第一章 〜めぐり会い〜
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ラブリー通りを抜けるとエンジェルビーチに出た。
特に会話が交わされることはなく
煙草を咥えたまま歩き続けるワイパーさんの後を
やや早歩きで着いてきて、ここまで来てしまった。
それほど人気はないけど
子どもたちが遊び回る声が響く。
見ると、落ちているものを見つけたのか
ひとつのコナッシュを投げて遊んでいた。
危ないなぁ…と思っていると
目の前でワイパーさんが立ち止まり
子どもたちを気にする様子もなく
真っ白く広がった海雲を眺めていた。
人ひとり分の距離をあけて隣に立つ。
……もしかしたら、ここに来たかったのだろうか。
「……好きなんですか?海。」
「いや、好きでも嫌いでもねェ。」
フゥーっと煙を吐いて
短くなった吸い殻を足元に落とし
踏み付けて火を消しながら彼は答えた。
家を出てから初めての会話。
なんともはっきりとしない返事。
でも、怒っている様子は見受けられないので
気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ。」
ワイパーさんはぶっきらぼうに答えながら
新しい煙草を口に咥えて火を付ける。
「どうして…私とお見合いを?」
「あ?お前から写真を送ってきたんだろ。」
「そうなんですけど…あれは実は…父が勝手に…」
「おれじゃ不服か。」
ギロリ、と鋭い視線を向けられる。
やばい。失礼だったかも。
「そ、そういうわけではないです、けど……」
「はっきりしろ。いいのか、よくないのか。」
「あの…よくないということではなくて…」
この流れでうまくこの縁談を断ることが
できないだろうか…
そう考えていた私は、甘かったと自覚する。
はっきりと伝えられず、言葉を濁す自分に
ワイパーさんが苛立ち始めている。
どうしたら彼の気を悪くすることなく
うまく伝えられるだろうか。
言葉が出なくなって足元に視線を落としていると
子どもが大声をあげた。
「あぶない!!」
何事か、と辺りを見回すと
突然ワイパーさんの腕が目の前に伸びてきて
片手で頭を抱き寄せられる。
ドゴッ!!と頭の後ろで鈍い音がして
思わず目を閉じた。
「あぶねェだろ!てめェらァ!!」
「ごめんなさーい!!」
ワイパーさんの図太い声がビーチに響き
子ども達の声が遠ざかっていった。
そっと目を開ける。
目の前にはよく鍛えられた小麦色の胸元があって
目のやり場に困っていると
抱えられていた頭から大きな手が離れたので
私もワイパーさんから離れた。
見ると足元には
無惨に割れたコナッシュが転がっている。
子どもたちがさっき遊んでいたコナッシュ……
それを見て、やっと状況を把握した。
私に向かって飛んできたコナッシュを
ワイパーさんが砕いて助けてくれたんだ。
「す、すみませんっ!」
「ボーっとしてんじゃねェ!!」
頭の上から怒鳴られて、ビクッと身体が固まる。
「ごめんなさい……」
そのまま頭を下げた。
と、ワイパーさんの手が目に入り、咄嗟に掴む。
「手、大丈夫ですか!?」
あんなに硬いものを砕いたのだから
きっとただの怪我じゃ済まない。
自分よりひと周り大きな手を
両手でさするように触った。
太く長い指によく焼けた肌は
自分のそれよりも硬く、分厚い。
そして、傷ひとつなかった。
「よかった……」
ずっと戦いの中で生きてきた男の人の手。
なんて丈夫なんだろう。
私だったら血だらけ…いやきっと骨が折れてた——
「おい、もう放せ。」
気付いたら私は無意識にその手を撫で続けていて
ワイパーさんは居心地が悪そうに
スッと自分の手を抜く。
「あ、ご、ごめんなさい。」
「……帰るぞ。」
そう言ってラブリー通りの方へ向きを変え
相変わらず速いスピードで歩き出したので
慌てて後を追った。