第四章 〜動き出す〜
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音の鳴らない恋の行方 第四章 〜動き出す〜
あなたは、もう
私のことなんて、覚えていないかもしれない。
あのクマのぬいぐるみも捨てられてしまったかも。
私も、あなたのことは
いい加減、いい思い出にしなくては。
そうやって
頭の中ではちゃんとわかってる。
でも、この基地の中には
スモーカーさんの面影がたくさんある。
初めて話をした病室。
会いに行った中庭。
指定席だった、食堂の一番端の席。
2年が過ぎた今でも、その姿をその場所に
鮮明に思い出す。
その思い出は、心の支えだった。
たしぎさんに手配してもらって始めた仕事だったし
特にやりたかったわけではないけど
この2年で調理の腕も上がり
給仕の仕事の方は順調だった。
何より、自分の作った料理をうまいうまいと
皆が食べてくれる姿にやりがいを感じている。
もう会うことはなくても
スモーカーさんがきっかけを作ってくれた
この仕事を続けていくことで
あの人とずっと繋がっていられる気がした。
忘れることなんて、できやしない。
スモーカーさんへの想いはそのままに
この場所で、これからも頑張っていく。
そう決めた。
そんな矢先——
「ミドリ、話がある。」
1枚の紙を手に
何やら深刻な顔をした料理長から呼び止められた。
「お前に異動の話が来ている。」
異動?
異動って……
ここの基地には、もういられなくなるということ?
動揺を隠せない私を気遣いながら
料理長は持っていた紙を見せてくれた。
「コックに異動命令なんて珍しいと思ったんだが……」
そこには私の名前。
その横の異動先には
「そういえば、お前はあの人のお気に入りだったことを思い出した。」
”海軍GL第5支部”の文字。
「………っ!!」
思わず息を呑んだ。
紙がグシャっと曲がるほど握りしめて
何度も確認をした。
スモーカーさんとたしぎさんがいる
G-5と呼ばれている場所だ。
嬉しいけど、戸惑っているのが自分でもわかる。
複雑な表情で料理長を見上げると
ニッと笑ってくれた。
「ここより過酷だろうけどな、お前ならやれるよ。」
料理長は私の肩に手を置いて
こっちは人手が足りなくなるな…と嘆きながらも
嬉しそうに去って行った。
どんな場所だって構わない。
スモーカーさんに会える。
この恋を、終わりにしなくていいんだ。
2年間、諦めきれなかった想いが
救われた瞬間だった。