第一章 〜始まる〜
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すかさず、たしぎさんが持っていたメモ帳と
ペンを差し出してくれた。
「これあげますから、色々と聞かせてください。まず、あなたの名前は?歳はいくつ?」
医師の先生から聞いたのか、たしぎさんは
私が話せないことを知っていた。
もらったメモ帳にサラサラとペンで書く。
『ミドリ 18才』
その様子を見ていたスモーカーさんは
何かに納得したようだった。
「なんだ、喋れねェのか。」
頷く。
うまくコミュニケーションの取れない人間で
ごめんなさい。
言葉を伝えるのに時間がかかってごめんなさい。
なるべく、ご迷惑はおかけしませんから。
初めて会う人と話す時は
いつもこんな気持ちになる。
こんな私とは
できるだけ関わらないでください、って。
そして大抵の人は戸惑い、腫れ物に触れるかのような態度になって、静かに私から離れていく。
でも、スモーカーさんは他の人とは違った。
「まァ、そんなこたァどうだっていい。」
言いながら私の持っていたメモ帳を指さした。
「何でもいい。お前のことを教えろ。」
「………」
そんなことを言われたのは初めて。
私のことを教えろと言われても、スモーカーさんが
私の何を知りたいのかわからない。
『声が出なくなったのは12歳のとき』
『お母さんは小さい頃亡くなった』
『お父さんが働かなくなって
仕事ばかりさせられてきた』
『毎日暴力を振るわれた』
『あんな人死んでも悲しくない』
きっと普通なら趣味とか、好きなこととか
得意なこととか教えるものなのかな。
あいにく私にはそんなものは何もない。
書きながら、なんだか情けない気持ちになった。
たしぎさんが「苦労してきたのね」と涙ぐむ横で
スモーカーさんは無表情でメモを見ていた。
『助けてくれて ありがとうございました』
最後に2人に伝えたかったことを書いて見せて
笑顔を作った。
たしぎさんは優しく微笑んでくれたけど
スモーカーさんは相変わらず無表情だった。
ーーーーーーー
「てめェ、知ってたならなぜさっさと言わねェ!」
医療棟からの帰り道
スモーカーは隣を歩くたしぎを軽くど突く。
「私の話も聞かないで、スモーカーさんがさっさと中に入っちゃったんじゃないですか!」
「トロいんだよ、てめェはいちいち。要は、あん時は父親が死んじまったショックで喋らなかったんじゃなくて、もともと声が出ねェってことだな。」
「そのようです。原因は強いストレスみたいで。ふとしたきっかけでまた話せるようになる場合もあれば、このままということもあるみたいです。」
「まァおれ達には関係ねェ。元気になったらうちへ帰してやれ。」
「そうですね。では、私はここで。」
「あァ。」
たしぎと別れ、自室へ戻りながらスモーカーが
ふと思い出すのはミドリの最後の笑顔だった。
18歳。思いの外、年齢が上だった。
幼く見えたのは
喋らないのと、痩せていて小柄なせいか。
食事も満足にとっていなかったんだろう。
それにしても
なんとも不思議な雰囲気の女だった。