二章
あなたのお名前は?
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決行を明日に控えた日、太陽が傾きだした頃、静かに忍術学園の戸を叩く音に小松田は反応した。
覗いた先に見知った顔、歓迎するように招き入れると続く人物に目を丸めた。
話には聞いていたが、目の当たりにすると本当に、
似ている……
危うく声をかけそうになったが、自分が気安く話しかけていい人物ではないことは明白だった。
似てはいる、ただ彼女ではない。
そこだけ空気が澄んでいるというか、清らかな感じがしていて近づきがたい。”本物”である。
見とれる小松田に最初に門を潜った人物、戸津が声をかける。
「あの、一度大川殿にお目通り願いたいのですが。」
「あ!はい、今すぐ。」
小松田は急いで学園長室へ向かった。
千姫が来た、と学園中に噂が広まるのは時間の問題で。
だが今回の作戦の重さを知った忍たまたちは決して事を大きくすることなく、姫を一目見ようなどと騒ぐ輩もいなかった。
教師や上級生が釘を刺していた働きもあった。
学園長室に呼び出された椿が千姫と対面を果たした時、双方は互いにまるで鏡を見るかのような生き写しに大層驚いた。
血を分け合ったわけでもなく、完全に偶然の一致であるが自分に似ている、似すぎているその姿に息を呑む。
千姫はただ驚いたように声を漏らしただけだったが、椿はこれが今回の作戦に及ぼす影響に武者震いを禁じ得なかった。
一つだけ、気になることが彼女にはあった。
「……千姫、様……ですね?」
「……如何にも。」
「少し、お話しませんか?二人で……」
すぐさま戸津が反応を示したが、千姫が制する。
椿は学園長に許可を貰うと千姫を外へと誘った。
戸津が心配そうにするが学園長は大丈夫だと言い聞かせる。
「それよりも良い機会です、明日の話を詰めましょう……」
姫君を外へ連れ出すなど、どういうつもりなのか。
自分に瓜二つのこの女、椿に千姫は興味を持った。
ただ似ているからと、今回の役を買って出たらしいが、どれ程の度胸の持ち主なのか確かめてみたい思いもあった。
夕陽が鮮やかな橙色に世界を染める。
鳴きながら帰宅を告げる鳥の声に今は少しだけ嫌気がさした。
「綺麗な夕焼けですね、この分だと明日も晴れそうです。お輿入れの日取りとして申し分ないです。」
「……」
「今の時期なら花も多く咲いているでしょう、千姫様はお好きな花などありますか?」
「……」
「ここも少し足を運べば花畑なんかあったりするんですよ、丘一面に花が咲き誇っていて私もよくみんなと行ったりして、」
「あなた、」
「はい!」
「そんな話をするために私を連れ出した訳じゃないでしょう?」
千姫が椿の話を切り捨てた。
それでも彼女は動じない、寧ろ千姫が与えてくれたきっかけに感謝をするくらいだった。
「……はい、仰る通りです。恐れ多くも私は今回、千姫様の影武者を務めることとなりました。名乗るのが遅くなって申し訳ありません。私は竹森椿と申します。」
「……」
「私が姫様をお誘いした理由はただ一つ、あなた様が今回のお輿入れに対してどうお考えなのかお聞かせ頂きたかったからです。」
沈黙が重かった。
二人の間を風が駆け抜ける。
それでも、椿は姫の答えを待ちたかった。
彼女は姫個人の思うことを聞きたかったのだ。
薄く形の良い唇がすっと開かれる。
「……どう、って……。何故あなたにそんなことを……?」
「国同士、城主様がお決めになった今回のお話、千姫様個人としては……喜ばしいことですか?それとも……」
そこまで言うと千姫は笑い出した。
思わぬ反応に椿は驚く。
「そんなことを、私に聞くなんて……あなたみたいな人初めてだわ。」
「姫様、」
「椿、と言ったわね?心配しなくても、私は今回のお話を正式にお引き受けするつもりよ。お父様もそれを喜んでくださっているの、これ以上の幸せはないわ。」
正直に言うと、それが完全に千姫の御心であるかは読めない。
知らないところへ嫁ぐのに不安がないはずもない。しかし千姫はそれを見せようとはしない。
強い。
