第五章
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「甲板に行こうと思ってたんだ。
エースが…いるかなと思って…」
言いながらだんだんと頬を染めていくミドリが可愛くて、愛おしい。
思わず手を伸ばそうとして、やめた。
——この船の暗黙のルール知ってるか?
サッチの言葉が頭を過ぎる。
「ミドリ、少しいいか。話がある。」
「ん?なぁに?」
「ここじゃまずい。こっちだ。」
いつ誰が通るかわからない通路を離れ
おれが選んだ場所は普段は滅多に人が寄り付かない
倉庫の中だった。
全く片付けが行き届いていない上に
埃っぽくて、ミドリには申し訳なかったが
「こんな場所があったんだね!初めて入った。」
秘密基地みたい、とキョロキョロ周りを見回す姿が
思いの外、楽しそうだったから安心した。
「あ、ごめんね、話って何?」
おれはサッチから聞いたことを話した。
この船にはナースに手を出しちゃいけない
暗黙のルールがあったこと。
皆におれ達の関係を知られたらまずいことを。
「お前と…ミドリとこういう
特別な関係になれたのはすげェ嬉しいんだ。
だから、失いたくねェ。」
「わかった。仕方ないよ。
じゃあ船の上では、今まで通り友達ね。」
「友達か……」
「怪しまれないように、あまりこうやって
2人にはならないほうがいいね。」
「そうだな……」
ミドリが落ち込んでいるのが伝わってきて
寂しい思いをさせちまう自分が
悔しくて仕方がない。
「たまには2人で抜け出そうぜ。
船を降りてさ。時々なら怪しまれないだろ。」
「そうだね。ありがとう、エース。
島へ降りたらやりたいことがたくさんあるな。」
ミドリが、明るい笑顔に戻って安心した。
「レストランで一緒にご飯を食べたり
買い物したり、ただ散歩したり…
お弁当作ってピクニックとかも楽しそう。」
想像しているのか、顔の前で手を合わせて
楽しそうに提案していく。
が、突然言葉に詰まり
ミドリの頬が少し赤くなった。
「手を繋いで歩いたり……」
「ミドリ……」
「そういうの、ずっと憧れてた。
いつか好きな人ができたら…って。」
おれを見て照れ臭そうに笑うから
どうしたって抱き締めたくなるじゃねェか。
ここなら2人きり。
船の中だが、今なら…してもいいだろうか。
ミドリの望む、手を繋ぐことも。
「あ!そろそろ戻らないと怪しまれちゃうかな。」
「あ、あァ…そっか…そうだな。」
おれが迷っているうちに
ミドリは倉庫のドアを開ける。
「デートの計画、またこっそり立てようね。」
小声でそう言い残しミドリは出て行った。
「くっそォ……」
髪をかき上げてその場に座り込む。
後悔した。
どうしてさっさと触れてしまわなかったのかと。
虚しく開かれた自分の手を見つめる。
傷だらけで骨張った硬い手。
ミドリのそれはきっと
小さくて柔らかくて滑らかで。
こんな手で触れたら傷付けてしまうかも。
それでも触りたい。
できるだけ優しくする。
手だけじゃない。
本当は、お前の全てを
この手でメチャクチャにしてしまいたい。
そんなことを考えていると知られたら
ミドリはどう思うだろう。