最終章 〜あなたとなら〜
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あんな事件が起こったことなど嘘のような
空気の澄んだ静かな夜道を並んで歩いた。
誰もが寝静まっている時間。
2人の足音だけが辺りに響いて
私たちは出来るだけ小さな声で話をした。
「……巻き込んで悪かったな。」
「ワイパーさんは何も悪くないです。」
「ありがとうな。」
繋がれた手はとても暖かくて
さらに強く握られる。
「おれの罪を一緒に償うと言ってくれて。」
包丁を向けられたあの瞬間
私の人生はここで終わるのかもしれない、と
恐怖を越えるほどの感覚を味わった。
でもそれ以上に
”大切な人を守りたい“という気持ちが大きくて
自然と出た言葉だった。
「少しでも役に立てたならよかったです。」
私はちゃんと、ワイパーさんの“妻“に
近付けている気がして、単純に嬉しかった。
家に着くと、玄関ドアの前で
ワイパーさんは立ち止まった。
「おれはまだ後始末があるから、一度社に戻る。お前はゆっくり休んでろ。」
「あ、そうなんですか。すみません、送ってもらっちゃって。ありがとうございます。」
このまま一緒に家にいられると思っていたから
内心はすごく寂しくなったけど
仕事に戻るというワイパーさんを引き止められず
名残惜しく思いながらも手を離した。
——と、
「………おれは…人殺しだ。」
別れ際、ポツリとそう言った。
「……え?」
「神に仕えることで、お前といることで、心が洗われる気がしていたが、そんなのとんだ勘違いだった。あの女が教えてくれたよ。」
言いながら右手を開く。
さっきまで私の手を優しく握ってくれていた掌だ。
「この手は汚れている。」
「そんな……」
「あの女の旦那だけじゃない。きっと知らないところでもっと多くの人間を傷付けてきた。」
私は全力で首を横に振って
両手でその手を掴んだ。
「時代のせいだったんです!それに、今はもう神様を、スカイピアを守る立場にある。この手に、私は守られています!」
「……こんな手で、お前に触れるべきじゃなかった。」
ワイパーさんは反対の手で私の手を離させると
悲しい笑みを浮かべた。
「お前は本物の天使みてェだ。」
「………」
「でも、おれは……人殺しの鬼だ。」
「っ…違います!」
「天使と鬼が夫婦になんて…おかしいと思わねェか?」
どうして、そんなことを言うの。
「お前を幸せにするなんて……高望みだった。」
全部を諦めたような表情を浮かべて
「一緒になるべきじゃねェよ。」
私をドン底に突き落とすような言葉を。
「……っ………」
何も言えなかった。
思考が停止したように動けず
今の私には、ワイパーさんを引き留められる
言葉が出てこない。
ただ頬を涙が伝っていた。
「………疲れてるだろ。もう休め。」
ワイパーさんはドアを開けると
私の肩を支えてそのまま部屋まで一緒に入り
ベッドに座らせてくれた。
「ひとりにして悪いな。」
……それは今の状況に対して?
それとも……
「……ワイパーさん帰ってくるまで、起きて待ってます。」
部屋を出て行くワイパーさんの背中に向かって
最後に振り絞った言葉は、虚しく空気に消えた。
バタン、ガチャ、と玄関のドアと鍵が閉まると
音のない静かな空間になる。
私は流れる涙もそのままに、ベッドに寝転んだ。
そのまま夜が明けても
どれだけ待っても
ワイパーさんが帰ってくることはなかった。