椿はかつて自分がその立場に立たされていた時は嫌で仕方なかったのというのに、千姫のその違う態度に尊敬の念を抱かずにはいられない。
覚悟が違う。
この方のためなら……、明日何が起こっても必ず千姫を無事に送り届けたい想いが強まる。
きっと戸津もそう思ったからこそ忍術学園の戸を叩いたのだろう。
気持ちが高揚した。
「私、」
「?」
「私、姫様の代わりを立派に成し遂げてみせます!千姫様がお幸せになれますように、無事に堀殻城へ辿り着けますように、姫様に害成す者は全て私が受け止めます!」
「……どうしたの?急にそんなこと言って……」
「わかりません、ただ千姫様の強さに惹かれてしまって……千姫様のお幸せを願わずにはいられないのです。」
気が高ぶって心が整理出来ていないのに、想いを吐き出してしまったことを今更ながら恥ずかしく思う。
困ったように俯く椿に千姫は、ありがとうと言って笑って見せた。
輿入れは翌日のため、千姫たち一行は忍術学園に一泊することになる。
姫君に合った上質な部屋など用意出来ないが、千姫はよいと言った。
念入りに掃除された部屋へ千姫と戸津、それに従者二人を小松田と椿が案内をした。
千姫だけは別室になり、男三人を案内した際に大柄の方が椿に話しかける。
「先日ぶつかってしまった方は大丈夫でしたか?」
大柄の男がそう尋ねると後ろから目つきのキツイ男も気にする素振りを見せた。
彼らは確か、井頭 と梨栗 と言う名だったはず。
それを思い出した椿が樒を心配していた井頭に答える。
「はい、大丈夫そうでした。少し眩暈がしただけだと……」
「そうですか、それなら良かったです。」
井頭はそう言うと梨栗と顔を合わせて頷き合う。
樒のことを心配してくれたと感じた椿は、後で彼女にこのことを伝えようと思った。
夕食を終えた土井が去り際に椿の様子を窺ったが、彼女は普段と変わらなかった。
明日には何が起こるかわからないのに、こちらの心配を見越して大丈夫ですだなんて言うものだから、もうそれ以上のことは言えなくなる。
外はすっかり陽が落ちてしまって静まり返った学園内に忍たまの声は聞こえない。
土井は中庭まで歩いてくると塀の外をじっと見つめて音もなくそこに飛び乗った。
「……尊奈門君、いるかい?」
深い闇に届くかわからない程の小声でそう言った。
近くの草が揺れて目だけをこちらに見せる。
「……なんだ?」
尊奈門が答えたことに土井は少しばかり安心する。
散々迷ったが、彼にも言っておいた方がいいかも知れないと決断したのだ。
「君は知らないかもしれないけど、明日忍術学園は大きな仕事がある。」
「馬鹿にするな、とっくに承知済みだ。」
土井も尊奈門が情報を落としているとは思わなかったが、少し発破をかけたのだ。
「そうか、じゃあその中心になる人のことも知っているね?私は君の仕事がなんなのかは知らないけれど、彼女を監視している君も明日のことは見過ごせないんじゃないのかい?」
「何が言いたい?」
「君が彼女に手を出していないということは、タソガレドキとしても彼女になにかをするつもりはないと言うことだな?」
「……」
「そこでこれは相談だが、明日、間違いなく差臼城の手が彼女に伸びるだろう。もしもの時は君にも彼女を守って欲しい。」
思いがけない言葉に尊奈門は鼻で笑った。
「ふん、焼きが回ったのか?私がそれを守るとでも?」
「君は意外と信頼できる。私は尊奈門君だから、こうお願いするのさ。」
「……」
土井がそんなことを言うなんて……
意外すぎる言葉に一瞬時が止まった。
気持ちが悪い。
頭が真っ白になる。
だが同時に湧き上がる妙な感覚。
「……言いたいことはそれだけだから。じゃあ、おやすみ……」
「土井!!」
何かがモヤモヤして胸に張り付いた感覚から逃れようとして、気付いたら彼の名を呼んでいた。
振り向いた土井はいつも以上に黒い何かを纏っていて、いや、それが夜の闇のせいだとか彼の感情がそう見えたとかではなく、何か得体の知れないものが土井の周りに張り付いている、そう見えたのだ。
月の光だけに照らされた土井の本心を窺うのは容易ではない。
彼らしからぬ発言に緊張が一気に押し寄せる。
これは、なんだ……?
