第七章 〜忘れる〜
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あの男は、本当恋愛下手なんだから…
ミドリを悲しませるなんて…
と、ブツブツ文句が止まらないたしぎさんと別れて
部屋へと戻った。
机の上には、あのクマのぬいぐるみ。
胸に抱いて、ベッドに寝転ぶ。
目を閉じる。
やっぱり落ち着く。
心を穏やかに、というのは
こういうことなんだろうか。
顔を埋めてゆっくり息を吸う。
スモーカーさんの葉巻の香りは
とっくに消えていた。
スモーカーさんを好きな気持ちも
こんなふうに簡単に消えてしまえば楽なのに。
”忘れる”なんて
どうして言ってしまったんだろう。
——帰りたくねェ家だってあるもんだ。
——満足したら、さっさと離れろ。
——お前が落ち着くんなら、そうしてろ。
いつも、何度でも思い出すのは
優しくされたときのこと。
抱き締められた時の温もり。
忘れようとすればするほど
がんじがらめになっていく。
気付いてしまった。
私が一番心が休まるのは
このクマのぬいぐるみじゃない。
……会いたい。
ーーーーーーー
「やぁ、ミドリちゃん。」
仕事を終えた夜遅く。
部屋へ続く廊下を歩いていると
ロイス先生に声をかけられたので
笑顔でぺこりと頭を下げる。
検査から数日が経つけど
先生とは基地内でよく顔を合わせては
少し話をしていた。
「こんな時間まで働いてたのか。いつも忙しそうだな。ちゃんと休んでる?」
今日も私の体調を気遣ってくれる、優しい先生。
『お休みもちゃんともらえているので大丈夫です』
「そうか……よかったら次の休みにその…どうかな?一緒に街に行ったりとか。」
一緒に街に?私が先生と?
突然の誘いに答えを迷っていると
すぐに先生は続ける。
「ごめん、急に。驚いたよね。なんて言うか…もっとミドリちゃんの力になれたらと思って。」
いつもは爽やかでニコニコしている先生の顔つきが
なんだか急に真剣になった気がした。
「会ったばかりで変かもしれないけど、もっとおれを信用して頼ってほしいし、その……君のそばにいたいと思ってる。」
私のそばに……
なんだかこの言い方って……
「いきなりすぎるよな。驚かせてごめん。もう気付いたと思うけど、そういうことだから。」
先生の長い手が伸びてきて
優しく私の髪を撫でた。
「おれがミドリちゃんの心の支えになれたらって思ってる。」
高い背を屈ませて視線を合わせられると
なぜか私は目を逸らせなくて
何て答えていいのかもわからない。
自分の身に何が起きているのか
整理するのがやっとだった。
どうやらロイス先生は
私に好意を寄せてくれているみたい…?
「でも気にしないで。勝手に思ってるだけだ。まぁ、少しずつでいいから、意識してくれたら嬉しいけど。」
もう片方の手に肩を優しく掴まれたかと思うと
先生の顔が少しずつ近付いてきて
相変わらず私は動揺したまま
ただ立ち尽くしていた。
——と、先生の唇が
私の頬に触れそうな距離まできたところで
「通路で何してんだ。」
後ろから、低く太い声が響いた。