第一章 〜遠い空の下で〜
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私の父は、とても優しい人だったけど
仕事を失ってから人が変わってしまったそうだ。
汚い金に手を染め、命を狙われて
絶望のままに母を刺し、一家心中をはかった。
幼かった私も殺されるはずだったところを
重症の母が命がけで逃がしてくれたという。
それから私は母の姉である叔母に育てられた。
「あなたのお母さんが亡くなってから、私があなたを迎えに行くまでのひと月の間、この島に偶然立ち寄っていた旅の人が、あなたの面倒を見てくれていたのよ。」
叔母さんがよく聞かせてくれた話だ。
その頃の記憶はないけれど
私は彼のことをチャンと呼び
その仲間たちにもよく懐いていたそうで
私が叔母に引き取られた後、彼らは島を出た。
それから月に一度
私たちの元へ、伝書鳩がお金を運んできたという。
差出人はなかったけど、それが彼の仕業だと
叔母さんはすぐにわかったらしい。
「チャンさんの助けがなければ、とてもじゃないけど私一人であなたを育てられなかったわ。」
叔母さんはそういって
いつもチャンに感謝していた。
10歳になる頃
いつものようにお金を運んできた伝書鳩を捕まえて
私は初めて手紙をつけてみた。
『ミドリです。10歳になりました。
チャン、いつもありがとう。』
本当に届くかは半信半疑だったけど
どうにかして感謝を伝えたかったから。
『ミドリ。もう10歳か。
元気そうで何よりだ。』
はじめてのチャンからの手紙は
なんともそっけないものだったけど
私は返事をくれたことが嬉しくて舞い上がった。
こうして月に一度の手紙のやりとりが始まった。
『チャン、元気ですか?
チャンは今、どんな場所にいますか?』
『おれはお前が想像もできないほど
遠くの海にいる。
ミドリも元気でやれ。』
どんなにぶっきらぼうな返事でも
私はチャンとのやりとりが嬉しくて
手紙を送ることをやめなかった。
『チャンはどんな人ですか?
男の人なのはわかるけど
もっとチャンのことを知りたいです。』
『自由に海を放浪してるだけの、ただの旅人だ。
ミドリの理想の人物像とは
かけ離れてるだろうな。』
どんな質問をしても、チャンが
自分の正体や居場所を明かすことはなかった。
それに気付いてからは
私も詮索するような質問をしないようにした。
『最近島に海賊が来ます。
海賊が来てると、家から出ちゃいけないと
おばさんに言われるからつまらないです。
ケガさせられた人もいるみたい。
海賊なんていなくなればいいのに。』
『確かに海賊は犯罪者だ。悪いヤツらかもな。
でもおれはな、海賊は嫌いじゃない。
中には気のいいヤツらもいる。
善悪は自分の目で見極められるようになれ。』
叔母さんに余計な心配をかけたくない私は
誰にも言えない悩みを
チャンへの手紙に打ち明けたこともある。
『学校の友達に
お前の親は人殺しだ、と言われます。
お父さんがお母さんを殺したから。
だから私も人殺しになるって。
勉強は好きだけど、学校には行きたくない。
チャン、私はこのまま生きていていいの?』
『生きてちゃいけない人間なんていない。
失う痛みを知ってるお前は
誰よりも優しい人間になれるはずだ。
学校なんて行かなくていい。
海を見ろ。
ミドリの悩みが
どんなに小さいものかわかる。』
そんなやりとりをしているうちに、いつの間にか
正体もわからない、会ったこともない彼が
私の一番大切な人になっていた。
もう10年。
毎月の手紙のやりとりを続けている。
きっといつも夢に出てくるあの人はチャンだ。
ただの夢だけど、私はそう確信している。
記憶の奥底に眠る過去の出来事を
夢に見ているんだと思う。