そう思うと自然と体が前に出て、月の光に己の姿が晒される。
「……なんだい?」
「……っ」
振り返った土井は見せたこともない顔で柔らかくそう言った。
自分が何を言いたいのかもわからず立ち尽くす。
静寂がとても長い時間のように感じる。
それでも言葉を繋げられない自分を土井が待っている、そう思うと焦ってしまって自分でも驚くようなことが口から出ていた。
「…………死ぬなよ。」
土井は驚いた顔をした後、大口を開けて声に出して笑った。
彼の反応で尊奈門は自分が言ったことに気付き、恥ずかしさを覚えながら顔を赤く染めた。
「なっ……!」
「死ぬって、私がかい?何かと思えば……」
「ち、違う!これはその、だ、だからっ!」
慌てて否定するも、その続きが出てこない。
土井に纏わりついていた黒いものはすっかり見えなくなっていたが、彼が明るく笑う様子にだんだんと腹が立つ。
「大丈夫だよ、私は死なない。まだ死ねないから。」
「あ、当たり前だ!お前は私が倒すのだからな!」
「はいはい。じゃあな。」
今度こそ本当に土井は姿を消した。
尊奈門はその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けないでいた。
明日……
土井は彼女を守って欲しいと言っていた。
ただこれは約束じゃない、あいつが勝手に、一方的に押し付けて来ただけに過ぎない。
だから言うことを聞いてやる義理もない。
そうだ、聞いてやれない……だから、仕方のないことだ……
そう自分に言い聞かせる。
仕方がない。
明日、自分は椿に何もしてやれないだろう。
彼女が危険に遭うことはわかるのに、そこにいるのは自分ではない。
せめて、怪我のないように。
無事に戻れることだけを尊奈門は願った。
覗いた先に見知った顔、歓迎するように招き入れると続く人物に目を丸めた。
話には聞いていたが、目の当たりにすると本当に、
似ている……
危うく声をかけそうになったが、自分が気安く話しかけていい人物ではないことは明白だった。
似てはいる、ただ彼女ではない。
そこだけ空気が澄んでいるというか、清らかな感じがしていて近づきがたい。”本物”である。
見とれる小松田に最初に門を潜った人物、戸津が声をかける。
「あの、一度大川殿にお目通り願いたいのですが。」
「あ!はい、今すぐ。」
小松田は急いで学園長室へ向かった。
千姫が来た、と学園中に噂が広まるのは時間の問題で。
だが今回の作戦の重さを知った忍たまたちは決して事を大きくすることなく、姫を一目見ようなどと騒ぐ輩もいなかった。
教師や上級生が釘を刺していた働きもあった。
学園長室に呼び出された椿が千姫と対面を果たした時、双方は互いにまるで鏡を見るかのような生き写しに大層驚いた。
血を分け合ったわけでもなく、完全に偶然の一致であるが自分に似ている、似すぎているその姿に息を呑む。
千姫はただ驚いたように声を漏らしただけだったが、椿はこれが今回の作戦に及ぼす影響に武者震いを禁じ得なかった。
一つだけ、気になることが彼女にはあった。
「……千姫、様……ですね?」
「……如何にも。」
「少し、お話しませんか?二人で……」
すぐさま戸津が反応を示したが、千姫が制する。
椿は学園長に許可を貰うと千姫を外へと誘った。
戸津が心配そうにするが学園長は大丈夫だと言い聞かせる。
「それよりも良い機会です、明日の話を詰めましょう……」
姫君を外へ連れ出すなど、どういうつもりなのか。
自分に瓜二つのこの女、椿に千姫は興味を持った。
ただ似ているからと、今回の役を買って出たらしいが、どれ程の度胸の持ち主なのか確かめてみたい思いもあった。
夕陽が鮮やかな橙色に世界を染める。
鳴きながら帰宅を告げる鳥の声に今は少しだけ嫌気がさした。
「綺麗な夕焼けですね、この分だと明日も晴れそうです。お輿入れの日取りとして申し分ないです。」
