短編集
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「あのね……私、文次郎が好きだよ。」
椿がそう言い出したのはもう、ひと月も前のことだった。
その日俺は授業の帰りで一人忍術学園へ向かっていた。
六年それぞれに与えられた授業の課題がバラバラだったため、行動を共にする相手もいなかった。
嫌な曇り空だと思っていたら、本当に降りだしたから強くなる前に学園へ戻ろうと思い、足を急がせる。
そんな俺の目の前に現れたのは、椿が出掛けた先から戻る姿。
雨に濡れないように、頭を手で押さえながら小走りに先を行く。
椿が一人で学園の外に出ていたことに心の中で舌打ちをしながら見かけた手前、無視をする理由もなく俺は椿に駆け寄った。
「椿、帰りか?」
「文次郎!そうなの、雨降ってきちゃったから。」
雨は次第に強さを増す。
と思っていたら、痛いくらいに打ち付けるような大降りになってしまった。
この先に確か……
俺は椿の手を咄嗟に掴んで、雨をしのぐためにそこへ向かった。
今はもう誰も使っていない廃屋があって、忍たまの格好の遊び場と化している場所がある。
天井も壁も穴が空いてぼろぼろだが、二人が雨をやり過ごすには十分である。
この雨が通り雨であることを祈って、椿とその廃屋でしばらく待つことにした。
「ひどい雨だね。」
「そうだな…」
「傘、持ってくれば良かった。」
正直俺一人ならば、この雨の中学園へ戻ることに躊躇いはない。
ただ椿が全身ずぶ濡れになって、風邪でも引かれたら困ると思った。
こいつの顔を見ない日があると、調子が狂うから。
「……あの、文次郎。」
「なんだ?」
「うん……手が……」
手?
そう言われて、今まで椿の手を握りっぱなしだったことに気づく。
「!!悪いっ…」
弾かれるように椿の手を離すと、急に体温が上昇する感覚に襲われた。
「ううん、文次郎の手温かいなぁって思って。」
椿が笑う気配がするが、まともに顔を見ることが出来ず視線を反らす。
「私ちょっと冷え症だから、羨ましいな。」
確かに…椿の手は少し冷たかった。
雨に当たったせいもあるんだろう。
「……寒くはないか?」
「うん、大丈夫。」
「学園に戻ったら風呂に入れよ。」
冷えただろうからそう言っただけだったのに、椿は声に出して笑った。
別に面白いことは言っていないだろ。
「ふふ、ありがとう。」
その後は二人で黙って雨を見上げていた。
時間がどれだけ経ったのか、見当もつかない。
この雨は止むのか?早く椿を連れて帰らなければ…
俺が少し焦り始めた頃、こいつは突然こんなことを言った。
「あのね……私、文次郎が好きだよ。」
椿が何を言ったのか理解できなくて顧みる。
天を仰ぎ見ていた椿は俺の視線に気づくと、こちらを見て微笑んだ。
ほんのり頬が赤くて雨に濡れたその姿、普段と何ら変わりはないのに俺にだけ向けられた瞳。
綺麗だ……と思った。
その後は正直、どうしたのか覚えていない。
椿が何か言っていた記憶もないし、俺も何も話していない。
ただ二人でいつの間にか弱くなった雨の中、先程と同じようにこいつの手を引いて学園に戻ったんだと思う。
俺の様子を不振がる仙蔵に問い詰められ、根負けしてこのことを漏らすとアホかと言われた。
「何も言わずに帰って来たと言うのか?愚か者め。」
仙蔵の言葉にぐうの音も出なかった。
返事も言えずにいたことが本当に…自分でもバカだったと思う。
椿はあれから何も変わらずにいた。
俺が何も言わないことを責めなかった。
本当のことを言うと、俺は迷っていた。
椿の気持ちに答えるべきか、このままの関係でいるか。
理由は……自信がないから。
そんなとき、休み時間に食堂に寄った俺は中から聞こえてきた話し声に足を止めざるを得なくなる。
