四章
あなたのお名前は?
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咽るような匂いに顔をしかめる。
毛嫌いしている人間の匂いほど、吐き気を覚えるものはない。
縛り付けるその手を払って逃げ出せたなら……どんなに楽だっただろう。
だがそんなことをすればどうなるのか、樒にはわかっているはずだった。
害が及ぶのは、自分だけではない。
保身の為、か……
いつか浴びせられたその言葉、否定をした心に偽りはない。
己の身恋しさに、上手く生きられる人間であったなら、或いはそういう道を歩けたなら、それを人間らしさと呼ぶのかも知れない。
それでも樒にはその考えは一切なかった。
自分は生きながらの屍だ。
なんの為に生きているのかと問われれば、それは間違いなく竹森隆光のため、そして今は椿のため。
彼らの影として存在することが、樒のとっては生きることそのものであった。
全ては彼らのために。
自分が難を逃れ生き延びることより、彼らが生きることを樒は選ぶ。
それが全てを失った人間の成すべきこと、屍が存在できる理由なのだと樒は思っていた。
だから恐れることなどなかった。
ただ……
この後どうなるかなど、誰にも知られたくはない。
知られてはいけない。
このことで心を痛める必要など、大事な彼らがする必要はないからだ。
特に……椿……
彼女はその責任を負おうとするだろう。
どうか何も知らずに、誰もこのことを漏らさぬように。
あなたのために、なんて言ったらきっと彼女は苦しむ。
だからこれは、私のため。
私が守りたいもののために、私が選んだ道だから……
何度か通ったことのある廊下、その先にある部屋、差臼普墺が勢いよく襖を開ける。
同時に突き飛ばされた樒は、部屋の中に倒れ込んだ。
痛みはない、が、柔らかな布団の感触に全身が総毛立つ。
振り返り背中を押した人物をキッと睨み返す。
外から入り込む光を背負った差臼普墺の表情は伺えなかった。
ただ白く光るその歯は剥き出しとなり、唇は機嫌良さそうに弧を描く。
「まさか本当に椿姫を探し出せるとはな。これも全てあの妙な客人の言う通りになったわけか。」
「?」
差臼普墺が何を言っているのかわからなかった。
誰の話をしているのかわからないでいると、自分以外の誰かがそれに答えた。
「妙な客人、とは随分な言いがかりですな。」
広い部屋の中、少し離れた位置から聞こえた声に樒はハッと振り向く。
御簾を挟んだ向こう側に誰かがいる。
その声色から、井頭や梨栗ではない。
自分の知らない何者かが、差臼普墺の許可を得てこの場に居るのだ。
それは恐らく、樒にとって好意的な相手ではない。
差臼普墺が呼びつけた小姓が震える手で室内に明かりを灯す。
それをさっさと追いやると、部屋の隅に控える黒い影に彼は声を向けた。
「その通りではないか、須黙 殿。シキビの持ち出した竹森葵の扇、貴殿の言うようにそれが役に立った。それだけではない、宿敵であるタソガレドキ城を牽制し、兵力を高める今回の作戦もみな、貴殿の助言があってこそだ。一体何者であるかは知らぬが、短期間にこれ程の仕事をこなす相手を妙と言う他ないであろう。」
差臼普墺は満足そうに笑い、布団の上にドカッと腰を落とした。
須黙と呼ばれた男、僅かな明かりの中に見えるその姿は全身が黒く確認出来るものはぎらついた片目のみ。
見てはいけないような、恐怖とも呼べる感情を持ちながらも、樒は彼の目から視線が動かせない。
お前は……誰だ!?
