二章
あなたのお名前は?
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黒々として艶のある腰まで長い髪。
毛先を切りそろえられたそれは気高さを感じられる。
切れ長の目に長い睫毛が表すのは少し冷たい印象の美人。
翌日には噂が学園中に知れ渡る。
忍術学園に女が来た、それもとびっきりの美人だ。
この手の噂は椿の時と同じだった。だが違うのは、樒が人前に出ることを嫌ったこと。
体調が優れないと、椿の部屋に閉じ籠もった彼女は外に出ることがなかった。
噂の彼女が姿を見せないことに忍たまたちはやきもきする。
当然だが、朝食時に食堂に集まった忍たまの注目を集めるのは椿の役目だった。
「どんな人ですか?」
「美人ですか?」
「顔は見せてくれないんですか?」
「会いに行っちゃダメですか?」
「食堂で働くの?」
「皆、待って!ストップ、ストーーップ!!」
押しかけた忍たまを大声で制すると、椿は言い聞かせるようにそこの全員を見渡す。
「まずは、なんて言うんですか?」
「え……」
「…………」
顔を見合わせた忍たまたちは一斉に彼女に向き直ると声を揃えた。
「おはようございます!」
「はい、おはよう。それから皆が気になっていると思うんだけど、樒ちゃんはまだ体調が悪いみたいだからそっとしておいてね。」
「しきみ、さん……樒さんって言うんですね!」
「……あ」
自然に名前を口走ってしまったことに後悔したが後の祭り。
椿の言うことは守る良い子たちなので部屋に押しかけたりはしない。ただ樒の噂は勝手に独り歩きをして行った。
どこぞのお姫様だの、どこかから逃げて来ただの、学園で働くだの、実は間者だの……
樒が姿を見せないのをいいことに、忍たまたちは好き勝手に噂した。
それを収めるのも椿の仕事だった。
だが仕事と言える程、義務感でやっていることではない。
ただ、本人のいないところで樒を悪く言われるのが嫌だったのだ。
彼女は、どこか、以前の自分と似ている……
今の樒は頼る宛もなく、学園に保護された状態。
とても椿には捨て置けない存在だった。
閉じ籠もっていただけの樒も、部屋に椿がいる時は彼女がべったりというのに気付くのも時間はかからなかった。
相変わらず名前以外を思い出すことはなかったが、頭の痛みもなくなり体を動かせるようになると部屋の外に足を運んだ。
その際も椿が率先して学園内を案内した。
出会う忍たまは……というより樒が外に出たと聞きつけた忍たまたちはその姿を一目見ようと群がった。
自分を見つめる幼い瞳、その多さに樒がたじろぐと椿が間に入って立ち塞がる。
かねてから思っていた、なぜこの女はここまで私に尽くすのか。
先日の、お友達になりたい発言には鳥肌を禁じ得なかったが、椿を見ているとそれだけが理由ではない気がしてくる。
それに、
似ている気がする……
そう思ってすぐ眉をしかめる。
似ている?何に?誰に?
一瞬そう感じたこれは何なのか?
訳のわからない思いに樒は自問を繰り返す。
だが恐らくこれが、自分が失くしたものの欠片なのだろう。
とても大切だったような気がする、忘れてはならないような、かけがえのないもの……
「何をしているんだ?」
ガヤガヤと騒ぐ忍たまの上から降ってきたのは男の声。
背の高いその声の主、見覚えがある。
「土井先生」
そう自分をここまで運んだ、確か土井という教師。
土井の鶴の一声で群がる忍たまは四方に去っていった。
「ありがとうございます土井先生。」
「すまなかった、あいつらは興味を持つとしつこくて……」
「それが皆のいいところでもあるんですけどね。」
椿がそういって笑うと土井も合わせるように笑った。
樒の視線を感じた土井が咳払いをしてこちらに目を向ける。
「樒さん、調子はどうだい?」
「……平気。」
「そうか、良かった。なら君に少し聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
樒は無言で頷いた。
椿が心配そうに土井の名を呼んだが彼は努めて笑顔で彼女に言う。
「大丈夫、少し彼女のことを聞くだけだから。」
土井が樒を促して教員長屋の方へ向かう。
その後ろ姿を椿は見送った。
土井に続いて入った部屋の中には、これも見覚えのある顔。
「お待たせしました、山田先生。」
山田と呼ばれた中年の男、土井と同じく教師であると言っていた。
