終章
あなたのお名前は?
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数日後。
『椿 へ
その後変わりはないかしら?
あなたのことは聞いている。全て上手く行ったのだと。
私は馬印堂を救うため、あなたの作戦に従った。
忍術学園の者たちは良い働きをしてくれたわ。
あなたが彼らを信じるのもわかる気がする。
それで、私のことなんだけど……
堀殻城城主様にはとても良くしていただいているわ。
聞いていた噂とはまるで違った。
私のことを快く迎え入れてくれて、夫婦にならなければご自分の腹を切るとまで仰るのよ?おかしいでしょう?
そのお姿はとても、その……凛々しくていらっしゃるのに、子供みたいなことを言うのね。なんだか放っておけないのよ。ふふっ
城主様は馬印堂のことも考えてくれているみたいで、これからは共に生きる道を歩んでくださるとのこと。
私もこの御方となら、幸せになれそうな気がするの。
……私の方が城主様を幸せにしてあげられるのかも知れないけれど。これは内緒よ。
そういうことだから、あなたが心配するようなことは何もない。
椿、あなたにはとても世話になった。
私を守ると言ってくれた言葉、忘れないわ。そうすれば、あなたのことを覚えていられるものね。
椿、どうかあなた自身も幸せであるように、堀殻の地から祈っています。
あなたに恥じないように、私は私の力で幸せを掴んでみせるわ。
どうか見ていてね。
千』
堀殻城から送られてきた手紙、椿は自室でそれに目を通した後、ゆっくりと息を吐いた。
陽も落ち静かになった学園内、今は蝋燭の灯が揺らめくだけの世界。
手紙を受け取った時、差出人を見て緊張が走った。
だからこの暗闇が気持ちを落ち着けるのに十分役に立った。
千姫はどうやら堀殻城城主に大変気に入られたらしい。
彼女自身も城主の見せた姿勢に、心動かされているのが手紙からわかる。
何があっても千姫を救うと約束した心に偽りはない。
だが結果としてまるく収まった様子が窺え、椿はとても安堵した。
これで差臼を巡る一連の事件は終わりを告げる。
「……良かった。」
椿は文机の上に手紙を置く。
小窓から外を仰ぎ見ると、澄んだ空に浮かぶ月が目に入った。
そうだ、こんな時は。
彼女は部屋を出て中庭まで歩を進める。
天上高くにある月、その輝きは優しくも強い。
空は漆黒というよりは青みがあり、周りの草木もその青に染まっていた。
とても静かだった。
昼間とは違う忍術学園の姿、それもまた彼女の好きな姿であった。
天に向かいおもむろに手を伸ばしてみたが届きはしない。
手が触れない程遠くにあるのに、その姿ははっきりと確認出来る。
たった一つしかない月、だから竹森の地に戻った隆光や樒にも同じ光を与えてくれている。
同じように見守ってくれている。
月の存在が椿と彼らを結ぶ架け橋となっているのだ。
「またここにいた。」
暗闇から聞こえた優しい声。
振り向く前にその正体が椿にはわかる。
「土井先生」
「今夜は雲もないし月が明るい。だから来ていると思ったんだ。君は月が好きだから。」
土井は椿の隣りに立ち、月を見上げる。
少し妬いてしまうな、とは言わなかった。
彼女が、大事に想っている人を月に映していると知っているから。
「千姫から手紙が届いたんです。それで月に報告をしたくて。」
「千姫から?なんて?」
椿は土井に手紙の内容を伝える。
堀殻に気に入られた様子の千姫に、椿も安心したと言った。
「これでもう、心配事はなくなりました。差臼は雑渡さんたちが変わらず見張ってくださるようですし、千姫も幸せになれそうな様子。……今回のことは土井先生始め、学園の皆さんに多大なご迷惑をおかけしてしまいました。本当にごめんなさい。」
頭を下げる彼女に土井はいつもと変わらない声色で語りかける。
「……本当は、一人で無茶をした君に言いたいことがたくさんあったんだ。だけど……私はもう、許すことにしたよ。きっと既にたくさんのことを懺悔しただろう?それに君に制約をかけることはしたくないんだ。椿さん、君はもう自由の身なのだからね。」
