第1章 私と坊やと、雨のち雨。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――暁榛名side――
6月の午後。
大量の雨が降りしきる中、私は眼前に広がる家に目を見開いた。
うっわ~~~~~~。
でっかいお屋敷だぁ~~~~~~。
古き良き日本家屋、と言えば聞こえはいいが。
もうなんかヤバい。
広さもデカさも尋常じゃない。
「五条」と書かれた門をくぐり抜け、敷砂利が美しく敷かれているけど、これよくみたらなかなか手に入らないと噂の大理石の白玉砂利じゃないか。
うへぇ、こんなん大量に敷いてんのか。
飛石を歩きながら庭を見るけど、すごいとヤバいしか出てこない。
庭木にはマツやヒイラギ、ヒノキなどの主木が植えてあって、中木にはサクラとサザンカ、下木にはツツジにミズキが植えてある。
そして鹿威し。
カコン、と鳴る音が気持ちいいね。
雨だからか、今は鳴らないようにしているみたいだけど。
灯篭もいたるとこにあるし、敷き砂に景石、蹲もある。
めちゃくちゃでかい池もあった。
すげえな、マジで。
やべぇな、マジで。
外でこれだと家の中は一体どうなってんだ。
なんて思いながら私は傘を閉じて、五条家に入る。
正直に言おう。
なんだこの家は。
外でもでけえと思ったけど、中はもっとでかい。
いや、でかいなんて言葉じゃ表せないくらいでかい。
どこかの武将の城ですか?ってくらいでかい。
廊下も馬鹿みたいに長いし。
あと、雨だからかな。
よく見えなかったけど、離れあるよな。
一つじゃなくて、二つか三つくらい、下手したらもっと。
あそこにお世話係だのなんだのって人たちが住んでいるのかな。
敷地の広さはどのくらいなんだろう。
東京ドームくらいあったりすんの?
大事な事だから何度でも言わせてもらうね。
マジででっかい。
これが五条家……。
ため息しかでてこないね、こりゃ。
五条家に呆気にとられる私は、促されるままにこの家の次期当主であるお方と対面する事となった。
五条悟。
次期当主の名前であり、私が護るべきお方。
なんでも無下限呪術の術式を相伝し尚且つ六眼の持ち主というサラブレッドで文字通り現代最強のお方。
無下限呪術と六眼が同時に遺伝したのは100年ぶりって聞いた。
SSRどころの話ではない。
SSSSSSSSSSSSSSSRくらいレア中のレアじゃん。
めちゃくちゃ簡単にいってしまえば、ヤバくて強い人。
無下限呪術なら護る必要あるのかなぁとか思うけど、子供だしな。
なにかあったら困るのかもしれない。
そんなことを思っていると襖が開けられた。
部屋の奥には綺麗な白い髪の毛と宝石のような瞳をした小さな子供がお行儀よく正座をしていた。
周りには大人、大人、大人、大人。
いや、こんだけ大人いるなら私まじでいらんじゃろがい。
と口に出そうになって飲み込んだ。
あぁ、ゲロ吐きそう。
こういう重っ苦しい雰囲気苦手なんだよね。
ストレスで胃に穴が開いちゃうよ、いいの。
なんてね、尋ねても誰も答えてはくれないだろうな。
「悟様。此方が貴方様へ捧げる我が家の愚女でございます」
愚女って……。
ねぇ、知ってた。
愚息とか愚女の意味。
使い方は間違っていないとして、意味もちゃんと知っておかないとね。
愚かな○○とか、馬鹿な○○とかっていう意味じゃないんだよ。
愚かな自分の○○、馬鹿な自分の○○っていう意なんだって。
どう違うかって?
どう見ても違うっしょ。
謙遜と謙虚が入ってるでしょ。
愚息、愚女、愚妻、って決して貶めているわけじゃない。
だから嫌な気はしないけれど。
私の両親はきっと、「そういう意味」だとは知らずに使っている。
本当馬鹿。
勉強しなおしてこいって話。
「こいつら誰?なにしてんの?」
正座をした状態で頭を下げる両親と私。
つまり土下座みたいな姿勢の3人に、五条悟坊やは第一声そう言った。
うわ~~~。
クソ生意気なクソガキだぁ。
口に出そうになったのを飲み込んだ。
「申し遅れましたっ。暁榛名です」
ものすごい軽いノリで言ってしまった。
何も考えてなかった。
親が今にも殺しそうな勢いで私を見ている。
周りの大人も私を睨んでいた。
えぇ~、ちゃんと名乗ったじゃん。
そりゃあ軽かったけどさぁ、重けりゃいいってもんでもないでしょうよ。
ていうか、私まだ14歳。
たくさんの大人に囲まれて、睨まれて、お作法がどうのこうの言われてもわからない。
だって14歳の子供だもん。
社会の常識?
