第七章 〜忘れる〜
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次の日から、スモーカーさんはこれまで通り
食堂へ顔を出してくれるようになった。
目が合えば手を上げてくれる。
時々、言葉を交わしてくれる。
避けないでいてくれる。
もう、それだけで十分だ。
「ミドリ!」
談話室で休憩中、たしぎさんに声をかけられた。
「休憩中?隣いい?ミドリに紹介したい人がいて。」
たしぎさんの隣には見たことのない男の人。
スラッと背が高く、白衣をビシッと着こなして
いかにも″できる医者″という雰囲気。
「こんにちは。」
なんとも爽やかに会釈をしてくれたので
釣られて私も笑顔になり、軽く頭を下げる。
「新しく医療班に来たロイス先生です。若いけど、心理療法に精通してる腕のいい医師なんですって。」
心理療法…
「そんなふうに言われるとプレッシャーなんですが、失声症の子がいると聞いて、少しでも力になれないかと思って。」
「ほら、ミドリ、話せるようになりたいって言ってたから。」
そういえば、声を失ってから
最初は病院に行って検査をしたりもしたけど
原因がはっきりしないまま
きっともうこのままなんだ、と半ば諦めていた。
スモーカーさんと出会って
話せるようになりたいと考えるようになって
自分なりに発声の練習をしてみたりもしたけど
いまいち結果は出ていない。
『話せるようになりたいです』
メモにそう書くと、先生もたしぎさんも
嬉しそうに笑ってくれた。
ーーーーーーー
「声帯や口腔内には異常はないね。やっぱり心因性、ストレスが原因かな。」
次の日に早速検査が行われ
付き添ってくれたたしぎさんの横で
声が出なくなった時のことを先生に話した。
「原因であるお父さんはもういない。でも、なるべくストレスを溜めずに、とにかく心を穏やかに保つことが大事だよ。」
心を穏やかに…
「カウンセリングも大事だから、また話をしよう。大丈夫。きっと治る。」
そう言う先生に優しい笑顔を向けられて
この日の検査は終わった。
部屋への帰り道。
「私もなんでも協力するから言ってくださいね!なかなか一緒にはいられないけど。」
力強く両手を握ってくれるたしぎさんに笑顔を返す。
「ストレスを溜めずに、心を穏やかに…先生は何か心が安らぐものなら、モノでも場所でも、何でもいいって言ってましたね。何かある?」
心が安らぐもの…
『クマのぬいぐるみ』
「ぬいぐるみ?」
『母が作ってくれた 唯一の形見』
「クマのぬいぐるみ……」
たしぎさんは何かが引っかかるのか
考えるように眉間に皺を寄せ
すぐに納得したように顔つきが明るくなった。
「前にスモーカーさんが持ってたぬいぐるみですね!」
そう、2年前、一度別れた時に
スモーカーさんに渡したぬいぐるみ。
たしぎさんがそれを知っていることに驚きつつも
嬉しくて私は頷いた。
「あの人のものにしては可愛すぎるから何だかおかしくて、聞いたらミドリのだって言ってたから。そっか、ずっと大事にしていて、ちゃんとミドリに返したんですね。」
大事にしてくれていたかはわからないけど
2年間持っていてくれたことを想像して
頬が緩んだ。
と、たしぎさんが探るように顔を覗き込んでくる。
「……そういえばミドリ、スモーカーさんと何かあった?」
目を合わせると、たしぎさんは
慌てて眼鏡を直しながら補足するように続けた。
「あの…私の思い過ごしならいいんだけど、なんだか最近少し気まずそうにしてるから。」
「………」
私はメモを書いて見せる。
『告白して フラれた』
「えっ……えぇ〜!!?」
廊下にたしぎさんの声が響いた。