例えば、笑った時のくしゃっとした顔
真っ直ぐな瞳
落ち着いた物の言い方…たまに違うこともあるけど
男らしくがっしりとした体格
骨ばった手
背が高いところ
目標をちゃんと持っているところ
夢を見れるところ
すごく努力家なところ
几帳面なところ
でも少し無鉄砲なところ
ちょっとバカなところ
友達のことが好きなところ
喧嘩できる相手がいるところ
後輩思いなところ
意外と面倒見がいいところ
ダメなことはちゃんと叱れるところ
一緒に歩く時に手を繋いでくれるところ
厳しいこと言うけど、私のためを思ってくれているところ
ピンチの時には助けてくれるところ
その時の必死な顔
私を甘やかさないところ
個人として認めてくれるところ
たまに甘えてくるところ
あとは……
「椿さん。」
「なに?ユキちゃん。」
食堂に集まったくのたま三人組は、椿に恋の話を持ちかけていた。
彼の好きなところはどこかと尋ねた途端、その口からは恥ずかしくなるくらいの理由がたくさん出てきたのだ。
「いや…すごく好きなんですね、潮江先輩のこと。」
「こんなにペラペラと出てくるとは、正直思いませんでした。」
ユキとトモミは正直な感想を述べた。
二人は何故椿が文次郎を選んだのか、不思議で仕方なかったのだ。
「いやぁ、素敵ですぅ。そんなにたくさん好きなところを見つけられるなんて。」
「うん、でもね一番は…」
「一番は?」
「んー、やっぱり教えてあげない。」
「えー!」
三人は身を乗り出したが、椿はこれ以上は秘密と言って笑う。
「答えはまた今度ね。それよりみんなの話も聞きたいな。」
椿は目を輝かせながら、三人の話に耳を傾ける。
四人は女の子の話に花を咲かせていた。
「……やれやれ、これでは食堂に入れないな。」
「!!……仙蔵。」
後ろから聞こえた声に文次郎は振り返る。
今しがた茶でも貰おうかと仙蔵が食堂へ寄ったら、どうやら同じ目的らしい文次郎が立ち尽くしており、その理由が中から聴こえる会話だと気づいた。
「何も臆することはないではないか。」
「だ、誰がっ…!」
「違うのか?私はてっきり尻込みをしているから返事をしないものだと…」
「……それはっ……」
仙蔵には文次郎の自信のなさがお見通しだった。
椿が自分を好きだと言った、だが文次郎には彼女が自分の何を好いてくれているのかわからなかったのだ。
もちろん文次郎自身は椿に惹かれている面があることは認めている。
だから自分が椿を好きになる程、彼女が自分の何を好きなのかわからなくなる。
「文次郎行くぞ、お前の答えを教えてやる。それともこの会話の中、のこのこと顔を出すのか?」
薄く笑いを浮かべる仙蔵に、文次郎はついて行くしか成す術がなかった。
食堂から聴こえる声はその後も途切れることはなかった。
……で、何だと言うんだ?
は?あいつの好きなところを言えだと?
そ、そんなこと言うか!
!?ま、待て!その物騒なものを仕舞え、わかったから!
……ただし多くは語らんぞ。
まぁ……あいつの良いところなら…あ?まだ何かあるのか?
なに、名前で呼べだと?………ちっ
……椿の良いところはな、やっぱりよく笑うところだろ。
少し天然で危なっかしいところはあるが、いつも明るくて分け隔てなくて。
そうだな、あいつは……あ、いや椿は明るいところが良いよな。
椿と話していると心が洗われるというか、緊迫した合戦場から帰ってくるとよくわかる。
椿が笑顔で迎えてくれると帰ってきたことを実感できるよな。
それは俺だけじゃなく、みんなそうだと思うが。
…ん?俺だけにしてくれること?
そんなのあるか?
お、おい怒るなよ仙蔵。
……そうだな、ないことはない……と思うが……
椿は俺を………!
そんなの、いくらお前でも言えるかよ!
