第1章 私と坊やと、雨のち雨。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
東京から京都まで約6時間と少し。
新幹線を使えばあっという間なんだろうけど、いつどこで誰に狙われるかもわからない坊やがいるため、車での移動となった。
休憩を挟みながら漸く京都へ着いた。
時刻は既にお昼を過ぎていた。
昼ごはんは先ほどサービスエリアで済ませた。
お子様ランチが気にくわない坊やとの攻防戦は、ギリギリのところで私が勝った。
そんなことがありながら、私達ははじめに加茂家に挨拶しに行った。
が、加茂家の人間は私に興味がないのかそれとも私が見えていないのか、透明人間みたいな、空気みたいな扱いを受けた。
逆に坊やに対しては「悟様~」と猫撫で声の女郎たちが坊やを可愛がっていた。
坊やの瞳は死んでいた。
あれ、人間ってこんなにあからさまな態度取れるんだっけ。
禪院家に挨拶しに行けば「五条家のお坊ちゃま~」と明らかに作ってんなこいつらってわかるくらいの態度で坊やをおもてなし。
坊やの瞳は死んでいた。
私は私で壁役となったことを報告すれば、嫌味嫌味嫌味のオンパレード。
よくもまあ赤の他人に対してここまで皮肉たっぷりの言葉をかけられるものだ。
しかもたかだか14歳の子供に。
あれ、おかしいな。
こいつら私よりだいぶ年上なんだけど。
大人げねえし、態度の豹変ぶりがすげえ。
隠そうともしない。
嘘でもいいから猫かぶれ。
禪院家で挨拶をしている最中、張り付けた余所行きの笑顔がそろそろ限界を迎えようとした頃、私はトイレに行きたくなった。
許可を取ってトイレに行こうと立ち上がれば、坊やがどこに行くんだと言わんばかりに着物の裾を掴んだ。
「お手洗いに行くだけですよ。すぐ戻ります」
「……俺も行く」
「オムツを替えに?」
「パンツだもん!!」
「あっはっはっ。じゃあ一緒に行きますか」
思わず大声で笑ってしまった。
大人の鋭い眼光が私に突き刺さるが気にしない。
今は私の膀胱の危機だから。
坊やと手を繋いで一緒にお手洗いへと向かう。
坊やはトイレと言うよりもあの場所から抜け出したかったんだろうな。
女子トイレに入り、先に坊やを便器に座らせ、おしっこをさせる。
次に私。
「……坊や」
「なに?」
「あんまりじっと見ないで」
「なんで?」
私のトイレする姿をじっと見つめる坊や。
こんな恥ずかしいことってある?
子供と言えど、見られるのは恥ずかしい。
まぁ、普通にしましたけどね。
着物を正して、手を洗って、二人でまた手を繋いで部屋へと戻る。
その時、一人の男の姿が目に映った。
ただっぴろい庭に一人でぼうっと立つ男は自分より少しだけ年上のように見えた。
私は先に坊やに部屋に戻るように伝えた。
不満そうな顔をする坊やだったけど、彼と目線を合わせその綺麗な瞳を見つめれば、坊やは唇を尖らせながらも小さく頷いた。
サラサラの柔らかい髪の毛を撫でて、家に戻ったら一緒にお昼寝でもしようと提案したのが効果抜群だったようだ。
一人クソ長い廊下に残る私は、庭で突っ立っている男へと視線を向ける。
私の視線に気が付いた男はゆっくりと振り返った。
右の唇の端に小さな傷跡がある男は私を見るなりにやりと笑う。
「さっきのガキが五条悟か。お前は?」
「申し遅れました。五条悟様の壁役として配置されまし暁榛名と申します。本日はそのご報告に参りました」
「へぇ、お前がね。いくつだ」
「14です」
男の質問に私は淡々と答える。
この男は禪院家の者だろうか。
だとしたらなんでこんなところにいるんだろう。
不思議に思っていることがバレたのか、男は喉奥を鳴らして笑った。
「俺は禪院甚爾」
「甚爾様ですね」
「様なんて呼ぶんじゃねえよ。この家では俺はゴミ以下の存在なんだからよ」
「それはどういう……」
「呪力がねえのさ、俺は。察しろ」
ふっと笑う男に、私は眉を寄せた。
なるほど。
術式至上主義の禪院家ではこの男の居場所はないと言う事か。
一体どんな扱いを受けてきたのだろうか。
吸い込まれそうなほど黒い瞳の奥には、一体どれほどの苦しみを宿しているんだろう。
少し寂しそうな、悲しそうな目をする彼に、思わず口を開いていた。
「家を出たらいいじゃないですか」
思っているより随分と小さな声だった。
でも、男の耳にちゃんと届いていたようで彼は目をまん丸くしたあと、その唇を歪ませた。
「………お前、意外といいこと言うな」
「私も何度も家を出たいと思った事があるので。今は五条家に売られたので出ることはできませんが」
「そうだな。家、出るかな」
「いいと思いますよ。ここは貴方には少々、窮屈そうな鳥籠の様ですし」
自由に羽ばたきたい鳥がいるのなら、私はその扉をそっと開けるだけだ。
あとは自由にしたらいいと思う。
まぁ、そんな力私にはないから、こういう風に言うしかないのだけれど。
ぺこりと頭を下げて私は坊やのいる部屋へと歩き出す。
その時、その腕を男に取られた。
力強すぎないか。
ああ、天与呪縛か。
呪力が0の代わりに、超人的な身体能力と極めて鋭敏な五感を手に入れたのか。
「なんですか。私そろそろ坊やの所に戻らない……と」
振り向いて男の顔を見上げた瞬間。
私は私の唇を男に奪われた。
なんで??
唇が離れるとき、ペロリと下唇を舐められた。
びくりと肩が揺れる。
「な、んで……?」
「いい事を教えてくれたお礼だ」
「もっとましなお礼の仕方があるでしょう」
ごしごしと着物で唇を拭う。
返せ、私のファーストキス。
「動じないんだな、初めてじゃねえのか?」
「初めてですけど?でも、初めてを奪われて騒ぐほど、私は子供じゃないです」
「ははは、お前いい性格してんな。気に入った。今度会った時は、もっとすごいこと教えてやるよ」
「いえ、お気持ちだけで十分です」
今度こそ、私は深くお辞儀をして部屋へと戻った。
私の帰りが遅かったことに坊やは拗ねに拗ねてもう唇は蛸状態だ。
「ごめんね、坊や」と何事もなかったかのように振る舞う私。
だけど、内心はもうどんちゃん騒ぎのパーリーナイト。
DJがノリノリで音楽を奏でている中に放り込まれた迷える子羊状態だ。
意味がわからないだろう。
簡単に言えば、すっごい混乱しているし動揺している。
よくあの時私は冷静に対処できたな。
拍手喝采、国民栄誉賞かアカデミー名誉賞を受賞できるぞ。
私の思考回路は考えることをやめたらしく、その後はぼうっと右から左へと会話を聞き流していた。