今の差臼普墺の発言から、葵の扇を持ち出す提案をしたのはこの須黙という男らしい。
それもタソガレドキに対して有効な手段も併せ持つ、差臼普墺にとっては利用しない訳がない。
一体どれほどの人物であるのか。
だがそんなにも前から差臼普墺に接触していたこの男のことを樒は知らない。
知らない事実が彼女を余計に震え上がらせる。
「恐れながら、協力を申し出るのは当然のことかと存じます。差臼殿がどこよりも強い権力を得たなら、我が部隊をここに迎え入れてくださるとのご提案でしたから。協力を惜しむ手などありはしませぬ。」
「はっはっは!無論、そうするつもりだ。貴殿を始めとする部隊の活躍には目を見張るものがある。此度の作戦が上手くいった暁には、確たる地位を約束しよう。」
「痛み入ります。同朋たちも喜ぶことでしょう。」
差臼の軍の中に須黙の軍も混ざっているというのか。
樒はこのことを初めて知った。
民間の兵でその力を補おうとしていた差臼に、こんな実力を持つ違う勢力が入っていたとしたら、紛れ込んだ忍術学園が危ない。
今頃各所で教師や忍たまたちが差臼の軍に混ざっていることだろう。
少しでもそれを見抜かれてしまったら……
それは間違いなく椿の足枷となってしまう。
まずい……
なんとか、伝える手立てはないものか……
「……時に差臼殿、そこに見えます女ですが……」
「!?」
須黙が自分を見つめる気配がする。
全てを暴かれてしまうような彼の目の鋭さに、全身が緊張に包まれる。
驚きから目を合わせてしまったが最後、樒には物音一つ立てることが出来なくなった。
「ああ、これがシキビだ。竹森葵の扇を持ち出し椿姫を探し出した、今回の立役者である。」
「そうですか……」
意外にも須黙が発したのはそれだけだった。
何を言わんとするのかわからない態度に、差臼普墺は鼻で笑う。
「まさか……貴殿も混ざりたい、などと申すまいな?」
こいつ、何を言っているのか!?
そんなことは御免だと、樒は口に出すことなく差臼普墺を睨みつける。
彼はそれに気付くことはなく、ただつまらなそうに須黙を見ていた。
「ははっ、滅相もございません。ただ……私が申し上げたいのは一つだけ。その女は少々危険な香りが致します。どうかお目を離されませんよう、ご忠告を。」
その言葉に樒は血の気が引いた。
この須黙という男、何を掴んでいるのか。
余計なことをするなと、彼の言葉、彼の目がそう告げている。
ただでさえ自由を制限されている中、須黙の目もあるとなれば下手なことは出来ない。
椿にこのことを知らせる手立ても、忍術学園に迫る危機を知らせる手段も、樒には絶たれてしまった。
こんな状況で勝ち目はあるのか……?
絶望から言葉が出てこない。
「言われるまでもない。城に潜り込んだ鼠と連絡を取られては敵わんからな。」
「!?」
こちらの行動を差臼普墺は見抜いていた。
驚き顔を上げた樒を見て彼は口角を上げる。
「そのように驚いた顔をしてどうした?まさか、儂が知らぬとでも思っていたか?お前が単独で椿姫を連れて来たことや、お前たち二人の慣れ親しんだ様子を見れば、他に協力者がいることなど想像に容易い。」
侮っていた。
差臼普墺が自分に絶対的な信頼を寄せているとは思っていない。
だがそれでも、単独で行動させたり千姫(椿であることは見抜かれたが……)を連れ帰った点など、差臼普墺に油断を生じさせる功績は積んだと思っていた。
「須黙殿、仕事だ。城に潜り込んだ鼠を探し、儂の元に連れて来い。そうだ、どうせなら椿姫にも見せた方が良いな。望みを絶たれた瞬間の顔は、さぞかし愉快なものであろう。」
「仰せのままに。」
須黙はそのまま静かに気配を消した。
あの男がどれほどの実力であるのか計り知れないが、このままでは忍術学園の存在が明らかになるのは時間の問題であろう。
どうにかして目の前の差臼普墺から逃れ、これを伝達しなければならない。
