第七章 〜鬼と結婚するということ〜
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「おかえりなさい!お疲れ様でした!ご飯できてますよ!」
仕事帰りのワイパーさんを
出来るだけ明るく、笑顔で出迎えた。
ワイパーさんは全て見透かしているように
フッと軽く笑って私の頭をくしゃっと撫でる。
「ありがとうな。」
その笑顔を見て
私はなぜか少し泣きそうになった。
夕食を一緒に食べながら
今日のことにはなるべく触れない方がいいかと
不自然なくらいどうでもいい話ばかりをした。
常連のおばあちゃんがいつもくれる飴が
とてもおいしい、とか
お店でコニスのハープ演奏を始めた、とか
ラキが塩と砂糖を間違えて
とても残念な料理が出来た、とか。
ワイパーさんはいつものように静かに
私の話を聞いてくれていた。
時おり見せる笑顔はいつも通りにも見えるけど
なんとなく節目がちで、微かに元気がなく見える。
やはり昼間のことが原因だろう。
どうにか励ますことはできないかと考えながら
夕食後の片付けをしているとき
ワイパーさんの方からその話題に触れてきた。
「今日、悪かったな。最後のやつ、驚いたろ。」
「……あ、いえ…大丈夫です。私は。」
「そうか。」
続く言葉を必死に探した。
ワイパーさんこそ、大丈夫ですか?
あんな言葉、気にしちゃダメですよ?
私なんかに心配されたくないかと
これといってうまい言葉が出てこない。
「今日は先に休む。」
そう言ってワイパーさんは部屋へ行ってしまった。
洗った食器を片付けながら落胆した。
きっと傷付いて、悩んでいるのに
気の利いた言葉のひとつも言えなかった。
こんなとき、大切な人を元気づけるには
どうしてあげたらいいんだろう。
——トントン
気がつけば、ドアをノックしていた。
放っておけなくて、勝手に体が動いた。
中からの返事はない。
「ワイパーさん……失礼します…」
そっとドアを開けて顔を出すと、ワイパーさんは
ベッドに背を預け、ただ床に座っていた。
そっと、彼の方を向いて隣に座る。
「心配かけて悪い。」
申し訳なさそうにそう言って笑いながら
ワイパーさんは私の頭をくしゃっと撫でた。
また、私は少し泣きそうになる。
「あの……私、気の利いたことも言えないし、何もできないけど……放っておけなくて……」
ワイパーさんは私から手を離すと
膝の上で両手の指を組み、静かに話し始めた。
「お前との生活で忘れていた。おれが”鬼”と呼ばれていたことを。」
「そんなの……昔の話です。」
「昔じゃねェ。つい2年前まで命の奪い合いをするような戦いばかりしていた。」
「………」
「あの女の旦那、調べたらエネルの元で働かされていた神隊だったんだ。おれ達の…敵だった。3年前におれ達と神隊との大きな抗争があったんだが……その時に命を落としてる。」
「……そうだったんですか…」
「おれが直接手を下したわけではない。だが、その戦いを仕掛けたのは…このおれだった。」
話しながらだんだんと両手を強く握る。
自分に怒っているような、悔やんでいるような
指先に力が入っていくのが見てとれた。
「おれが……殺したようなもんだ。」
「違います!!」
私は思わずその手に両手を重ねた。
それ以上、何も言えなかった。
すごく重いものを背負ってる今のワイパーさんに
何を言っても
全て薄っぺらな言葉に聞こえてしまいそうで。
ワイパーさんも、もう何も言わなかった。
少しして、そっと手を離される。
「もう寝ろ。」
優しい言い方だった。
私を心配させまいとしていることもわかった。
だけどなんとなく一線引かれた気がして
それが少し寂しくも、何も言えず
歯痒い思いのまま、私は静かに部屋を出た。