「ふっ、どうやら気づいたようだな。」
文次郎は目元を手で覆った。
自分は今確実に顔が赤い、それを隠すためだ。
「私は今文次郎が出した答えそのものが、椿がお前を好いた答えだと思うがな。」
「……もういいだろ、俺は行くぞ。」
見透かされた恥じらいから逃げるようにその場を去ろうとする。
「文次郎」
「?」
「椿はお前でなければダメだ。よく考えろ。」
仙蔵はその背中を見送ると、誰に言うでもなく呟く。
「…私ではダメなんだ。あいつは……」
文次郎を見ているともどかしくて仕方なかった。
椿と文次郎はお互いに惹かれあっていることは仙蔵の目には明らかだった。
彼女に対しての気持ちは仙蔵にもあったのだが、椿のことを第一に考え文次郎の背中を押した。
損な役回りだと思う、人の気持ちはそう簡単に変えることができない。
だけど文次郎なら、自分の想いを託すことができると仙蔵は思った。
「あ、いた。立花先輩ー!」
綾部喜八郎が仙蔵を見つけ声をかける。
今日は委員会ではないのだが、備品の整理をするよう顧問の斜堂から頼まれていたのだ。
仙蔵が姿を現さないため、探しに来たのだろう。
「ああ、すまない。今行く。」
「はい。…ん?あれは…」
喜八郎は遠ざかる文次郎の姿を見つける。
「…椿さんは何で潮江先輩なんですかね?」
それが悪いと思っているわけではない。
純粋に文次郎を選んだ理由がわからなかった。
第三者の視点では、椿は文次郎と特別仲が良いようには見えなかった。
彼女を笑顔にしていたのはいつも仙蔵だったと、喜八郎は思っていたからである。
呟きのように口から滑り出た喜八郎の言葉に、仙蔵は笑う。
「喜八郎、それがわからないようであれば、お前もまだまだだということだ。」
男の目にも美しく映る仙蔵の立ち振舞い。
自分の横を通り抜けるその姿に喜八郎は答えた。
「……精進しまーす。」
仙蔵と話をしたせいで椿のことが頭から離れない。
それを払拭させるため、文次郎は学園の外へ出た。
日課である鍛練でもすれば、気が紛れると思った……はずだったのに、目の前にいる人物に深いため息を吐く。
「…何でお前がここにいるんだ。」
「あ、文次郎。」
それは一人で出かけようとしている椿の姿。
聞けば学園長からお使いを頼まれたとのこと。
だが見つけてしまった以上、一人で行かせるわけにはいかない。
「お使いくらい一人でも平気だよ。文次郎こそ用事があったんじゃないの?」
「用事なんて程のものじゃない。それに……俺が平気じゃないんだよ。」
一人で歩かせるなんて、何かあっては堪ったものではない。
文次郎が歩き出すと、椿はその後ろを笑いながらついてくる。
「あのね、実は今すごく文次郎に会いたかったんだ。」
「!!」
椿の言葉に驚いて彼女に一瞥をくれる。
照れているのかほんのり顔が赤いが嬉しそうなその様子に、文次郎も熱が上がるのを感じた。
聞いているこっちの方が恥ずかしくなる。
「さっきね、ユキちゃんたちと話をしていたら文次郎のことになって、そしたらなんだか文次郎に会いたくなっちゃって。」
知っている。
聞くつもりはなかったのに、偶然耳にしてしまったから。
「好きなところは何かって聞かれて、いっぱい思い付いたんだけど、一番の理由はね…」
まずい……と文次郎は思った。
まだ自分は椿に返事をしていない。
なのに、彼女に二度も言わせるのか?それは男として不甲斐ない。
椿が続きを口にするより先に、文次郎が彼女の肩を掴み向き合う。
椿は驚いた顔をして文次郎を見た。
「もん…」
「少し黙ってろ。」
