第一章 〜始まる〜
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医療棟を出ようとするところで
私の退院を聞きつけたたしぎさんが
スモーカーさんを連れて見送りに来てくれた。
「ミドリ、退院おめでとうございます。またいつでも遊びにきてくださいね。」
自分のことのように嬉しそうな笑顔を向けてくれるたしぎさんに、私も笑顔を見せた。
「何でも相談に乗りますから、何かあったら私たちを頼ってください。」
お世話になりました。ありがとうございました。
その気持ちを込めて、2人に向かって深く頭を下げる。
泣きそうだった。
もっとここにいたい。
顔を上げると
ずっと黙っていたスモーカーさんが口を開く。
「たしぎ。こいつに部屋と、雑用でも何でもいい、仕事を手配してやれ。」
「え?」
「帰りたくねェ家だってあるもんだ。」
この人は、どうしてか
いつも私が欲しい言葉をくれる。
堪えていた涙が溢れ、慌てて両手で顔を覆う。
「ミドリ。」
たしぎさんが強く抱き締めてくれた。
「そうだったんですね。気付いてあげられなくてごめんね。」
あなたが謝ることじゃないです。
そう伝えたかったから、たしぎさんの腕の中で
何度も首を振った。
その腕の中は暖かくて、遠い記憶の中に残る
母の温もりを思い出した気がした。
「言っとくが、ここは甘くねェぞ。帰りたくなけりゃしっかり働け。」
私の頭をガシッと掴むように撫で、そう言い残すと
スモーカーさんは棟内へ戻って行った。
言葉は厳しいけど、そこには愛がある気がして
大きくて優しい掌の温もりが頭に残った。
スモーカーさんの背中を見送りながら
何かが込み上げてきて、全身が熱くなる。
感謝で胸がいっぱい。
ううん、感謝だけじゃない、この溢れる気持ち。
友達もいなくて、大嫌いな父と二人きりの
何の楽しみもない生活。
そんな毎日が続いて、気付けば年頃といわれる
年齢になっていて、こんな私でもいつか
恋をしたりするのかな、なんて漠然と考えていた。
まさか相手が、街の誰もが知っているような
大物になるとは思ってもいなかったけど
確実に、これは恋なんだと思う。
いつから?
昨日中庭で話をしたときから?
違う。
病室で初めて会った時から。
きっとあの時から
すでにスモーカーさんに惹かれていた。
私の初恋。
スモーカーさんは、私にたくさんの初めてをくれる。
これまでの毎日は
長い人生のほんのプロローグに過ぎなくて
スモーカーさんに出会えた今
やっと私の物語が動き出すんだ。
そんな気がした。
その大きな背中に向かって
私の恋が走り出した瞬間だった。