須黙の存在を知っているのは、恐らく自分だけだ。
思考を巡らせる樒の目の前に差臼普墺はグッと距離を詰めた。
「お前の考えていることはわかっている。逃げたいであろう?仲間に連絡を取りたいであろう?なに、心配することはない。儂はお前に危害は加えない。お前が儂に忠実である程、その約束は守られる。簡単じゃないか、今まで生きて来た道に戻ればいいだけのこと。」
「……」
「捨てるんだよ。竹森もこの城にいるお前の協力者も、全て捨てればお前は助かる。ああ、椿姫を連れ帰った褒美として、竹森のことはしばらく保留にしてやろう。」
今この場で差臼普墺を討つことなど簡単だ。
しかしそれが出来ない理由は先程の須黙の存在。
得体の知れないあの影は、差臼普墺がいなくなったとしてそれを問題とせず忍術学園を手に掛けるかも知れない。
差臼普墺との話し合いを望む椿にも、その結末は良いものではない。
まだ差臼普墺が須黙を制御できる今の状態を崩すことは賢いとは言えない。
言葉に詰まる樒に策がないことを見破った差臼普墺は、彼女の腰を引き寄せ布団の上に組み敷いた。
「っ!?」
「シキビよ、お前に選択肢を与える。”生きる”のか”生きない”のか、選べ。」
灯りに照らされた彼の錆びたような顔、それでもその瞳だけは鋭利な刃物となって樒を刺す。
生かすのか殺すのか、それを決断できない自分はいつの間にか逆の立場となっていた。
この瞬間に生死を問われたのは樒のほうであった。
”生きる”というのは、このまま差臼普墺に従い、手出し口出し無用を意味するだろう。
”生きない”選択をすれば、間違いなくこの男の手が椿にかかる。
忍術学園や竹森にまでそれは及ぶであろう。
彼女に選ばせる道など、始めからあってないようなものだ。
「”生きない”のなら物言わぬ屍となれ。”生きる”ならば……わかるだろ?好い声で啼けよ?」
「……っ!」
衿元を大きく開かれ晒された白い肌。
不快な熱とともに這う舌のざらつき。
今まで何度も同じことをしてきた。
これは仕事だと割り切ってきた、だが今は……
憎い、憎い……
こいつさえ、居なければ……!
耐えがたい屈辱に樒は顔を歪めて涙を流した。
毛嫌いしている人間の匂いほど、吐き気を覚えるものはない。
縛り付けるその手を払って逃げ出せたなら……どんなに楽だっただろう。
だがそんなことをすればどうなるのか、樒にはわかっているはずだった。
害が及ぶのは、自分だけではない。
保身の為、か……
いつか浴びせられたその言葉、否定をした心に偽りはない。
己の身恋しさに、上手く生きられる人間であったなら、或いはそういう道を歩けたなら、それを人間らしさと呼ぶのかも知れない。
それでも樒にはその考えは一切なかった。
自分は生きながらの屍だ。
なんの為に生きているのかと問われれば、それは間違いなく竹森隆光のため、そして今は椿のため。
彼らの影として存在することが、樒のとっては生きることそのものであった。
全ては彼らのために。
自分が難を逃れ生き延びることより、彼らが生きることを樒は選ぶ。
それが全てを失った人間の成すべきこと、屍が存在できる理由なのだと樒は思っていた。
だから恐れることなどなかった。
ただ……
この後どうなるかなど、誰にも知られたくはない。
知られてはいけない。
このことで心を痛める必要など、大事な彼らがする必要はないからだ。
特に……椿……
彼女はその責任を負おうとするだろう。
どうか何も知らずに、誰もこのことを漏らさぬように。
あなたのために、なんて言ったらきっと彼女は苦しむ。
だからこれは、私のため。
私が守りたいもののために、私が選んだ道だから……
何度か通ったことのある廊下、その先にある部屋、差臼普墺が勢いよく襖を開ける。
同時に突き飛ばされた樒は、部屋の中に倒れ込んだ。
痛みはない、が、柔らかな布団の感触に全身が総毛立つ。
振り返り背中を押した人物をキッと睨み返す。