椿の唇に自分のそれを重ねて言葉を消した。
椿はいつも文次郎が喜ぶ言葉をくれる。
笑いかけてくれる。
でも自分は彼女に何もあげられていない。
椿の言葉の続きを言うのは、自分だ。
塞いでいた唇を解放し、面と向かって椿に告げる。
「椿、お前にばかり言わせて悪かった。俺はわからなかったんだ。お前が何故俺のことをそう思っているのかが。……だが、俺はお前のことが………」
「……」
肝心な続きが中々出せない。
だが椿はそれを待った。
文次郎が素直な気持ちを言おうとしてくれている。
心が暖かくなるのを感じる。
顔を真っ赤にした文次郎は、深く息を吐くように言い放つ。
「………好きなんだ……だから、ずっと…側にいて欲しい。」
「うん。ありがとう。私を文次郎の側に居させてね。」
多くは言葉にすることができない。
それでも彼女は満足そうに笑ってくれる。
「文次郎は言葉じゃなくても、たくさんの好きをくれるから。私を好きでいてくれるから。それが文次郎を好きな一番の理由。」
結局言われてしまった。
椿は文次郎が自分を好きでいるところを、彼が思っているよりも多く感じていた。
文次郎も椿が、こんな自分を好きになってくれているところに惹かれたのだ。
文次郎がそれに気づけたのは、仙蔵の助力あってのことだったが。
互いが互いを意識し始めた時から、それは理屈では説明出来ない特別なものとなる。
自分は見た目が良い訳でも、話が上手い訳でもない。
だが椿は他の誰でもない文次郎自身を好いた。
それがあればもう自分を卑下する必要はない。
好きになるのに理由はないのだ。
「ふふ、なんだか照れるね。」
「そうだな。」
椿の手を繋ぐ。
「…行くんだろ、学園長のお使い。」
「うん!」
一緒に歩く時にちゃんと手を繋ぐところ、椿が食堂で口にしていたことだ。
それを思い出して気恥ずかしくなるが気づかない振りをする。
椿が隣にいてくれれば、恐れることはなにもない。
文次郎はそう思った。
━言葉よりも 完━
椿がそう言い出したのはもう、ひと月も前のことだった。
その日俺は授業の帰りで一人忍術学園へ向かっていた。
六年それぞれに与えられた授業の課題がバラバラだったため、行動を共にする相手もいなかった。
嫌な曇り空だと思っていたら、本当に降りだしたから強くなる前に学園へ戻ろうと思い、足を急がせる。
そんな俺の目の前に現れたのは、椿が出掛けた先から戻る姿。
雨に濡れないように、頭を手で押さえながら小走りに先を行く。
椿が一人で学園の外に出ていたことに心の中で舌打ちをしながら見かけた手前、無視をする理由もなく俺は椿に駆け寄った。
「椿、帰りか?」
「文次郎!そうなの、雨降ってきちゃったから。」
雨は次第に強さを増す。
と思っていたら、痛いくらいに打ち付けるような大降りになってしまった。
この先に確か……
俺は椿の手を咄嗟に掴んで、雨をしのぐためにそこへ向かった。
今はもう誰も使っていない廃屋があって、忍たまの格好の遊び場と化している場所がある。
天井も壁も穴が空いてぼろぼろだが、二人が雨をやり過ごすには十分である。
この雨が通り雨であることを祈って、椿とその廃屋でしばらく待つことにした。
「ひどい雨だね。」
「そうだな…」
「傘、持ってくれば良かった。」
正直俺一人ならば、この雨の中学園へ戻ることに躊躇いはない。
ただ椿が全身ずぶ濡れになって、風邪でも引かれたら困ると思った。
こいつの顔を見ない日があると、調子が狂うから。
「……あの、文次郎。」
「なんだ?」
「うん……手が……」
手?
