第一章 〜めぐり会い〜
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
メニューを開いて唖然とする。
そこは大盛りメニューが売りの店だった。
賑わう店内には、いかにもたくさん食べそうな
大柄な男の人たちばかり。
店員さんが注文を取りに来て
ワイパーさんは慣れたように肉料理を注文をし
私は慌てて、一番量が少なそうな
空魚のメニューを注文した。
「よく来るお店なんですか?」
「…まァな。」
水を飲みながら一言だけワイパーさんは答えた。
相変わらず、口数は少ない。
言わなくちゃ。早く、縁談をお断りしなくちゃ。
そう思えば思うほど
焦ってうまい言葉が見つからない。
そうしているうちに運ばれてきた料理。
目の前に置かれた大きな皿の料理は
本当に一人前なのかと疑うほどで
どう考えても食べ切るのは難しそう。
圧倒されつつも
いい香りに釣られて一口口に入れてみた。
「……おいしい。」
豪快な見た目とは反対に
柔らかく口の中で溶けるような味に
自然と顔が綻んで、思わず頬に手を添えた。
「すっごく美味しいです。」
「……よかったな。」
ワイパーさんもナイフでお肉を切って食べ始めた。
大口を開けて、口の中に吸い込まれていくように
どんどん料理が減っていく。
なんて気持ちのいい食べっぷり。
一緒に食事をするのは初めてだったけど
ワイパーさんにつられるように私も食が進んだ。
見ているだけで
こちらもお腹がいっぱいになってきそうなほど
勢いよく、豪快に、本当に美味しそうに
食べる人だ。
と、いうか…
本当に、お腹がいっぱいに……
ワイパーさんが料理を完食し
残っていたお酒を飲み干す頃
私はお皿の半分ほどで手が止まっていた。
美味しいのは本当。
でも、もうお腹がいっぱいで
これ以上は入りそうにない。
こんなにたくさん残したら
連れてきてくれたワイパーさんにも
お店の人にも申し訳ない。
でもどうしても、フォークを持つ手が動かない…
「……それ、食ってもいいか?」
ふいに、ワイパーさんは私のお皿を指差した。
「え…食べてくれるんですか?」
困っていることに気付いてくれたのか
それともただの気まぐれなのか……
「あァ、食う。」
ワイパーさんは空になった自分のお皿を退けて
私の料理を自分の前へと引き寄せる。
「ごめんなさい、食べかけで……」
「気にしねェ。」
本当に気にもとめていないように
大口を開けて食べ進めながら
ワイパーさんはポツリと呟いた。
「……女には多すぎるんだな……次は、違う店にする。」
その一言に、胸がギュッとなる。
怖い、怖い、と思っていた人の
何気ない優しさを感じた。
「次……」
そうだ、言わなくちゃ。
あなたと結婚する気はありません、て……
「あの…ワイパーさん…」
「あ?」
「……私…えっと…ワイパーさんとは……」
下を向いて口籠る。
こんな風に優しくしてくれたのに
一方的に終わりにしてもいいものなのか……
迷っているうちにワイパーさんは
最後の一口を食べ終えて立ち上がる。
「食った。出るぞ。」
また、言えなかった。
ーーーーーーーー
レストランを出ると
辺りはすっかり暗くなっていた。
やはり何を話すわけでもなく
ワイパーさんは私を送ってくれる。
もう家が見えてきた。
今、言わなくちゃ。今度こそ。
「あのっ、ワイパーさん。」
意を決して立ち止まると、目の前で
ワイパーさんも背を向けたまま足を止める。
「……わかってる。」
「……え?」
「結婚はやめにしたい、だろ?」
「あ……」
まさか。
……見抜かれてた。
いつもの地を這うような低い声で
でもどこか少し寂しそうな背中。
「気を遣わせたな。」
「いえ……」
怒ってる?
背中を向けたままで、表情が見えない。
と、ふいにワイパーさんが振り返って
私の手首を掴む。
「でも、やめにはさせない。」
突然向けられた、熱い視線。
「……え?」
手首から伝わる、熱い、掌の温度。
「おれのそばにいろ。」
顔と顔が近い。
「おれと、結婚しろ。」
睨みつけるように真っ直ぐに見つめられて
なぜか逸らすことができない。
「………はい。」
どうしてそう返事をしたのかは
自分でもわからない。
「結婚…します……」
ワイパーさんが怖くて、逆らえなかったから?
ううん、違う。
確かにワイパーさんは、すごく怖い。
でも、なぜか
このまま終わりにしたくないと
思ってしまったんだ。