「……」
「今の時期なら花も多く咲いているでしょう、千姫様はお好きな花などありますか?」
「……」
「ここも少し足を運べば花畑なんかあったりするんですよ、丘一面に花が咲き誇っていて私もよくみんなと行ったりして、」
「あなた、」
「はい!」
「そんな話をするために私を連れ出した訳じゃないでしょう?」
千姫が椿の話を切り捨てた。
それでも彼女は動じない、寧ろ千姫が与えてくれたきっかけに感謝をするくらいだった。
「……はい、仰る通りです。恐れ多くも私は今回、千姫様の影武者を務めることとなりました。名乗るのが遅くなって申し訳ありません。私は竹森椿と申します。」
「……」
「私が姫様をお誘いした理由はただ一つ、あなた様が今回のお輿入れに対してどうお考えなのかお聞かせ頂きたかったからです。」
沈黙が重かった。
二人の間を風が駆け抜ける。
それでも、椿は姫の答えを待ちたかった。
彼女は姫個人の思うことを聞きたかったのだ。
薄く形の良い唇がすっと開かれる。
「……どう、って……。何故あなたにそんなことを……?」
「国同士、城主様がお決めになった今回のお話、千姫様個人としては……喜ばしいことですか?それとも……」
そこまで言うと千姫は笑い出した。
思わぬ反応に椿は驚く。
「そんなことを、私に聞くなんて……あなたみたいな人初めてだわ。」
「姫様、」
「椿、と言ったわね?心配しなくても、私は今回のお話を正式にお引き受けするつもりよ。お父様もそれを喜んでくださっているの、これ以上の幸せはないわ。」
正直に言うと、それが完全に千姫の御心であるかは読めない。
知らないところへ嫁ぐのに不安がないはずもない。しかし千姫はそれを見せようとはしない。
強い。
椿はかつて自分がその立場に立たされていた時は嫌で仕方なかったのというのに、千姫のその違う態度に尊敬の念を抱かずにはいられない。
覚悟が違う。
この方のためなら……、明日何が起こっても必ず千姫を無事に送り届けたい想いが強まる。
きっと戸津もそう思ったからこそ忍術学園の戸を叩いたのだろう。
気持ちが高揚した。
「私、」
「?」
「私、姫様の代わりを立派に成し遂げてみせます!千姫様がお幸せになれますように、無事に堀殻城へ辿り着けますように、姫様に害成す者は全て私が受け止めます!」
「……どうしたの?急にそんなこと言って……」
「わかりません、ただ千姫様の強さに惹かれてしまって……千姫様のお幸せを願わずにはいられないのです。」
気が高ぶって心が整理出来ていないのに、想いを吐き出してしまったことを今更ながら恥ずかしく思う。
困ったように俯く椿に千姫は、ありがとうと言って笑って見せた。
輿入れは翌日のため、千姫たち一行は忍術学園に一泊することになる。
姫君に合った上質な部屋など用意出来ないが、千姫はよいと言った。
念入りに掃除された部屋へ千姫と戸津、それに従者二人を小松田と椿が案内をした。
千姫だけは別室になり、男三人を案内した際に大柄の方が椿に話しかける。
「先日ぶつかってしまった方は大丈夫でしたか?」
大柄の男がそう尋ねると後ろから目つきのキツイ男も気にする素振りを見せた。
彼らは確か、
それを思い出した椿が樒を心配していた井頭に答える。
「はい、大丈夫そうでした。少し眩暈がしただけだと……」
「そうですか、それなら良かったです。」
井頭はそう言うと梨栗と顔を合わせて頷き合う。
樒のことを心配してくれたと感じた椿は、後で彼女にこのことを伝えようと思った。
夕食を終えた土井が去り際に椿の様子を窺ったが、彼女は普段と変わらなかった。
明日には何が起こるかわからないのに、こちらの心配を見越して大丈夫ですだなんて言うものだから、もうそれ以上のことは言えなくなる。
外はすっかり陽が落ちてしまって静まり返った学園内に忍たまの声は聞こえない。
