第1章 私と坊やと、雨のち雨。
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挨拶を終え、五条家へ戻る車の中。
坊やはさすがに疲れたのか、私の膝の上に頭を乗せて規則正しい寝息を立てている。
小さな背中に手を置いて一定のリズムで優しく叩く。
私の身体も疲労しきっていた。
車のドアに寄りかかり、息を吐く。
疲れた、本当に。
きっと坊やは今日一日で汚い世界を見たんじゃないかな。
言葉の意味はわからなくとも、大人の態度で私が受け入れられていないということはなんとなく理解したと思う。
大人の悪意がいかに卑屈で陰湿で狡猾なのか。
ああ、早く帰ってゆっくり寝たい。
あ、いっけね。
布団ないんだった。
明日、買いに行こうかどうしようか。
お金がないからな。
まぁ、いいや。
どうでもいい。
今は何も考えたくないなぁ。
寝ている坊やに目をやれば、親指をしゃぶっていて、思わず笑みがこぼれた。
まだ乳離れができないのか、君は。
そっとその指を離せば、口がもにゅもにゅと動いて、ああ、なんてかわいらしい子供なのだろうか。
寝ている時だけは。
私も静かに目を閉じた。
うん、この子のために命を落とすつもりは毛頭ないけど。
でもこの子が大きくなって自分で自分を護れるくらいまでは。
私は私の命をこの子のために使おう。
五条家へと戻れたのは23時を過ぎた頃だった。
お風呂に入る体力はもはやない。
明日の朝に入ろう。
できるなら、できるだけ、早く、寝たい。
坊やを部屋へ運んだあと、私も自分の部屋へと戻った。
布団がないから座布団を10枚拝借してそれを布団代わりにして、横になる。
国民的アニメのあの少年もびっくりするんじゃないかと思うくらい、疲れ切っていた身体はすぐに夢の中へと誘われた。
次の日。
廊下を走るバカでかい足音で目が覚めた。
音だけで分かる、坊やだ。
そう思った瞬間、部屋の襖がスパーンッと勢いよく開いた。
「榛名、風呂!!」
覚醒しきっていない頭に坊やのバカでかい声は毒だ。
普通にうるせえ。
「……お風呂担当は私じゃありませんよ、坊や」
「やだ、榛名がいい!!」
寝起きのがらがらした声に被せるように坊やの声が響く。
うるせえ……。
目を擦りながら、朝から熱烈な告白を受ける。
昨日、私も坊やも風呂に入らず寝てしまったから風呂に入るのはそうなんだけど、風呂担当は別にいるでしょう。
坊や、後ろ後ろ。
後ろ振り返ってごらんなさい。
担当様がいらっしゃいますよ。
目つきが怖いでございますよ。
それを知ってか知らずか坊やずっと私がいいと騒ぐ。
こめかみに青筋を立てた女郎が「………………お着換え、ここに置いておきますねぇ」とがんぎまった目で私を睨んでそう言った。
怖い、怖いよ。
私、死ぬかもしれない。
深いため息を吐いていろいろ諦めた私は坊やを抱き上げる。
「わかりました、一緒に入りましょう」
「えへへ、やった」
か~わ~い~い~。
懐かれるのは悪くない、嫌な気もしない。
ただ、その後にくる報復が怖いだけだ。
すれ違うお仕え様を見れば、今にも私を殺しそうな勢いだ。
坊やがいるから殺されないだけで。
え、もしかして坊やって私の護衛でもあったの?
そしたら一生離さないんだけど。
こうしてふざけてでもいないとやっていけねえよ、マジで。
お仕え様たちに軽く会釈をして、坊や専用の風呂場へと足を運んだ。
「坊や。お風呂担当の人が要るんだから、その人と一緒に入らなきゃ」
じゃないと殺されるんだよ、物理的に。
坊やの頭を洗いながら私は静かに言った。
「やだ」
「なんで嫌なのよ」
「……だって、俺を洗う手つきが変なんだもん」
「…………それは……えぇ、そ、んん~、そっかぁ」
言葉に詰まった。
いやいやいやいや、それはダメだろ。
何を考えてんだ、あの人たちは。
頭を抱えるよ、まったく。
4歳の子供に手を出すんじゃないよ。
どんだけ坊やの懐に入りたいんだ。
下手したら幼児虐待だぞ。
つっても、警察が介入できるわけもないんだけど。
治外法権もいいとこだぞ。
「坊や、頭流すから目つぶって」
「ん」
桶にお湯を張ってゆっくりとシャンプーを洗い流す。
この間、はしゃぎすぎた坊やが途中で目を開けてしまい、シャンプーが直に瞳を攻撃した時はすさまじかった。
坊やのギャン泣きする声が風呂場に響き渡って、耳が死んだかと思った。
マンドラゴラ並みの殺傷能力がある、子供の泣く声は。
それ以来坊やは頭を流す時、目をぎゅっと瞑って尚且つ小さな手で目を覆っている。
ざばーっと何度か流せば泡は消え去る。
身体を優しく洗って湯船に入れる。
私もまた適当に頭と身体を洗った。
「榛名、早く俺の側近になって」
「……当主様に相談してOKもらったらね」
「じゃあ俺がしゃべってくる」
「がんばってー」
どうせ無理だって。
私この家に来てまだそんな経ってませんよ。
研修期間終わってませんって。
なんて思っていた昨日の私にさよならバイバイ。
次の日には私は見事に側近になっていました。
朝起きてビックリ。
部屋の襖がスパーンって勢いよく開いたか。
あれ、デジャブ?
私のぼんやりとした思考とは裏腹に、滅茶苦茶いい笑顔をした坊やが開口一番にクソデカボイスで叫んだ。
「榛名!!俺の側近!!」
って言ったものですから、最初こそ意味がわからなかった。
だけど、徐々に脳ミソが理解しはじめた。
ああ、こいつやったなと。
「……どういう手を使ったんです?」
「??普通に相談しただけだけど?榛名を側近にしないと死んでやるって」
「坊や知ってたかな。それ相談違う。脅迫って言うの」
あったま痛いなぁ。
ずきずきとする頭を抑える。
あ~、これでまた私はたくさんのいろんな人から恨まれるんだろうな。
この子のせいで。
それを知らない目の前の坊やは、私が側近になったのが心底嬉しいのだろう。
私の胸に飛び込んではきゃっきゃっと笑っている。
いいなぁ、何も知らない子供と言うのは。
私もそんな風に笑いたいよ。
小さく笑みをこぼし、静かに涙を流しながら私は坊やを抱きしめて頭を撫でた。
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