知るかそんなの。
ついこの間、数学の証明問題で躓いたわ。
数学の証明問題すら解けない餓鬼が、社会や己の証明なんぞできるかってんだ。
堕ちるならとことん堕ちてやる。
どうせ、呪術界も御三家も糞みたいな人間しかいないんだ。
同じ地獄でも更に地獄を味わったほうがお買い得ってもんでしょ。
なにやら大人たちがぎゃあぎゃあ騒いでいる。
教育がうんたら躾がうんたらとうるさい。
お前らに教育がどうのこうの言われたくないな。
言われても困るし。
それに、あんたらみたいな大人が教育的に一番ヤバいことしてるってのは一般常識なんですよ。
ただの偏見だけど。
私は顔をあげて、ため息を吐いた。
その行動すら癪に障ったようで、五条家への敷居はもう二度と踏ませないとか契約は無効だとか言っている。
まじで、やったね。
そうしたら私は晴れて自由の身。
どこにだって行ける。
誰にも縛られることなく、自分の好きなことができる。
そう思っていたんだけど。
「勝手に決めんな」
次期当主の一言で空気が変わった。
じっと私を見つめる坊やはゆっくりと私に近づいてくる。
顔が恐ろしいほどよろしいな、この子。
天は二物を与えないんじゃなかったの、神さまの嘘つき。
正座している私の高さと同じくらいの背丈の坊やは、私をじっと見ている。
猫か。
「お前壁役なの?」
「そうですよ~。悟坊やのためならこの命捧げます~」
「……本当に?」
怪訝な顔をする悟坊や。
私は軽く笑みを見せた。
「嘘だって言ったら、どうします?殺します?」
すごい挑発的な態度。
別に悟坊やのために死ぬとか心底どうでもよかった。
人間死ぬときは死ぬんだ。
それ以上も以下もない。
だったら、流れゆくままに身をゆだねるしかない。
どうせ、私にどうこうする力はない。
この家に売られた瞬間から。
私の親は金目当てで私をこの家に売りつけた。
反転術式の術式を持ち、自分だけでなく他人の治療もできる私は、お護りとしてはうってつけの人材。
それを見込まれ私は売られた。
いくらで売られたかなんて知らない、知りたくもない。
けど、一生仕事しなくても生涯全うできるくらいの額はもらったんじゃないかなと思ってる。
でなければ実の娘をこうも簡単に売ったりしないでしょ。
はぁ、人生ってこんなにつまんないものだったかな。
さよなら私の人生。
我が生涯に一片の悔いなしどころかめちゃくちゃ悔いあるわ、ボケ。
厭らしい笑みを浮かべながら私は坊やの瞳を見つめる。
少しだけ困ったような表情をする坊やを見て、ああ、この子はまだ子供なんだなと当たり前の事を思った。
どんなに最強だとか言われても、次期当主だとか言われても。
坊やはまだ4歳。
意地悪な事を言った私の方がよほど餓鬼だ。
自分の人生があまりにもクソ過ぎて小さくか弱い存在に八つ当たりをしてしまった。
私は、目の前で視線を泳がせる次期当主に腕を伸ばし、その小さな身体を抱きしめた。
周りがどよめく。
一体何してくれとんじゃ、ワレェ!!みたいな感じだろうか。
耳障りなBGMをよそに、私は坊やをぎゅっと抱きしめた。
子供体温の坊やの身体はあったかくて、冷たい雨が降って肌寒い気温だと言うのに、私たちの間だけは気温が5度くらい上がったような気がした。
「坊やのために死んだりなんかしませんよ、私は。私は私のために死にます」
「……ん」
小さな声が耳元で聞こえた。
どこか安心しきったような、それでいてどこか嬉しそうな。
坊やの小さな腕が私の首に回された。
その様子を見ていた周りの喧騒は一気に静まり返る。
暁榛名14歳、五条悟坊や4歳。
大雨の降る6月の午後。
私と坊やはこうして出会った。
1/4ページ