そう言われて、今まで椿の手を握りっぱなしだったことに気づく。
「!!悪いっ…」
弾かれるように椿の手を離すと、急に体温が上昇する感覚に襲われた。
「ううん、文次郎の手温かいなぁって思って。」
椿が笑う気配がするが、まともに顔を見ることが出来ず視線を反らす。
「私ちょっと冷え症だから、羨ましいな。」
確かに…椿の手は少し冷たかった。
雨に当たったせいもあるんだろう。
「……寒くはないか?」
「うん、大丈夫。」
「学園に戻ったら風呂に入れよ。」
冷えただろうからそう言っただけだったのに、椿は声に出して笑った。
別に面白いことは言っていないだろ。
「ふふ、ありがとう。」
その後は二人で黙って雨を見上げていた。
時間がどれだけ経ったのか、見当もつかない。
この雨は止むのか?早く椿を連れて帰らなければ…
俺が少し焦り始めた頃、こいつは突然こんなことを言った。
「あのね……私、文次郎が好きだよ。」
椿が何を言ったのか理解できなくて顧みる。
天を仰ぎ見ていた椿は俺の視線に気づくと、こちらを見て微笑んだ。
ほんのり頬が赤くて雨に濡れたその姿、普段と何ら変わりはないのに俺にだけ向けられた瞳。
綺麗だ……と思った。
その後は正直、どうしたのか覚えていない。
椿が何か言っていた記憶もないし、俺も何も話していない。
ただ二人でいつの間にか弱くなった雨の中、先程と同じようにこいつの手を引いて学園に戻ったんだと思う。
俺の様子を不振がる仙蔵に問い詰められ、根負けしてこのことを漏らすとアホかと言われた。
「何も言わずに帰って来たと言うのか?愚か者め。」
仙蔵の言葉にぐうの音も出なかった。
返事も言えずにいたことが本当に…自分でもバカだったと思う。
椿はあれから何も変わらずにいた。
俺が何も言わないことを責めなかった。
本当のことを言うと、俺は迷っていた。
椿の気持ちに答えるべきか、このままの関係でいるか。
理由は……自信がないから。
そんなとき、休み時間に食堂に寄った俺は中から聞こえてきた話し声に足を止めざるを得なくなる。
例えば、笑った時のくしゃっとした顔
真っ直ぐな瞳
落ち着いた物の言い方…たまに違うこともあるけど
男らしくがっしりとした体格
骨ばった手
背が高いところ
目標をちゃんと持っているところ
夢を見れるところ
すごく努力家なところ
几帳面なところ
でも少し無鉄砲なところ
ちょっとバカなところ
友達のことが好きなところ
喧嘩できる相手がいるところ
後輩思いなところ
意外と面倒見がいいところ
ダメなことはちゃんと叱れるところ
一緒に歩く時に手を繋いでくれるところ
厳しいこと言うけど、私のためを思ってくれているところ
ピンチの時には助けてくれるところ
その時の必死な顔
私を甘やかさないところ
個人として認めてくれるところ
たまに甘えてくるところ
あとは……
「椿さん。」
「なに?ユキちゃん。」
食堂に集まったくのたま三人組は、椿に恋の話を持ちかけていた。
彼の好きなところはどこかと尋ねた途端、その口からは恥ずかしくなるくらいの理由がたくさん出てきたのだ。
「いや…すごく好きなんですね、潮江先輩のこと。」
「こんなにペラペラと出てくるとは、正直思いませんでした。」
ユキとトモミは正直な感想を述べた。
二人は何故椿が文次郎を選んだのか、不思議で仕方なかったのだ。
「いやぁ、素敵ですぅ。そんなにたくさん好きなところを見つけられるなんて。」
「うん、でもね一番は…」
「一番は?」
「んー、やっぱり教えてあげない。」
「えー!」
三人は身を乗り出したが、椿はこれ以上は秘密と言って笑う。
「答えはまた今度ね。それよりみんなの話も聞きたいな。」
椿は目を輝かせながら、三人の話に耳を傾ける。
四人は女の子の話に花を咲かせていた。
「……やれやれ、これでは食堂に入れないな。」
「!!……仙蔵。」
後ろから聞こえた声に文次郎は振り返る。
今しがた茶でも貰おうかと仙蔵が食堂へ寄ったら、どうやら同じ目的らしい文次郎が立ち尽くしており、その理由が中から聴こえる会話だと気づいた。
「何も臆することはないではないか。」
「だ、誰がっ…!」
「違うのか?私はてっきり尻込みをしているから返事をしないものだと…」
「……それはっ……」
仙蔵には文次郎の自信のなさがお見通しだった。
椿が自分を好きだと言った、だが文次郎には彼女が自分の何を好いてくれているのかわからなかったのだ。
もちろん文次郎自身は椿に惹かれている面があることは認めている。
だから自分が椿を好きになる程、彼女が自分の何を好きなのかわからなくなる。
「文次郎行くぞ、お前の答えを教えてやる。それともこの会話の中、のこのこと顔を出すのか?」
薄く笑いを浮かべる仙蔵に、文次郎はついて行くしか成す術がなかった。
食堂から聴こえる声はその後も途切れることはなかった。
……で、何だと言うんだ?
