あなたがくれたもの/アーロン
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ミドリが船に来てから一週間が過ぎた。
とても静かな夜
海の真ん中に船は停泊していた。
ギシ、ギシ、と見張り台へ続くロープの
きしむ音が微かに響く。
その音に気付いたアーロンが台から顔を出すと
登ってきている人物を確認して
呆れたようにため息をひとつ吐いた。
「アーロンさんっ、手貸してくださいっ。ここ、ちょっと怖い。」
もう少しで一番上まで届くという場所から
ミドリが手を伸ばし
声をひそめながら必死で訴える。
こいつがぐずついている間に
同胞たちが起きちまうかもしれない。
アーロンは仕方なく手を伸ばし
ミドリの細い腕を掴むと片手で軽々と引き上げ
見張り台の中に下ろした。
「勝手に部屋を出るな。」
「一度でいいから、ここ登ってみたかったんです。」
「ひとりで登れねェくせに。」
「それに今日、アーロンさん不寝番だって聞いたから。」
「あ?」
「お話したくて。」
ミドリはニッと笑顔を見せた。
「いつお別れになるかわからないでしょ?」
月明かりに照らされるその笑顔は
少し寂しげだった。
「まァ、どうせ暇してたとこだ。付き合ってやる。」
アーロンが見張り台の床に腰を下ろすと
ミドリも嬉しそうに隣に膝を抱えて座った。
いつかの夜にも、こうして2人並んで座って
話をしたことを思い出していた。
「……どうして、私を連れ出してくれたんですか?」
「またそれか。言ったろ。ただの気まぐれだ。理由はねェよ。」
「そこは、友達だから、って言って欲しいんですけど。」
「友達ごっこなんかしてるつもりはねェ。」
「………」
ミドリが拗ねたように口を尖らすと
アーロンは何か考えるように空を見上げる。
「おれもわからねェんだ。人間なんて滅亡したらいいって思ってるんだがよ。」
「うわ酷い。」
「こんな小娘ひとり放っとけねェなんてな……」
「……まァ、体が勝手に動いちゃうことってありますよね。」
「しかし、てめェの親父のまぬけヅラは見ものだった。」
シャハハ、と小さくアーロンが笑う。
と、反対にミドリの瞳から一筋の涙が流れ
アーロンはそれを見逃さなかった。
「なんだ。やっぱり帰りたいとか言ったら海へ投げ捨てる。」
「違うっ、そうじゃないんですっ……」
「泣くな。うざってェ。ハンカチなんて洒落たモン持ってねェぞ。」
「いらないですっ…っ……」
ミドリが指で一生懸命涙を拭っていると
アーロンは呆れたようにひとつため息を吐き
反対へ顔を向けながら
その大きな掌をミドリの頭の上に置く。
優しく撫でられているわけではないが
ミドリは更に涙を誘われた。
「っ…私……アーロンさんと出会わなければよかった……」
「あァ?」
ミドリからの唐突な発言に
アーロンは頭に置いていた手を離し
ミドリの顔を覗き込んだ。
「あのままクソオヤジと暮らしたかったか?」
「そうじゃなくてっ……」
ゴシゴシと手の甲を擦り付けて
無理やり涙を拭ったミドリの目元は
少し赤くなっていた。
その潤んだ瞳で
真っ直ぐにアーロンの顔を見つめる。
「アーロンさんは海賊で、私は海軍を目指してる。敵同士なのに……私アーロンさんが好きです。」
「なっ……」
「いつかは別れなきゃいけないのに、もっとそばにいたいって思っちゃうんです。ただの友達の”好き”じゃない。この”好き”は——」
「それ以上は言うな。」
「うわっ!」
アーロンはミドリの頭を掴むと
勢いのままに自分の膝に押し付ける。
ミドリの体は簡単に横に倒れ
アーロンに膝枕される形になった。
「頭を冷やせ。バカ野郎。」
「………ごめんなさい、つい……」
勢い任せに口走ってしまった。
私を放っておけなかったと言ってもらえて
不器用に頭を撫でてくれて
別れの日まで心の奥底に
押し込めておくつもりだった気持ちが溢れて
最後までは言わせてもらえなかったけど
でももう、告白してしまったようなものだ。
すごく恥ずかしい。でも、嬉しい。
アーロンさんのことをこんなふうに思ってる
人間もいるんだってことを知ってほしかったから。
火照った顔に
少しひんやりとしたアーロンの体温が心地よく
ミドリは瞳を閉じた。
喋らなくなったかと思えば
静かな寝息が規則正しく聞こえてきて
アーロンはミドリの顔を覗き込む。
「……クソ、普通この状況で寝るか。」
面倒くせェ、と呟きながらも
見張り用に置かれていたブランケットを手に取り
ミドリの身体にかけてやる。
「本当に変な女だ……」
——そして、別れの時は突然だった。