第七章 〜忘れる〜
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「スモーカー中将。お疲れ様です。」
ロイス先生はすぐに姿勢を正して敬礼をした。
スモーカーさんだ。
声を聞いただけで、視線が合っただけで
心臓がドクンと跳ねた。
こうやって面と向かって会うのは久しぶりだった。
会いたいと思っていたけど
こんなところを見られてしまうなんて…
真っ直ぐに見つめられる。
どんな顔をしたらいいのかわからなくて
思わず視線を逸らしてしまった。
「もう遅い。早く部屋で休め。」
「はい。失礼します。」
特に気にする様子もなく
スモーカーさんは背中を向け行ってしまった。
大きな足音が遠のき、姿は見えなくなった。
さっきの、見られてた?
何か誤解されてしまいそうな状況だった。
スモーカーさん、変に思ったかもしれない。
私とロイス先生の関係を
勘違いさせてしまったかも。
「ミドリちゃん?大丈夫?」
動揺を隠せずにいる私を
先生は心配してくれたけど
私は頷くだけで精一杯だった。
スモーカーさんは
私がこんな時間に男の人と2人きりで
恋人同士のような距離感でいても
気にせずに通り過ぎることができるんだ。
その事実が、とても悲しかった。
「もう休んだ方がいいな。寮まで送るよ。」
そう言うロイス先生に、肩に手を回され
歩き出そうとしたところで
少しずつ、再び大きな足音が近付いてきて
スモーカーさんが戻ってきた。
「こいつはおれが預かっていいか。」
そう言って、私の肩に置かれた先生の手を外す。
ずるい。
気にも留めていなかったクセに
私の心を読んだように戻ってくるなんて。
こんなの、もっとあなたを忘れられなくなる。
気持ちとは裏腹に、私の手は勝手に
スモーカーさんの上着の裾を掴んでいた。
少しだけ、震える指先で。
「……では、お願いします。」
何かを察したロイス先生は
スモーカーさんに頭を下げて戻っていった。
部屋までの通路を
スモーカーさんと並んで歩く。
親に連れられている子どものように
スモーカーさんの上着をぎゅっと掴んだまま
夜の廊下に2人の足音だけが響いていた。
「……あまり気分のいいもんじゃねェな。」
女子寮へと近付く頃
唐突にスモーカーさんが呟いた。
言葉の意味がわからなくて見上げると
罰が悪そうに目を逸らす。
「自分に惚れてるって言った女が、他の男といるのを見るのはよ。」
その言葉に、つい立ち止まってしまった。
「いや、なんでもねぇ。気にするな。」
罰が悪そうに、頭をガシガシと掻く。
気まずさを感じてるときによくやる仕草だ。
「だが、ひとつ教えろ。」
その仕草につい笑みが溢れる私に
視線を合わせて聞いてきた。
「あの男はお前の何だ。」
そう聞いてくれたことが
私のことを気にしてくれたことが
嬉しくてたまらない。
『心療内科の主治医の先生』
『声が出せるよう
相談にのってもらってる』
メモを見せると、スモーカーさんは顔を上げて
フーッとゆっくり煙を吐きながら
また頭をガシガシと掻く。
「もうここでいいな。さっさと帰って寝ろ。」
大きな手をポンと軽く頭に乗せながら
「じゃあな。」
そう言って向きを変え、帰っていく。
大きな背中が見えなくなるまで見送った。
本当は追いかけて
抱き着いてしまいたい気分だった。
ねぇ、スモーカーさん。
今のあなたの行動全部、私期待しちゃうよ。
忘れるって言ったけど
やっぱりもう少し、もう少しだけ
頑張ってみてもいいですか?
あなたを好きでいてもいいですか?