は?あいつの好きなところを言えだと?
そ、そんなこと言うか!
!?ま、待て!その物騒なものを仕舞え、わかったから!
……ただし多くは語らんぞ。
まぁ……あいつの良いところなら…あ?まだ何かあるのか?
なに、名前で呼べだと?………ちっ
……椿の良いところはな、やっぱりよく笑うところだろ。
少し天然で危なっかしいところはあるが、いつも明るくて分け隔てなくて。
そうだな、あいつは……あ、いや椿は明るいところが良いよな。
椿と話していると心が洗われるというか、緊迫した合戦場から帰ってくるとよくわかる。
椿が笑顔で迎えてくれると帰ってきたことを実感できるよな。
それは俺だけじゃなく、みんなそうだと思うが。
…ん?俺だけにしてくれること?
そんなのあるか?
お、おい怒るなよ仙蔵。
……そうだな、ないことはない……と思うが……
椿は俺を………!
そんなの、いくらお前でも言えるかよ!
「ふっ、どうやら気づいたようだな。」
文次郎は目元を手で覆った。
自分は今確実に顔が赤い、それを隠すためだ。
「私は今文次郎が出した答えそのものが、椿がお前を好いた答えだと思うがな。」
「……もういいだろ、俺は行くぞ。」
見透かされた恥じらいから逃げるようにその場を去ろうとする。
「文次郎」
「?」
「椿はお前でなければダメだ。よく考えろ。」
仙蔵はその背中を見送ると、誰に言うでもなく呟く。
「…私ではダメなんだ。あいつは……」
文次郎を見ているともどかしくて仕方なかった。
椿と文次郎はお互いに惹かれあっていることは仙蔵の目には明らかだった。
彼女に対しての気持ちは仙蔵にもあったのだが、椿のことを第一に考え文次郎の背中を押した。
損な役回りだと思う、人の気持ちはそう簡単に変えることができない。
だけど文次郎なら、自分の想いを託すことができると仙蔵は思った。
「あ、いた。立花先輩ー!」
綾部喜八郎が仙蔵を見つけ声をかける。
今日は委員会ではないのだが、備品の整理をするよう顧問の斜堂から頼まれていたのだ。
仙蔵が姿を現さないため、探しに来たのだろう。
「ああ、すまない。今行く。」
「はい。…ん?あれは…」
喜八郎は遠ざかる文次郎の姿を見つける。
「…椿さんは何で潮江先輩なんですかね?」
それが悪いと思っているわけではない。
純粋に文次郎を選んだ理由がわからなかった。
第三者の視点では、椿は文次郎と特別仲が良いようには見えなかった。
彼女を笑顔にしていたのはいつも仙蔵だったと、喜八郎は思っていたからである。
呟きのように口から滑り出た喜八郎の言葉に、仙蔵は笑う。
「喜八郎、それがわからないようであれば、お前もまだまだだということだ。」
男の目にも美しく映る仙蔵の立ち振舞い。
自分の横を通り抜けるその姿に喜八郎は答えた。
「……精進しまーす。」
仙蔵と話をしたせいで椿のことが頭から離れない。
それを払拭させるため、文次郎は学園の外へ出た。
日課である鍛練でもすれば、気が紛れると思った……はずだったのに、目の前にいる人物に深いため息を吐く。
「…何でお前がここにいるんだ。」
「あ、文次郎。」
それは一人で出かけようとしている椿の姿。
聞けば学園長からお使いを頼まれたとのこと。
だが見つけてしまった以上、一人で行かせるわけにはいかない。