土井は中庭まで歩いてくると塀の外をじっと見つめて音もなくそこに飛び乗った。
「……尊奈門君、いるかい?」
深い闇に届くかわからない程の小声でそう言った。
近くの草が揺れて目だけをこちらに見せる。
「……なんだ?」
尊奈門が答えたことに土井は少しばかり安心する。
散々迷ったが、彼にも言っておいた方がいいかも知れないと決断したのだ。
「君は知らないかもしれないけど、明日忍術学園は大きな仕事がある。」
「馬鹿にするな、とっくに承知済みだ。」
土井も尊奈門が情報を落としているとは思わなかったが、少し発破をかけたのだ。
「そうか、じゃあその中心になる人のことも知っているね?私は君の仕事がなんなのかは知らないけれど、彼女を監視している君も明日のことは見過ごせないんじゃないのかい?」
「何が言いたい?」
「君が彼女に手を出していないということは、タソガレドキとしても彼女になにかをするつもりはないと言うことだな?」
「……」
「そこでこれは相談だが、明日、間違いなく差臼城の手が彼女に伸びるだろう。もしもの時は君にも彼女を守って欲しい。」
思いがけない言葉に尊奈門は鼻で笑った。
「ふん、焼きが回ったのか?私がそれを守るとでも?」
「君は意外と信頼できる。私は尊奈門君だから、こうお願いするのさ。」
「……」
土井がそんなことを言うなんて……
意外すぎる言葉に一瞬時が止まった。
気持ちが悪い。
頭が真っ白になる。
だが同時に湧き上がる妙な感覚。
「……言いたいことはそれだけだから。じゃあ、おやすみ……」
「土井!!」
何かがモヤモヤして胸に張り付いた感覚から逃れようとして、気付いたら彼の名を呼んでいた。
振り向いた土井はいつも以上に黒い何かを纏っていて、いや、それが夜の闇のせいだとか彼の感情がそう見えたとかではなく、何か得体の知れないものが土井の周りに張り付いている、そう見えたのだ。
月の光だけに照らされた土井の本心を窺うのは容易ではない。
彼らしからぬ発言に緊張が一気に押し寄せる。
これは、なんだ……?
そう思うと自然と体が前に出て、月の光に己の姿が晒される。
「……なんだい?」
「……っ」
振り返った土井は見せたこともない顔で柔らかくそう言った。
自分が何を言いたいのかもわからず立ち尽くす。
静寂がとても長い時間のように感じる。
それでも言葉を繋げられない自分を土井が待っている、そう思うと焦ってしまって自分でも驚くようなことが口から出ていた。
「…………死ぬなよ。」
土井は驚いた顔をした後、大口を開けて声に出して笑った。
彼の反応で尊奈門は自分が言ったことに気付き、恥ずかしさを覚えながら顔を赤く染めた。
「なっ……!」
「死ぬって、私がかい?何かと思えば……」
「ち、違う!これはその、だ、だからっ!」
慌てて否定するも、その続きが出てこない。
土井に纏わりついていた黒いものはすっかり見えなくなっていたが、彼が明るく笑う様子にだんだんと腹が立つ。
「大丈夫だよ、私は死なない。まだ死ねないから。」
「あ、当たり前だ!お前は私が倒すのだからな!」
「はいはい。じゃあな。」
今度こそ本当に土井は姿を消した。
尊奈門はその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けないでいた。
明日……
土井は彼女を守って欲しいと言っていた。
ただこれは約束じゃない、あいつが勝手に、一方的に押し付けて来ただけに過ぎない。
だから言うことを聞いてやる義理もない。
そうだ、聞いてやれない……だから、仕方のないことだ……
そう自分に言い聞かせる。
仕方がない。
明日、自分は椿に何もしてやれないだろう。
彼女が危険に遭うことはわかるのに、そこにいるのは自分ではない。
せめて、怪我のないように。
無事に戻れることだけを尊奈門は願った。