「っ、先生……」
窺うように顔を上げた椿と目が合う。
不安そうなその瞳は土井の姿を写し出した。
彼女の気持ちを和らげようと、土井は軽く笑って見せる。
「私の方こそ、一番大変な時に寝ていてすまなかった。」
「違いますっ、あれは私のせいで……!」
「いや、私がまだまだ未熟者だったということなんだろう。今回のことは勉強だったと思うことにするよ。」
「先生……」
「もっと早く、一刻も早く、君の元へ行きたかった。君の無茶を止めなければならない。君が不安なら、それを取り除いてやらなければならない。そう思っていた。」
土井は悔しそうに拳を強く握った。
そんな彼に椿は首を振る。
「来てくれたじゃないですか。土井先生はちゃんと私のところに来てくれました。助けに、来てくれましたよ?それがどんなに嬉しくて……心強くて安心して……涙が止まらなくなりそうだったことか……」
「椿さん……」
あの時のことを思い出したのだろう、彼女から涙が一筋零れ出る。
彼女は己の全てを賭けて、樒や忍術学園を救おうとしていた。
椿は強い、とは言っても恐怖を感じぬ人間などいない。
きっとたくさんのことを想ったに違いない。
もしも今ここで土井の人生が終わってしまうとしたら、学園のこと、生徒のこと、そして椿のこと……考えずにはいられない。
死んでも死にきれないと思う。それくらい今の土井が抱えているものは大きい。
……多分、彼女も同じだったのだろう。
同じだった、だからこそ選ばなければならなかった。
自分以外の人を、その未来を。
二人を包む月の光、虫の音、少し涼しくなった夜風が椿の髪を揺らす。
今なら……この想いを伝えても許されるだろうか……
もう不安なものは全て取り除かれた、今なら……
「もう、いいだろうか……」
「土井先生?」
思わず口に出してしまったらしい自分の声に自嘲を零す。
随分と遠回りをしてしまったのかも知れない。
すぐに言えた一言も、彼女の反応が怖くて、関係を壊したくなくて、ここまで引っ張ってしまったのもあるのかも知れない。
だけど一度、土井は宣言してしまった。
もう怖いものはなにもなかった。
自分が直接伝えたい、だから他人にそれを阻害されることだけは嫌だった。
その邪魔なものも、今はいない。
椿が涙を拭った手をそのまま奪う。
驚いたように彼女の肩が少し跳ねたが、土井には想定内のことだ。
今更止まれない。
心臓が痛い程、音を立てている。
彼女の小さな手を土井は優しく両手で包んだ。
「椿さん、今一度、君に誓いを立ててもいいかい?」
「はい……」
「君がその背に消せない傷を負った時から考えていたんだ。これ以上君が傷つくことのないように、私が君を守ると。そして君の傷を全て、見えているもの見えていないものも全て、私も共に背負っていきたい。」
土井の視線は熱を帯びていく。
椿は彼の目から逃れる術を知らない。
繋がれた手が熱い。
緊張から体温が上がり、胸の鼓動はまるで自分のものではないような暴れ方をする。
「……先生……」
「椿さん、君を愛してる。」
「!」
「もう二度と、君だけが苦しみ悲しみを背負うことのないように、私がすぐ側で椿さんを守るよ。君と、あの月に誓う。」
初めて打ち明けられた土井の気持ち。
椿は上手く消化出来ずに目を大きく見開いた。
が、すぐに自分を落ち着かせるように胸を押さえ目を閉じる。
高鳴る鼓動が外に出てしまわぬように、それでも自分も伝えなければと、顔を上げた。
「……嬉しいです。先生に、もう二度と会えないんじゃないかって、こんな風に声が聞けない、名前を呼んでもらえないんじゃないかって……私は、たくさんご迷惑をおかけしたから……そんな風に言ってもらえるなんて、夢みたいです……」
「夢にはさせない。私は守りたいものができたんだ。この学園や一年は組、そしてなにより椿さん、君だよ。」
「っ!……先生、私も……伝えたいことがあります。」
「うん」
椿は空いていた手を土井の手に重ねる。