外から入り込む光を背負った差臼普墺の表情は伺えなかった。
ただ白く光るその歯は剥き出しとなり、唇は機嫌良さそうに弧を描く。
「まさか本当に椿姫を探し出せるとはな。これも全てあの妙な客人の言う通りになったわけか。」
「?」
差臼普墺が何を言っているのかわからなかった。
誰の話をしているのかわからないでいると、自分以外の誰かがそれに答えた。
「妙な客人、とは随分な言いがかりですな。」
広い部屋の中、少し離れた位置から聞こえた声に樒はハッと振り向く。
御簾を挟んだ向こう側に誰かがいる。
その声色から、井頭や梨栗ではない。
自分の知らない何者かが、差臼普墺の許可を得てこの場に居るのだ。
それは恐らく、樒にとって好意的な相手ではない。
差臼普墺が呼びつけた小姓が震える手で室内に明かりを灯す。
それをさっさと追いやると、部屋の隅に控える黒い影に彼は声を向けた。
「その通りではないか、
差臼普墺は満足そうに笑い、布団の上にドカッと腰を落とした。
須黙と呼ばれた男、僅かな明かりの中に見えるその姿は全身が黒く確認出来るものはぎらついた片目のみ。
見てはいけないような、恐怖とも呼べる感情を持ちながらも、樒は彼の目から視線が動かせない。
お前は……誰だ!?
今の差臼普墺の発言から、葵の扇を持ち出す提案をしたのはこの須黙という男らしい。
それもタソガレドキに対して有効な手段も併せ持つ、差臼普墺にとっては利用しない訳がない。
一体どれほどの人物であるのか。
だがそんなにも前から差臼普墺に接触していたこの男のことを樒は知らない。
知らない事実が彼女を余計に震え上がらせる。
「恐れながら、協力を申し出るのは当然のことかと存じます。差臼殿がどこよりも強い権力を得たなら、我が部隊をここに迎え入れてくださるとのご提案でしたから。協力を惜しむ手などありはしませぬ。」
「はっはっは!無論、そうするつもりだ。貴殿を始めとする部隊の活躍には目を見張るものがある。此度の作戦が上手くいった暁には、確たる地位を約束しよう。」
「痛み入ります。同朋たちも喜ぶことでしょう。」
差臼の軍の中に須黙の軍も混ざっているというのか。
樒はこのことを初めて知った。
民間の兵でその力を補おうとしていた差臼に、こんな実力を持つ違う勢力が入っていたとしたら、紛れ込んだ忍術学園が危ない。
今頃各所で教師や忍たまたちが差臼の軍に混ざっていることだろう。
少しでもそれを見抜かれてしまったら……
それは間違いなく椿の足枷となってしまう。
まずい……
なんとか、伝える手立てはないものか……
「……時に差臼殿、そこに見えます女ですが……」
「!?」
須黙が自分を見つめる気配がする。
全てを暴かれてしまうような彼の目の鋭さに、全身が緊張に包まれる。
驚きから目を合わせてしまったが最後、樒には物音一つ立てることが出来なくなった。
「ああ、これがシキビだ。竹森葵の扇を持ち出し椿姫を探し出した、今回の立役者である。」
「そうですか……」
意外にも須黙が発したのはそれだけだった。
何を言わんとするのかわからない態度に、差臼普墺は鼻で笑う。
「まさか……貴殿も混ざりたい、などと申すまいな?」
こいつ、何を言っているのか!?
そんなことは御免だと、樒は口に出すことなく差臼普墺を睨みつける。
彼はそれに気付くことはなく、ただつまらなそうに須黙を見ていた。
「ははっ、滅相もございません。ただ……私が申し上げたいのは一つだけ。その女は少々危険な香りが致します。どうかお目を離されませんよう、ご忠告を。」
その言葉に樒は血の気が引いた。
この須黙という男、何を掴んでいるのか。
余計なことをするなと、彼の言葉、彼の目がそう告げている。
ただでさえ自由を制限されている中、須黙の目もあるとなれば下手なことは出来ない。
椿にこのことを知らせる手立ても、忍術学園に迫る危機を知らせる手段も、樒には絶たれてしまった。
こんな状況で勝ち目はあるのか……?
