第五章 〜さよならの前に〜
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前にもこんな風景を目にしたな、と思った。
養護施設の仕事を終えて酒場へ来ると
シャンクスが店内の掃除をしている。
「よう。おつかれさん。」
ニッと微笑みかけてくれるその笑顔に
一気に顔が熱くなる。
つい先日、自覚してしまったこの気持ちに
私はまだ戸惑っていた。
「いつ、この島を出るんだ?」
店が開店し、いつものように賑わう中
店長が調理をする横で食器を洗うシャンクス。
私はテーブルを拭きながら
2人の会話に耳を傾けた。
「特に決めてねェが、ベックもうるせェからそろそろだな……」
近々この島を出るということは聞いていたから
期待はしていなかったけど
やっぱり変わらない答えにこっそり肩を落とす。
片付けてきた食器を洗い場へ置くと
シャンクスは慣れた手つきでそれを手に取り
泡立てたスポンジで洗い始めた。
片腕なのに、店長と話をしながらも
器用にお皿を洗っていく。
私は隣に立ち、洗い終わった食器を拭き始めた。
「おれとしてはずっとここに居てくれてもいいんだがな。」
「なんだ、店長も寂しがってくれんのか。」
「当たり前だろ。」
「海賊ってのは煙たがられるもんなのに、嬉しいなァ、揃いも揃って。」
その言葉に、文字通りギクッとした私を
シャンクスがニヤリと横目で見る。
前に寂しいと言ってしまったことを後悔した。
「別に寂しくなんかないから。」
できる限りの憎たらしい口調でそう言えば
シャンクスはそうかよ、と楽しそうに笑った。
口をついて出てしまった、少しの強がり。
私が素直に本音を言ったところで
シャンクス達がこの島に
留まってくれることになるわけではないから
これでいいんだ。
「そうだ、ミドリ。ひとつ頼みがあったんだ。」
ふいに店長が話題を振ってきた。
「私に?何ですか?」
「会って欲しいヤツがいるんだ。取引先の息子さんでな。ミドリをここで一度見かけて気に入ってくれたらしい。」
「……私を?」
詳しく話を聞くと、どうやら
いつもお酒を卸してくれているお店の息子さんが
私に好意を寄せてくれて
ぜひ一度食事を、と言ってくれているらしい。
「お得意さんなんだ。一回だけ、会うだけ会ってやってくれねェかな。」
突然の話に困惑する。
だって男の人からそんなふうに思われてるなんて
生まれて初めてのことだし
しかも隣では、あろうことか
今まさに私が好意を寄せているシャンクスも
この話を聞いている。
隣の反応が気になり横目で盗み見るも
食器洗いで下を向いてる上
長い前髪で表情を確認できない。
「それって…お見合いってことですか?」
「まァ似たようなもんだが、そんな大袈裟なもんでもねェよ。ただ会ってくれりゃいい。ミドリも相手を気に入ったらまた会えばいいし、気に入らなきゃそれまでだ。」
「私、男の人と2人で会うとか…うまくできるかどうか……」
つまりはデートってことだ。
話したこともない人とデートするなんて
想像もできないし、喜んでもらえるような
振る舞いが私にできるとも思えない。
それに私には……
「いい話じゃねェか!ミドリももういい年頃だろ!」
黙って聞いていたシャンクスが
水道の水を止めながらそう言った。
「男のひとりやふたり、経験しとけ。どうせめぼしい相手もいないんだろ?」
シャンクスの茶化すような口ぶりに
私はムッとなる。
同時に、意識している相手からそう言われ
胸の奥がズキッと傷んだ。
「そんな言い方することないじゃない!私にだって……」
好きな人くらいいる。
それなのに、この男は……
「なんだ?恋人がいるのか?」
「……そうじゃないけど…」
「悪いなァ、ミドリ。おれの顔を立てると思って。」
店長が顔の前で両手を合わせて
私に向かって頭を下げる。
「…わかりました!その人と会います!!」
店長からすがりつかれてしまっては断れないし
シャンクスへの対抗心もあって
私は半分ヤケになってそう答えた。
それに、冷静になってみると悪い話じゃない。
こんな私に好意を寄せてくれる男性なんて
この先現れる保証もないし
素敵な人なら、願ったり叶ったりだ。
もしそれが、運命の相手ってやつだったら
不覚にも
シャンクスに芽生えてしまったこの気持ちを
もしかしたら忘れることができるかもしれない。
いつの間にか店の手伝いをやめて
カウンターで飲みながら楽しそうに
店長と話しているその男を恨めしい目で見る。
こんな
いつ居なくなるかわからない人が相手なんて
そんな不毛な恋は、終わりにしてやるんだから。