第四章 〜ありがとう〜
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「………」
「………」
久しぶりに、隣を歩いた気がする。
カフェが青海人に制圧された事件は
街中に広まっていて、周りはザワついていたけど
ワイパーさんと私の2人だけが静かに歩いていた。
「あの……本当にお仕事は大丈夫なんですか?」
「言ったろ?平和ボケしてんだ。一日くらいおれがいなくても問題ねェ。お前んちまで送ってく。」
「………」
——夫婦になるんだから、言いたいことは言って、ちゃんと話し合わないと。
——とにかく、ちゃんと話をしなさい!
お母さんとラキの言葉が頭の中にこだまする。
2人の言う通り、ちゃんと話をしたい。
一度は逃げてしまったけど
私たち、やり直すことができるかもしれない。
こうして
私を心配して来てくれたワイパーさんと
もう一度、ちゃんとやり直してみたい。
「あの……帰ります。ワイパーさんと、私の家に。」
恐る恐るそう言うと
ワイパーさんは立ち止まり驚いて私を見つめる。
そのポカンとした表情に
変なことを言ってしまったのかと不安になって
もう一度聞いてみた。
「帰っても…いいですか?」
「……あ、おう。そうか……わかった。」
特に動じてないような返事をしながらも
鼻の頭をポリポリと掻いて再び歩き出す。
なんだか少し嬉しそうな、照れているような
そんな様子に、胸がきゅっとなった。
「あの……手、繋いでもいいですか?」
「……あ?」
唐突すぎるし、言うのはすごく恥ずかしかった。
でも、決めてたんだ。
またやり直せるのなら
ちゃんと私からも歩み寄ろうって。
「あの…私はあまり男の人に慣れていないので……その、手を繋ぐところから少しずつ、慣れていってもいいですか?」
「それは構わねェが……」
ワイパーさんがチラリと周りを見る。
夕暮れ時。
まだまだ人通りが多い時間帯だ。
「……やっぱり人前じゃ恥ずかしいですよね…ごめんなさい。」
あぁ、失敗だ。
タイミングを間違えた。
恥ずかしくなって俯く。
………と、
「……ほらよ。」
目の前に大きな手が差し出された。
「え……いいんですか?」
「あァ。来い。」
私はその手を、そっと握る。
熱い温もりに、ギュッと包まれた。
手と手が触れ合ってるだけなのに
ものすごく緊張して、鼓動は速くなり
心臓は潰れそうなほどで、全身が熱くなる。
なんだか変な汗もかいてきた。
こんなことで、よく夜を共にしようと思ったな、と
数日前の自分の浅はかな行動を反省した。
「……おれが怖いか?」
少し歩いたところで、前を向いたまま
おもむろにワイパーさんがそう聞いてきた。
彼の方から話を振ってくれたのは
初めてのことかもしれない。
「……あの…正直まだ少し、怖いです…ごめんなさい。」
「いや、謝ることはねェ。」
「でも……私今日、神隊の皆さんが来てくれたから大丈夫と思ってたけど……ワイパーさんが来てくれたとき、その…すごくホッとしたっていうか……安心したし、嬉しかったです。」
「……そうか。」
鼻先を指で掻いて、顔を逸らす。
また照れてるのかな?と思った。
と、その時気がついた。
私まだ、今日のお礼を言えていなかったことに。
繋がれている手を引っ張って、立ち止まらせる。
「ワイパーさん。」
「あ?なんだ。」
改めて向き合って、指先をギュッと握って
背の高いワイパーさんを見上げた。
「助けに来てくれて、ありがとうございました。」
「………」
なぜかワイパーさんは何も答えなくて
ジッと私の顔を見つめる。
視線と視線が真っ直ぐに交わって
「ふふっ」
恥ずかしさから、思わず笑ってしまった。
「……そっちの方がいいな。」
「え?」
「ごめんなさい、より、ありがとうの方がいい。」
繋いでいない方の手を、ポンと頭に乗せられる。
「お前はおれに気を使いすぎだ。」
そして、また歩き出した。
今、ちゃんとは見えなかったけど
少しだけ笑ってくれた気がして
とてつもなく、胸がドキドキする。
それ以上は、何も言えなくなってしまった。
部屋の前に帰ってくると
それまでずっと繋がれていた手が離される。
急に外気に触れた指先はひんやりと感じ
同時に少し寂しくもなった。