促されて中央に座る。土井は山田と並ぶ形で樒の正面に座った。
「学園の中を見て回ったそうだな、どうだい?ここは。」
山田が穏やかな口調で問う。
どうかと聞かれてどう答えていいのかわからない。
正直な感想を言えば空気が壊れることはわかる、だから言わない。
「……賑やかだと思う。」
「ははっ、煩くてすまないな。」
言っていないのに……
言葉を極力選んだつもりなのに山田は見透かすように笑って見せた。
相手が大人の男で何でもわかっていると言うようなその様子に、樒は山田から視線を外す。
「どうだね、何か思い出せたことはあるかい?」
聞きたいことと言うのはそれだろう。
何を言われるかなどわかっていたが、山田たちが期待するような答えはまだない。
「君自身のことでもいいし、記憶を失う原因となったものでもいいんだが。」
「…………」
沈黙が樒の答えだった。
山田と土井が顔を見合わせ肩をすくめる。
少なくとも助けられた恩がある、何をされるでもなく普通にここに置いてくれている、彼らの求める回答をすることができずに少しだけ胸が痛んだ。
「私たちは君が倒れていた原因が、最近出ると噂の賊ではないかと疑っている。はっきり言うと、君がその賊の仲間である可能性も捨てきれていない。」
土井が放つ厳しい言葉に樒は顔を上げた。
疑われている。
そう思うと心臓が嫌な音を立てたが、それも致し方ないことかも知れない。
彼らから見た自分は得体の知れない存在なのだ。
嫌な汗が噴き出そうになるところで土井は表情を和らげる。
「でもそうじゃないかも知れない。だから君には何かを思い出すまで学園内にいて欲しいんだ。」
「………え?」
「君は強い衝撃を受けて倒れていた。賊に襲われたと考えるのが一般的だろう。仮に今、君を追い出したところで帰る場所もわからない、また襲われるかも知れない、もしも賊の仲間だったのなら連絡を取られると厄介だ。だから解決するまでここにいて欲しい。」
「そういうことだ。それでいて何かを思い出せたなら君自身のことも解決するだろう?もちろんその時は是非とも教えて欲しいがね。」
土井と山田は樒を保護しつつ、その賊の解決を願った。
もしかすると自分はその賊というのに襲われたのだろうか。
今はもうない頭の痛み、とても自分でつけることの出来ない痛み。
誰かが何かがここに当たった、それが何なのか、自分も見つけたい。
「それに、」
「?」
「椿さんが君を気に入っているようだ。君の看病だって、彼女が率先してやったことなんだよ。だから出来たらその、彼女と君が打ち解けられたいいなと、私は思っているよ。」
土井の口から椿の名が出たこと、樒はその意図がわからない。
山田が茶化すような補足を入れる。
「彼女も少々事情があってな。樒さんが彼女の話相手になってくれたらと我々は思っているんだよ、歳も近そうだしな。土井先生は椿さんのことも心配なんだよ。」
「や、山田先生!」
慌てる土井の様子に、樒はなんとなくその理由が読めた。
椿については少し引っかかる部分がある。
それが何かはわからないが、邪険にする理由がない以上、彼女も情報を仕入れるための手段になるだろう。
……あのお節介な程の干渉は何とかならぬかとは思うが……
「……わかりました。」
そう言った樒に、山田と土井は安心した表情を見せた。
樒としてもそれは願ったり叶ったりであった。
自分が何者であるのかわからない今、学園の外に放り出されるのは本望ではない。
今は何か一つでも思い出すことが重要だと考えた。
樒が部屋へ戻ると椿の大きな瞳が心配そうに出迎えた。
大丈夫だったかと、彼女はたった一言そう聞いた。
その言葉には、土井や山田が樒に害をなすことがないと信頼していると同時に、彼女自身が辛くなかったかと気づかっている様子が含まれていた。
樒は変わらずの表情でたった一言、問題ないと言う。
それを聞いた椿の心から安心した顔。
またしても何故だかわからないが、樒の心を擽る何かがある。
そう思ったら自然と口を割って出た言葉。
「……椿」
初めて声に出した彼女の名。
驚くような表情の後にくるあどけない笑顔。
「なぁに?樒ちゃん。」
自分の名を呼ばれて初めて己が口走ったことを悟った。
途端に顔が紅潮し、あとに続くはずだった言葉を飲み込んでしまう。
「な!何でも……ない!」
「?」
吐き捨てたのに彼女は笑う。
まるで言えないその言葉を知っているかのように。
