第五章 〜感じる〜
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まだあまり回らない頭で状況を整理する。
あの男は私を部屋に連れていくって言ってた。
変な薬品を嗅がされて、意識が遠のいて
今、気がついたらスモーカーさんが隣にいる。
……助けにきてくれたんだ。
「あいつならもうこの基地にはいない。安心しろ。」
初めて来たこの部屋はきっと
スモーカーさんの部屋で、このベッドは
いつもスモーカーさんが使ってるもの。
助けられていなかったら、今ごろもしかしたら…
想像して、体が震えた。
同時に安堵の涙が頬を伝った。
それを見てスモーカーさんは罰が悪そうに
頭をかきながら立ち上がると
ベッドの端へドカッと座った。
「………悪かった…」
こうやってスモーカーさんに謝られるのは2回目だ。
でも今回は、なんだか
自分を責めているような表情で私を見る。
「前からお前は助けを求めてたってのに、こうなるまで気付けなかった。情けねェ。」
スモーカーさんが謝ることないのに。
むしろ、助けてもらって感謝してる。
ありがとうを伝えたいのに
いつも持ち歩いているメモ帳が手元にない。
涙を拭いながら、精一杯に首を振ると
大きな手に頭を撫でられた。
子どもをあやすような行為、とモヤモヤしたけど
今はその温もりが何よりも安心できる。
「こういう時、気の利いたヤツならちゃんとかけてやれる言葉もあるんだろうが…生憎んなもん持ち合わせてねェ。悪いな。たしぎのヤツでも呼ぶか?」
もう一度、首を横に振る。
スモーカーさんがいい。
「……ひとりにしてやったほうがいいか。」
納得したようにそう言って
立ち上がるスモーカーさん。
行っちゃう。
焦った私はベッドから立ち上がる。
と、まだ力の入らない足がよろけて
咄嗟にスモーカーさんに掴まった。
「何してる。寝てろ。それとも部屋に戻るか?」
首を振る。
そばにいたい。
あぁ、もどかしい。
紙もペンもなければ、何も伝えられない。
私は出し切れる力を全て出して
スモーカーさんの大きな体を引き寄せ
ベッドの縁に座らせた。
「……どうした。」
ベッドに座るスモーカーさんの目の前に立つと
同じ高さで視線が交わる。
その太い首に手を回して抱きついた。
「っ……あぶねェじゃねェか。」
スモーカーさんは慌てて咥えていた葉巻を手に取り
ベット脇の小さなテーブルの灰皿へそれを置く。
そんなことは気にせず、私は肩に顔を埋める。
助けてくれて、ありがとう。
そばにいてほしい。
欲を言えば、抱き締めてほしい。
あなたが好き。
どうしたら伝えられるかわからないまま
抱きつくしかなかった。
拒否されることを覚悟しながら
ギュッと目を閉じ、腕に力を込める。
——と、
「………こうしてりゃいいんだな。」
その時初めて
スモーカーさんの手が私の背中に回された。
いつもは私から抱きつくばかりの
一方的なものだったのに。
大きな腕に体を包まれた。
強い力で抱き寄せられて
耳元にスモーカーさんの呼吸を感じて
心臓が潰れそうなくらいギュッとなる。
でも、それだけでは終わらなくて
「やりづれェ。乗れ。」
腰に回された腕によって
ふわりと体が浮いたかと思うと
その膝の上に乗せられる。
「お前が落ち着くんならそうしてろ。」
私が乗ったくらいじゃビクともしない
その大きな体に
強く抱き締めてくれる力強い腕に
さっきから心臓はドキドキしっぱなしだし
顔も沸騰しそうなくらい熱い。
今までにないくらい、好きな人と密着してる
この状態で落ち着けるだろうか。
と、不安だったけど
規則正しい心音と葉巻の香りに包まれて
目を閉じれば、この上なく安心できる空間だった。
できることなら、ずっとこうしていたい。
この世の中に2人しかいないみたいに
今、スモーカーさんを一番近くに感じる。
暖かな腕の中で
いつの間にか涙は乾いていた。