」
珍しく余裕のないお兄ちゃん。
何か大変なことが起こっているんだと思った。
お城の東側の入江に小さな船が停泊していた。
訳がわからないまま
私はお兄ちゃんと船に乗り込む。
「……ママに、お前を殺すよう命じられた。」
船を出しながら
お兄ちゃんの口から衝撃的な一言が発せられた。
「…えっ……」
言葉を失い、その場に座り込む。
体が震えた。
「安心しろ。おれがそんなことをするはずがない。」
「どうして…私を……?」
「………」
真っ暗な海の中、船首の灯りを頼りに
お兄ちゃんが船を進める。
舵が安定したところで、私の目の前に座ると
重い口を開いた。
「ミドリ、お前の父親は海軍のスパイだった。」
「えっ…お父さんが?」
「おれ達の情報を海軍本部へ送っていたんだ。」
「………」
私のお父さん……
不思議なことに、私たち兄弟は自分の父親の存在をあまり重要視していない。
というより、自分の父親がどこの誰なのかも
生きているのか死んでいるのか、それすらも
わからない場合の方が多い。
私の場合は珍しく
父親がお城で給仕の仕事をしていた。
あまり会うことはなかったけど、顔を合わせれば
「元気にしてるか?」「うん。」
そんな程度のやりとりはあった。
そんなお父さんの正体が、海軍のスパイだった…
「……もしかして、お父さんは…」
カタクリお兄ちゃんは辛そうな表情をして
静かにひとつ頷いた。
殺されたんだ。と、すぐにわかった。
だからママは私のことも消そうと……
ツーっと涙が頬を伝う。
震えの止まらない身体が
ふわりと暖かい温もりに包まれた。
「お前を海軍に引き渡す。今、その場所へ向かっている。」
「海軍に?どうして……」
私の問いに対して答えはなく
抱き締められてる腕にギュッと力を込められた。
「ママには、お前は死んだことにしている。二度と……おれたちの前に姿を現すな。」
なんだか泣き出しそうな、苦しそうな
そんな声だった。
きっともう
こうする以外に、どうすることもできないんだ。
お兄ちゃんの態度でそう悟った。
腕を回して、いつものように太い首に抱き付く。
「……もう、会えないの?」
「……あァ、別れだ。」
涙が溢れて止まらない。
「生きてくれ。」
消え入りそうな声だった。
強く強く、名残惜しむように
私たちは最後まで抱き締め合った。
ーーーーーーーー
ママの縄張りを抜けると
前方に船の灯りが見えてくる。
船首には、3年前のあの時
お兄ちゃんと戦っていた将校の人が立っていた。
「ひとりで来たのか。舐められたものだ。」
「大事な妹を任せる船を沈めたくはない。さっさと行け。」
その人とお兄ちゃんが短いやりとりをして
私は促されるまま、ひとり軍艦に乗り込んだ。
一度だけ振り返ると
カタクリお兄ちゃんが優しい瞳で私を見ていた。
それを見て、私はまた涙が止まらない。
いくら私たちが過ちを犯したからって
こんな終わり方、あんまりだ。
目の前には、今までは敵と認識していた人たち。
知ってる人は誰もいない。
そんな船の上で
私はいつまでも泣きじゃくっていた。
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