ありがとう
もう少し素直になれたのなら、そう言える日も来るのかも知れない。
毛先を切りそろえられたそれは気高さを感じられる。
切れ長の目に長い睫毛が表すのは少し冷たい印象の美人。
翌日には噂が学園中に知れ渡る。
忍術学園に女が来た、それもとびっきりの美人だ。
この手の噂は椿の時と同じだった。だが違うのは、樒が人前に出ることを嫌ったこと。
体調が優れないと、椿の部屋に閉じ籠もった彼女は外に出ることがなかった。
噂の彼女が姿を見せないことに忍たまたちはやきもきする。
当然だが、朝食時に食堂に集まった忍たまの注目を集めるのは椿の役目だった。
「どんな人ですか?」
「美人ですか?」
「顔は見せてくれないんですか?」
「会いに行っちゃダメですか?」
「食堂で働くの?」
「皆、待って!ストップ、ストーーップ!!」
押しかけた忍たまを大声で制すると、椿は言い聞かせるようにそこの全員を見渡す。
「まずは、なんて言うんですか?」
「え……」
「…………」
顔を見合わせた忍たまたちは一斉に彼女に向き直ると声を揃えた。
「おはようございます!」
「はい、おはよう。それから皆が気になっていると思うんだけど、樒ちゃんはまだ体調が悪いみたいだからそっとしておいてね。」
「しきみ、さん……樒さんって言うんですね!」
「……あ」
自然に名前を口走ってしまったことに後悔したが後の祭り。
椿の言うことは守る良い子たちなので部屋に押しかけたりはしない。ただ樒の噂は勝手に独り歩きをして行った。
どこぞのお姫様だの、どこかから逃げて来ただの、学園で働くだの、実は間者だの……
樒が姿を見せないのをいいことに、忍たまたちは好き勝手に噂した。
それを収めるのも椿の仕事だった。
だが仕事と言える程、義務感でやっていることではない。
ただ、本人のいないところで樒を悪く言われるのが嫌だったのだ。
彼女は、どこか、以前の自分と似ている……
今の樒は頼る宛もなく、学園に保護された状態。
とても椿には捨て置けない存在だった。
閉じ籠もっていただけの樒も、部屋に椿がいる時は彼女がべったりというのに気付くのも時間はかからなかった。
相変わらず名前以外を思い出すことはなかったが、頭の痛みもなくなり体を動かせるようになると部屋の外に足を運んだ。
その際も椿が率先して学園内を案内した。
出会う忍たまは……というより樒が外に出たと聞きつけた忍たまたちはその姿を一目見ようと群がった。
自分を見つめる幼い瞳、その多さに樒がたじろぐと椿が間に入って立ち塞がる。
かねてから思っていた、なぜこの女はここまで私に尽くすのか。
先日の、お友達になりたい発言には鳥肌を禁じ得なかったが、椿を見ているとそれだけが理由ではない気がしてくる。
それに、
似ている気がする……
そう思ってすぐ眉をしかめる。
似ている?何に?誰に?
一瞬そう感じたこれは何なのか?
訳のわからない思いに樒は自問を繰り返す。
だが恐らくこれが、自分が失くしたものの欠片なのだろう。
とても大切だったような気がする、忘れてはならないような、かけがえのないもの……
「何をしているんだ?」
ガヤガヤと騒ぐ忍たまの上から降ってきたのは男の声。
背の高いその声の主、見覚えがある。
「土井先生」
そう自分をここまで運んだ、確か土井という教師。
土井の鶴の一声で群がる忍たまは四方に去っていった。
「ありがとうございます土井先生。」
「すまなかった、あいつらは興味を持つとしつこくて……」
「それが皆のいいところでもあるんですけどね。」
椿がそういって笑うと土井も合わせるように笑った。
樒の視線を感じた土井が咳払いをしてこちらに目を向ける。
「樒さん、調子はどうだい?」
「……平気。」
「そうか、良かった。なら君に少し聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
樒は無言で頷いた。
椿が心配そうに土井の名を呼んだが彼は努めて笑顔で彼女に言う。
「大丈夫、少し彼女のことを聞くだけだから。」
土井が樒を促して教員長屋の方へ向かう。
その後ろ姿を椿は見送った。
土井に続いて入った部屋の中には、これも見覚えのある顔。
「お待たせしました、山田先生。」
山田と呼ばれた中年の男、土井と同じく教師であると言っていた。
促されて中央に座る。土井は山田と並ぶ形で樒の正面に座った。
