第四章 〜ありがとう〜
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大きくて、ゴツゴツしている
戦うことを目的に鍛えられてきた男の人の手。
なのに、やっぱり
その温もりは驚くほどに優しい。
「あの……ワイパーさん?」
頬に触れられたまま、真っ直ぐに見つめられて
そろそろ恥ずかしくなり、名前を呼ぶと
ワイパーさんは我に返り、手を離してくれた。
「あァ、悪ィ。」
「いえ……」
恥ずかしさから、なんとなく気まずい空気になり
何も言えなくなると
今度はワイパーさんから静かに話し始めた。
「……ガキを作るためじゃねェ。」
「……え?」
「あの時、ジジイ共に見合いしろと急かされ、面倒臭ェから適当に写真を選んでその場はやり過ごすつもりだったんだ。」
「……そうだったんですか…」
「でも、その中にお前の写真を見つけた。その瞬間、おれの中で適当じゃなくなった。」
「…えっ?」
「この女となら、と、そう思ったんだ。」
「………」
「ガキなんて、おれにとったら二の次だ。」
ワイパーさんの胸中を聞いて
思いもよらなかった内容に鼓動が速くなる。
「お前が結婚したくねェならしなくてもいいから、とりあえず……そばにいろよ。」
言葉が見つからなくて
ただ頷くしかできなかった。
子孫を残すために
偶然選ばれたわけじゃなかった。
子どもを作るための道具なんかじゃなかった。
ワイパーさんは、ちゃんと“妻“として
私を選んでくれていた。
「あの…ワイパーさん、私……」
「なんだ。」
ずっと、こっそり願っていたことがある。
そんなことはおこがましい、と
望んではいけないし
決して口にはできないと思っていたけど
胸の内を話してくれた彼を前に
私も今なら素直に言えるような気がして
勇気を出して伝えてみることにした。
「私たち、知り合ったばかりだし、お互いのことはまだほとんど何も知らないけど……夫婦になるのなら……」
「あァ。」
「私は、ワイパーさんを愛せたらいいなと思うし…その……あなたに愛されたいと思ってます。」
言ってしまった。私の本音。
恥ずかしさから顔が熱い。
恐る恐る前を見ると
ワイパーさんは口元に手の甲をあてて
目を泳がせている。
そして、耳まで真っ赤になっていた。
やっぱり、今のは恥ずかしすぎた!
「おれは——」
「ごめんなさい!やっぱり今の、忘れてください!何でも言えって言ってくれたから、つい……」
「あ?」
「変なこと言っちゃった。すみません……」
「あ、いや、別に……」
再び、気まずい空気になってしまった。
コーヒーをすするワイパーさんの耳は
まだ少し赤い。
私もきっと、同じように
赤い顔を隠せていないに違いない。
「あの…あ、もうこんな時間だし!ご飯!作ってきますね!」
重い空気を振り払うように
わざとらしく時計を見て、キッチンへ向かった。
“愛してほしい“なんて
そんなこと言うなんて、やっぱりどうかしていた。
「はぁ……」
少し落ち込みながらも
気を紛らわすように冷蔵庫を開け
残りの食材を確認しながら、何を作るか考える。
と、いつの間にか隣に来ていたワイパーさんが
一番下に置かれていたお肉を指差した。
「肉が食いてェ。」
「お肉ですか?」
「バーベキューが一番好きだが、肉料理なら何でもいい。」
好きな料理はバーベキュー。
教えてくれたことが嬉しくて
私は笑顔で頷き、そのお肉を取り出した。
「じゃあ卓上コンロ出して、ベランダでバーベキューしましょう。」
「いや、狭いだろ。」
「なんとか座れますよ。」
小さなベランダに小さなテーブルを出し
2人並んで座って
焼いたお肉や野菜を食べながら
月明かりの下
その日は夜遅くまで2人で話をした。
今までで一番、ワイパーさんを近くに感じた。