「お使いくらい一人でも平気だよ。文次郎こそ用事があったんじゃないの?」
「用事なんて程のものじゃない。それに……俺が平気じゃないんだよ。」
一人で歩かせるなんて、何かあっては堪ったものではない。
文次郎が歩き出すと、椿はその後ろを笑いながらついてくる。
「あのね、実は今すごく文次郎に会いたかったんだ。」
「!!」
椿の言葉に驚いて彼女に一瞥をくれる。
照れているのかほんのり顔が赤いが嬉しそうなその様子に、文次郎も熱が上がるのを感じた。
聞いているこっちの方が恥ずかしくなる。
「さっきね、ユキちゃんたちと話をしていたら文次郎のことになって、そしたらなんだか文次郎に会いたくなっちゃって。」
知っている。
聞くつもりはなかったのに、偶然耳にしてしまったから。
「好きなところは何かって聞かれて、いっぱい思い付いたんだけど、一番の理由はね…」
まずい……と文次郎は思った。
まだ自分は椿に返事をしていない。
なのに、彼女に二度も言わせるのか?それは男として不甲斐ない。
椿が続きを口にするより先に、文次郎が彼女の肩を掴み向き合う。
椿は驚いた顔をして文次郎を見た。
「もん…」
「少し黙ってろ。」
椿の唇に自分のそれを重ねて言葉を消した。
椿はいつも文次郎が喜ぶ言葉をくれる。
笑いかけてくれる。
でも自分は彼女に何もあげられていない。
椿の言葉の続きを言うのは、自分だ。
塞いでいた唇を解放し、面と向かって椿に告げる。
「椿、お前にばかり言わせて悪かった。俺はわからなかったんだ。お前が何故俺のことをそう思っているのかが。……だが、俺はお前のことが………」
「……」
肝心な続きが中々出せない。
だが椿はそれを待った。
文次郎が素直な気持ちを言おうとしてくれている。
心が暖かくなるのを感じる。
顔を真っ赤にした文次郎は、深く息を吐くように言い放つ。
「………好きなんだ……だから、ずっと…側にいて欲しい。」
「うん。ありがとう。私を文次郎の側に居させてね。」
多くは言葉にすることができない。
それでも彼女は満足そうに笑ってくれる。
「文次郎は言葉じゃなくても、たくさんの好きをくれるから。私を好きでいてくれるから。それが文次郎を好きな一番の理由。」
結局言われてしまった。
椿は文次郎が自分を好きでいるところを、彼が思っているよりも多く感じていた。
文次郎も椿が、こんな自分を好きになってくれているところに惹かれたのだ。
文次郎がそれに気づけたのは、仙蔵の助力あってのことだったが。
互いが互いを意識し始めた時から、それは理屈では説明出来ない特別なものとなる。
自分は見た目が良い訳でも、話が上手い訳でもない。
だが椿は他の誰でもない文次郎自身を好いた。
それがあればもう自分を卑下する必要はない。
好きになるのに理由はないのだ。
「ふふ、なんだか照れるね。」
「そうだな。」
椿の手を繋ぐ。
「…行くんだろ、学園長のお使い。」
「うん!」
一緒に歩く時にちゃんと手を繋ぐところ、椿が食堂で口にしていたことだ。
それを思い出して気恥ずかしくなるが気づかない振りをする。
椿が隣にいてくれれば、恐れることはなにもない。
文次郎はそう思った。
━言葉よりも 完━
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