「学園の中を見て回ったそうだな、どうだい?ここは。」
山田が穏やかな口調で問う。
どうかと聞かれてどう答えていいのかわからない。
正直な感想を言えば空気が壊れることはわかる、だから言わない。
「……賑やかだと思う。」
「ははっ、煩くてすまないな。」
言っていないのに……
言葉を極力選んだつもりなのに山田は見透かすように笑って見せた。
相手が大人の男で何でもわかっていると言うようなその様子に、樒は山田から視線を外す。
「どうだね、何か思い出せたことはあるかい?」
聞きたいことと言うのはそれだろう。
何を言われるかなどわかっていたが、山田たちが期待するような答えはまだない。
「君自身のことでもいいし、記憶を失う原因となったものでもいいんだが。」
「…………」
沈黙が樒の答えだった。
山田と土井が顔を見合わせ肩をすくめる。
少なくとも助けられた恩がある、何をされるでもなく普通にここに置いてくれている、彼らの求める回答をすることができずに少しだけ胸が痛んだ。
「私たちは君が倒れていた原因が、最近出ると噂の賊ではないかと疑っている。はっきり言うと、君がその賊の仲間である可能性も捨てきれていない。」
土井が放つ厳しい言葉に樒は顔を上げた。
疑われている。
そう思うと心臓が嫌な音を立てたが、それも致し方ないことかも知れない。
彼らから見た自分は得体の知れない存在なのだ。
嫌な汗が噴き出そうになるところで土井は表情を和らげる。
「でもそうじゃないかも知れない。だから君には何かを思い出すまで学園内にいて欲しいんだ。」
「………え?」
「君は強い衝撃を受けて倒れていた。賊に襲われたと考えるのが一般的だろう。仮に今、君を追い出したところで帰る場所もわからない、また襲われるかも知れない、もしも賊の仲間だったのなら連絡を取られると厄介だ。だから解決するまでここにいて欲しい。」
「そういうことだ。それでいて何かを思い出せたなら君自身のことも解決するだろう?もちろんその時は是非とも教えて欲しいがね。」
土井と山田は樒を保護しつつ、その賊の解決を願った。
もしかすると自分はその賊というのに襲われたのだろうか。
今はもうない頭の痛み、とても自分でつけることの出来ない痛み。
誰かが何かがここに当たった、それが何なのか、自分も見つけたい。
「それに、」
「?」
「椿さんが君を気に入っているようだ。君の看病だって、彼女が率先してやったことなんだよ。だから出来たらその、彼女と君が打ち解けられたいいなと、私は思っているよ。」
土井の口から椿の名が出たこと、樒はその意図がわからない。
山田が茶化すような補足を入れる。
「彼女も少々事情があってな。樒さんが彼女の話相手になってくれたらと我々は思っているんだよ、歳も近そうだしな。土井先生は椿さんのことも心配なんだよ。」
「や、山田先生!」
慌てる土井の様子に、樒はなんとなくその理由が読めた。
椿については少し引っかかる部分がある。
それが何かはわからないが、邪険にする理由がない以上、彼女も情報を仕入れるための手段になるだろう。
……あのお節介な程の干渉は何とかならぬかとは思うが……
「……わかりました。」
そう言った樒に、山田と土井は安心した表情を見せた。
樒としてもそれは願ったり叶ったりであった。
自分が何者であるのかわからない今、学園の外に放り出されるのは本望ではない。
今は何か一つでも思い出すことが重要だと考えた。
樒が部屋へ戻ると椿の大きな瞳が心配そうに出迎えた。
大丈夫だったかと、彼女はたった一言そう聞いた。
その言葉には、土井や山田が樒に害をなすことがないと信頼していると同時に、彼女自身が辛くなかったかと気づかっている様子が含まれていた。
樒は変わらずの表情でたった一言、問題ないと言う。
それを聞いた椿の心から安心した顔。
またしても何故だかわからないが、樒の心を擽る何かがある。
そう思ったら自然と口を割って出た言葉。
「……椿」
初めて声に出した彼女の名。
驚くような表情の後にくるあどけない笑顔。
「なぁに?樒ちゃん。」
自分の名を呼ばれて初めて己が口走ったことを悟った。
途端に顔が紅潮し、あとに続くはずだった言葉を飲み込んでしまう。
「な!何でも……ない!」
「?」
吐き捨てたのに彼女は笑う。
まるで言えないその言葉を知っているかのように。
ありがとう
もう少し素直になれたのなら、そう言える日も来るのかも知れない。