お互いの熱が相手を包み込み、それはとても心地の良いものへと変わる。
月の光を映した彼女の瞳、それはキラキラと輝き土井へと真っ直ぐ向けられる。
光を宿したそれは自分の意思を強く持つ椿らしく、土井が好きな瞳だ。
「土井先生、あなたを愛しています。ずっと伝えたかった……私、先生と共に歩きたい。あなたの背負うものもまた、私にください。一緒に生きたいから。」
一緒に生きたい。
似た境遇の二人ならきっと、お互いに求めるものもわかるはず。
土井は椿の言葉に嬉しそうに目を細めた。
「ああ、一緒に生きよう。」
「はい。……あなたを、母に紹介できて良かった。」
「ん?」
「覚えていますか?金楽寺から帰った日、本当は先生にそう言いたかったんです。私にも大切に想える人が出来たから、母にその人を紹介出来て良かった。土井先生が声をかけてくれて、あの日一緒に金楽寺に行けて、嬉しかったです。」
覚えているとも。
賊が出るからと食堂のおばちゃんに任された椿の護衛。
成り行きでそうなったようなものだったが、彼女がそう思ってくれていた事実に感情の高ぶりを抑えられない。
一緒に行けて良かった、それは土井も思っていたことだった。
「君がそう思っていてくれたなんて、照れてしまうな。ありがとう、お母さんに紹介してくれて。私は認めて貰えただろうか?」
「勿論です。母はきっと、私の選ぶ人を喜んでくれていると思います。」
「そうか、良かった。本当は私も、もっと早くこの気持ちを打ち明けたかったんだ。君を取り巻く好敵手はたくさんいたからね。」
そういうが彼女にはいまいちピンと来ていないようで、相変わらずその方面には疎いらしいことを知る。
「だからね、椿さん。」
土井は彼女の体を隙間なく抱き寄せる。
なんて小さくて、温かいのだろう。
伝わる鼓動は彼女のものか自分のものか、もうわからない。
「こうして君を独り占めできてこんなに幸せなことはない。私を選んでくれてありがとう。」
「先生……私も、幸せです。見つけてくれて、ありがとうございます。」
彼の生きている音が聞こえる。
彼の体温も、包まれている優しい手つきも感じる。
ああ、ここが……
「帰る場所。」
「ん?」
忍術学園の皆は椿に帰る場所を与えてくれた。
でもそれ以上に、土井が確たる場所を示してくれている。
彼の隣り、それが椿の帰る場所となったのだ。
「学園の皆が私に帰る場所をくれました。でもそれ以上に、ここが……土井先生の隣りが、私の帰る場所になったんです。」
椿の帰る場所。
いつかそれが、自分の隣りになれたならと願った夜もあった。
彼女は答えてくれた、いや見つけてくれたのは彼女の方であったのかも知れない。
こんな気持ちを抱いたことなどなかった。
椿が土井に、幸せの形を示してくれた。
「君の隣りも、私が貰っていいかな?」
「はい。一つしかありませんから。土井先生だけのものですよ。」
「っ、私の隣りも椿さんだけのものだよ。」
「はいっ、嬉しいです。」
なんてかわいらしいことを言うのだろうか。
これ以上困らせないで欲しいとも思うが、それ以上に愛しさが増すのだから心臓が持ちそうにない。
それも幸せの一部となっていくのだから、もう手放せなくなってしまう。
元より、手放す気などないのだが。
土井の体が僅かに離れ、二人は自然に見つめ笑い合う。
近付く唇。椿はそっと目を閉じた。
まるで誓いを立てるように、約束を交わすように、重なる影は闇夜に溶けた。
天上の月、今宵はそれもまた二人を見守り祝福してくれているように見える。
ずっと一緒に……これからは二人で……
あなたの隣りは私の帰る場所。
それは特別で一つしかない。
私がそこに立つことを、あなたは許してくれた。
いつだって言ってくれる嬉しい言葉。
”おかえり 椿さん”
ー続・かぐや姫 完ー
ここまで読んでくださった皆様へ
↓
感謝を込めて
※顔あり夢主がいますので、苦手な方はご注意ください。
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