第三章 〜遠のく〜
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音の鳴らない恋の行方 第三章 〜遠のく〜
あれから私は中庭へ行くのが日課になっていた。
スモーカーさんには、会えることもあれば
会えないことの方が多いけど。
それでも非番の日や、仕事の休憩中に
時間を見つけては中庭で過ごしていたので
私にとって一番居心地の良い場所になった。
今日は非番。
ほつれて綿が出てきていた
母の形見であるクマのぬいぐるみを直すため
朝から手芸屋さんへ材料を買いに行き
お気に入りの中庭のベンチに座って直していた。
ポカポカと暖かい日差しが降り注いで気持ちいい。
「お前はここが好きだな。」
ふいに声をかけられて顔を上げれば
自然と笑顔がこぼれる。
今日は会うことができた。
当たり前のように隣に座るスモーカーさん。
そんな何気ないことが嬉しい。
「なんだ、その小汚ェ熊は。」
葉巻に火をつけながら
スモーカーさんは私の手元に視線を向けた。
ちょうど修理が終わったぬいぐるみを
スモーカーさんに渡し、メモを出す。
『お母さんの形見』
「そうか。汚ねェは取り消そう。」
別に気にしていなかったのに
スモーカーさんなりの気遣いに、つい笑顔になる。
まじまじとクマを眺めた後、すぐに返された。
「今日は非番か。」
いつもの仕事着でないからわかったのだろう。
頷いて、メモに書く。
『一緒に遊んでくれますか?』
「馬鹿言え。おれは仕事が溜まってる。」
『少しだけ』
「こんな場所で何ができる。」
確かに。
ついイタズラ心が芽生えてしまったけど
ここでは何もしようがない。
何かないかと周りを見回すと、木の周りに
多く落ちている、掌ほどの大きさの石を見つけた。
『石積みとか』
「石積みだ?」
『私 得意です
おもちゃなんて買ってもらえなかったから
子どもの頃いつも石で遊んでた』
残念な内容のメモを得意げに笑って見せてから
木のそばへ行き、石を拾っては積んでいく。
最初はさほど興味もなさそうに
それを見ていたスモーカーさんだったけど
石が10個まで積み上がるころには
へェ、やるな…などと呟いている。
11個目を積もうとしたところで崩れた。
「面白ェ特技持ってるじゃねェか。」
スモーカーさんが笑っていた。
滅多に見られない楽しそうな顔に
こんなことでもやってよかったと嬉しくなる。
ベンチへ戻って、ひとつ持ってきた石を
スモーカーさんへ手渡した。
「なんだ。」
私が崩した石の方を指さす。
その意図を察したのかスモーカーさんは
仕方なく立ち上がり、石を積み始めた。
スモーカーさんが持つとなぜか石は小さく見えて
積むのも軽々と、簡単そうに見える。
3つ、4つと重ねられて
5つ目を乗せた時にガラガラと崩れてしまった。
「チッ…ダメだ。おれは。こういうのは。イライラしちまって。」
悔しそうに頭をガシガシと掻く。
そんな言葉とは裏腹に
もう一度1つ目から積み始めるスモーカーさんが
なんだか可愛くて笑ってしまった。
「スモーカーさん!何遊んでるんですか!会議始まりますよ!!」
突然中庭を覗く窓からたしぎさんの大声が聞こえて
また5つ目の石でガラガラと崩れる。
「てめェ覚えてろたしぎィ!!」
これ以上ないくらい
楽しくて尊いひとときだった。
気持ちは伝えられずとも
時々こうして楽しい時間を一緒に過ごす。
そばにいられるだけで、幸せを感じる。
そんな毎日が
ずっと続くんだと思っていた。