第六章 〜くちづけを〜
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2人分のお弁当と飲み物、そして調子に乗って
お菓子までもを詰め込んだバスケットを手に
ワイパーさんと家を出た。
人気のない道を歩きながら
それとなく私の手からバスケットを受け取り
空いた手で私の手を握る。
こんなふうに手を繋いで隣を歩くことが
いつの間にか当たり前になっている。
恥ずかしくも、とても嬉しい。
”恋人同士” ”夫婦”
そんな言葉が似合う私たちになれたことが。
歩いたこともないような慣れない険しい道のりを
ワイパーさんに手を引かれながら進んでいくと
開けた場所に出た。
「ここが……」
「あァ。おれの一番大切な場所だ。」
たどり着いたのは、シャンドラの遺跡。
2年前の大きな事件からその存在が露わになり
スカイピアでは有名な場所になったけど
足を踏み入れたのは初めてだった。
一目見ただけで思わず息を呑んでしまうほど
雄大な景色が広がっている。
その迫力に呆然としている私をよそに
ワイパーさんは歩みを進めて
中心で大きな存在感を放つ神殿を登り始めた。
「登っていいんですか?」
「問題ねェ。」
半分ほど登ったところで
振り返り、その場に腰を下ろす。
私も同じように、ワイパーさんの隣に座った。
目の前に広がる景色を眺めているだけで
不思議と目頭が熱くなってくる。
私には想像もつかないような歴史を重ね
多くの人の想いが詰め込まれた場所なんだろう。
ワイパーさん達シャンディアの皆にとって
特別な場所。
「……連れてきてくれて、ありがとうございます。」
「……あァ。」
それからどちらも、何も言わなくなった。
何百年も昔のものとは思えないほど
堂々たるシャンドラの遺跡を前に
その圧倒的な存在感を満喫するだけで
胸がいっぱいだった。
「腹減った。食っていいか?」
しばらく静かな空間を満喫した後
おもむろにワイパーさんがバスケットを開ける。
「はい、食べましょ!こんな場所で食べられるなんて、こんな贅沢ないですね。」
「大袈裟だな。」
私が差し出したおにぎりを受け取りながら
ワイパーさんはそう言って笑った。
歯を見せて、目を細め、こんなに屈託なく笑う
彼の笑顔は初めてで、目を奪われる。
そんな表情が見られたのも
この特別な場所のおかげなんだろう。
ここへ来てよかった。
いつになく楽しそうなワイパーさんの隣で
私もおにぎりにかぶりついた。
ーーーーーーーー
「あー、食った。」
作ってきた昼食を全て平らげ
満足気にお腹をさすると
ワイパーさんは交差した腕を頭の下にして
その場にゴロリと寝転んだ。
「私も。」
羽織っていたカーディガンを丸めて枕のようにし
同じように隣に仰向けになる。
ひんやりとした地面は少し硬いけど
とても気持ちがいい。
でも、すぐ隣にある存在感に常に胸が高鳴って
少し落ち着かない。
「……素敵な場所ですね。気持ちがいい。」
このドキドキとうるさいのを誤魔化すように
そしてこの特別な場所の空気を満喫するように
そっと目を閉じた。
「寝てもいいぞ。」
ポツリと隣からそう聞こえて
目を開いてワイパーさんを見た。
「寝たらもったいないです。」
「あ?何がだ。」
「ワイパーさんとこうしてる時間が、です。」
「そうかよ。」
また、笑ってくれた。
貴重な笑顔を目に焼き付けようと見つめていると
その視線に気付いて、その表情から笑顔は消え
お互いに寝そべったまま
隣同士で視線と視線が交わる。
私は寝返りを打つように
ワイパーさんの方へ体ごと向き直った。
今日は2人でここで過ごして
普段は見られない笑顔を見ることができて
物理的にだけでなく、心の距離も
ワイパーさんともっともっと近づけた気がする。
ワイパーさんが好き。
自覚したばかりの気持ちが溢れて止まらない。
「……帰るぞ。」
じっと見つめてしまったせいか
急に居心地が悪くなったように
ワイパーさんは頭をガシガシと掻きながら
上半身を起こした。
この愛おしい時間を終わりにしたくなくて
私は焦って起き上がり、咄嗟に腕を掴む。
「まだ、ここにいたいです。」
「離せ。」
「あ、すみません…」
「……言ったろ?おれは余裕がねェ。この、今のお前の雰囲気っつーか、オーラっつーか……また手ェ出しちまいそうだ。」
昨日の夜と同じ。
少し焦っているような、戸惑っているような。
そして、私を意識してくれているような。
「……いいんです。出してください。」
「あ?何言ってんだ。」
「私だって……手を繋ぐだけじゃ、もう足りないです。」
地面についているワイパーさんの大きな手に
そっと手を重ねて、顔を近付け、視線を合わせる。
見つめ合っているだけで
ドクンドクンと大きく脈打つ心臓の音。
触れた手を伝って聞こえているんじゃないかって
すごく恥ずかしくなった。
でも、知ってほしい。
こんなに恥ずかしくても近付きたいほど
あなたを好きなこと。
気持ちが届いたのか。
そっと伸びてきた掌。
髪に優しく指が通されて、耳にかけられると
そのまま頬に添えられた。
目を閉じる。
ふわりと煙草の香りが鼻を刺激して
頬に、柔らかい感触が落とされた。
初めてのキスだった。
ドキドキドキドキ。
胸はずっとうるさい。
すぐに離れたので目を開けると
顔を逸らされて表情は見えなかった。
「……帰るぞ。」
「は、はい。」
バスケットを手にそそくさと歩き出す
ワイパーさんの後ろを慌てて追いかける。
帰り道、会話もなく
手が繋がれることもなかった。
それでも、優しく甘い空気が
2人を包んでいる気がした。
ずっと、胸のドキドキはおさまらない。
頬にそっと手をやる。
唇でもよかったのに……
こっそりと、そう思った。