絶望から言葉が出てこない。
「言われるまでもない。城に潜り込んだ鼠と連絡を取られては敵わんからな。」
「!?」
こちらの行動を差臼普墺は見抜いていた。
驚き顔を上げた樒を見て彼は口角を上げる。
「そのように驚いた顔をしてどうした?まさか、儂が知らぬとでも思っていたか?お前が単独で椿姫を連れて来たことや、お前たち二人の慣れ親しんだ様子を見れば、他に協力者がいることなど想像に容易い。」
侮っていた。
差臼普墺が自分に絶対的な信頼を寄せているとは思っていない。
だがそれでも、単独で行動させたり千姫(椿であることは見抜かれたが……)を連れ帰った点など、差臼普墺に油断を生じさせる功績は積んだと思っていた。
「須黙殿、仕事だ。城に潜り込んだ鼠を探し、儂の元に連れて来い。そうだ、どうせなら椿姫にも見せた方が良いな。望みを絶たれた瞬間の顔は、さぞかし愉快なものであろう。」
「仰せのままに。」
須黙はそのまま静かに気配を消した。
あの男がどれほどの実力であるのか計り知れないが、このままでは忍術学園の存在が明らかになるのは時間の問題であろう。
どうにかして目の前の差臼普墺から逃れ、これを伝達しなければならない。
須黙の存在を知っているのは、恐らく自分だけだ。
思考を巡らせる樒の目の前に差臼普墺はグッと距離を詰めた。
「お前の考えていることはわかっている。逃げたいであろう?仲間に連絡を取りたいであろう?なに、心配することはない。儂はお前に危害は加えない。お前が儂に忠実である程、その約束は守られる。簡単じゃないか、今まで生きて来た道に戻ればいいだけのこと。」
「……」
「捨てるんだよ。竹森もこの城にいるお前の協力者も、全て捨てればお前は助かる。ああ、椿姫を連れ帰った褒美として、竹森のことはしばらく保留にしてやろう。」
今この場で差臼普墺を討つことなど簡単だ。
しかしそれが出来ない理由は先程の須黙の存在。
得体の知れないあの影は、差臼普墺がいなくなったとしてそれを問題とせず忍術学園を手に掛けるかも知れない。
差臼普墺との話し合いを望む椿にも、その結末は良いものではない。
まだ差臼普墺が須黙を制御できる今の状態を崩すことは賢いとは言えない。
言葉に詰まる樒に策がないことを見破った差臼普墺は、彼女の腰を引き寄せ布団の上に組み敷いた。
「っ!?」
「シキビよ、お前に選択肢を与える。”生きる”のか”生きない”のか、選べ。」
灯りに照らされた彼の錆びたような顔、それでもその瞳だけは鋭利な刃物となって樒を刺す。
生かすのか殺すのか、それを決断できない自分はいつの間にか逆の立場となっていた。
この瞬間に生死を問われたのは樒のほうであった。
”生きる”というのは、このまま差臼普墺に従い、手出し口出し無用を意味するだろう。
”生きない”選択をすれば、間違いなくこの男の手が椿にかかる。
忍術学園や竹森にまでそれは及ぶであろう。
彼女に選ばせる道など、始めからあってないようなものだ。
「”生きない”のなら物言わぬ屍となれ。”生きる”ならば……わかるだろ?好い声で啼けよ?」
「……っ!」
衿元を大きく開かれ晒された白い肌。
不快な熱とともに這う舌のざらつき。
今まで何度も同じことをしてきた。
これは仕事だと割り切ってきた、だが今は……
憎い、憎い……
こいつさえ、居なければ……!
耐えがたい屈辱に樒は顔を歪めて涙を流した。