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それは仙蔵たち六年生が、まもなく忍術学園を卒業するという何気ない日だった。
私は仙蔵と共に学園の外にある大きな桜の木の下に来ていた。
まだ桜の花は咲いていない。
今日の仙蔵はいつもと違う。
いつもの自信たっぷりな感じがなく、あまり目も合わせてくれない。
不思議に思う私に、仙蔵が差し出したのは小さな包み。
「これを……受け取ってくれるか?」
やっぱりいつもと違う。
今まで仙蔵は色々なものを私にくれた。
でもいつも押し付けるというか、くれてやるくらいの勢いだったので、初めて私に受領の選択を託してきた。
「これは?」
「……それは……」
「…開けてもいい?」
「あ、ああ。」
歯切れが悪い。
仙蔵を見ると困ったような顔をしてほんのり赤い。
私は受け取って包みを開いてみる。
「わぁ。」
中に入っていたのは、可愛らしい梅が彫られたつげの櫛。
小ぶりだけどとても綺麗なその櫛に、思いがけず心が踊った。
「これ…」
「受け取るかどうかは、椿が決めてくれ。」
正直言うと少し迷った。
いつも仙蔵に貰ってばかりだったから。だけど、
「ありがとう。」
仙蔵の気持ちを貰うことにした。
すると仙蔵は心底安心したように息を長く吐いて、やっと笑みを見せると寄りかかるように私に抱きつく。
「あ、あのね、だけど私貰ってばっかりだから、私も仙蔵に何かあげられたらいいんだけど。」
そのままの体勢で仙蔵が笑う気配がする。
「私ならばもう貰っている。」
「え?私何も…」
「椿、お前の心だよ。」
そう言って私の顔を覗き込む仙蔵はいつもの自信たっぷりの顔で、その距離の近さにドキドキしているとそのまま口づけされてしまった。
浅く繰り返されるそれを受け入れ幸せに浸ると同時に、寂しさも押し寄せる。
この温もりはもうすぐ触れることができなくなってしまう。
彼が、プロになるから。
「椿いいか、約束する。私は必ず戻って来る。お前がこれを持ち続ける限り、私はいつでも椿の側にいる。」
私の心を見透かすように仙蔵が言葉をくれる。
離れていても大丈夫だと、信じれる言葉。
「うん、いつまでも待ってる。仙蔵のこと、信じてるね。」
満足そうに微笑むと、仙蔵はまた私を抱き締める。
彼の背に手を伸ばし、私も仙蔵に答える。
この瞬間を惜しむように、二人でお互いの形を確かめ合った。
仙蔵たちが巣立った後も慌ただしい日が続き、学園長の思いつきも手伝って忙しさが寂しさを紛らわせてくれた。
会えなくても離れていても、このつげの櫛があれば仙蔵を側に感じることができた。
彼が学園を卒業してまもなく二度目の桜の季節がやって来る。
その日椿は、一人で町の仕立て屋に訪れていた。
この仕立て屋、都築屋には椿と同じ年の頃の若旦那がいて、彼女が顔を出すと人の良さそうな顔で近寄ってくるのだった。
若旦那が椿を気に入っていることは周囲の目には明らかだった。
ただ残念なことに、当の本人はまるでそのことに気付いていない。
「椿さん!いらっしゃい。」
「こんにちは。この前お願いしていたもの、できてますか?」
「あ、はい。こちらですね。寸法直してみましたので、こちらでご確認下さい。」
若旦那は椿を奥にある鏡の前へ案内する。
手直しされた着物を広げ、椿の肩にかけて長さを確かめる。
「わぁ、丁度良さそうですね。流石です。」
椿は自分のサイズに直った着物を嬉しそうに見ていた。
若旦那は彼女の肩越しに、鏡に映る椿を見て呟く。
「……綺麗だ。」
「え?うーん、落ち着きのある色合いではありますね。」
椿のことを言ったのだが、彼女は着物を誉められたと勘違いしている。
実際椿が持ってきた着物は、知り合いのおばさんから譲って貰ったというもので彼女が着るには地味ではあった。
若旦那は椿の発言に苦笑し、それ以上は何も言えなかった。
「ありがとうございました。またお願いしますね。」
椿はそれを受け取ると都築屋を後にした。
「……椿さん!」
背後から聞こえた声に足を止め、振り返るとそこに駆けてきたのは都築屋の若旦那。
「はい、何か?」
「呼び止めてすみません。あ、あの…その…」
「?」
「こ、これを、受け取って貰えませんか!?」
先程とはうって変わって、緊張した面持ちで椿に差し出したのはなんと、つげの櫛だった。
「え、あ、あの…」
「あなたのことを大切にします。どうか、私と…」
若旦那の言葉に椿は困惑していた。
だがこれはもう、仙蔵から貰っているもの。
答えは決まっている。
「ごめんなさい…私もう、櫛は他の方から頂いていて…」
それだけを言うと若旦那には意味が通じた。
そうですか…と項垂れる若旦那の姿に椿は申し訳なさを感じる。
寂しそうに笑いながら、またご贔屓にと言って去るその後ろ姿を見つめていた。
「上出来だな。」
不意に耳に届いた声。
懐かしい響きに椿は振り返る。
そこに現れたのは、椿がずっと待ち続けた彼の姿。
「……仙蔵?」
「他に誰がいる?」
フッと笑うその仕草。
余裕たっぷりの表情。
二年間待っていた。
ただひたすらに仙蔵の言葉を信じて待っていた。
夢のような光景に涙が溢れる。
「バカだな、泣くな。」
「だって!ずっと待ってたから…」
仙蔵が椿の頭を撫でる。
「待たせて悪かった。ここだと目立つ。学園へ帰るぞ。」
「うん。」
仙蔵は椿の荷物を持つと、空いている手で彼女の手を引く。
その行動に少し緊張したが、仙蔵の斜め後ろを歩きながら椿は嬉しそうに笑った。
「ねぇ、何で仙蔵も町にいたの?」
「学園に椿がいなかったから探しに来た。そうしたらまさか、あんな場面に出くわすとは思わなかったな。」
「あ、都築屋さんの?」
「ああ、お前がまさか櫛を受け取るまいとは思っていたが…」
実は平然を装いながらも、内心はヒヤヒヤしていた。
確かに二年という間、彼女を待たせていたから椿の心変わりがあってもおかしくはない。だが、
「もしもあの男が食い下がってきていたら、私も何をするかわからなかった。」
結果として椿は櫛を受け取らなかった。
先程彼女が流した涙が、まだ自分を選んでくれている証拠だと仙蔵の自信を取り戻させる。
「うん、だって櫛は仙蔵から貰っているものがあるし…」
椿の言葉に引っ掛かりを感じ足を止める。
「…ちょっと待て。受け取らなかった理由はそれだけか?」
「え?そうだけど…?」
キョトンとしてその意味を理解していない様子の椿に、仙蔵は声に出して笑った。
「え、何で笑うの?」
「椿、男が櫛を贈る意味を知らず、私から受け取ったと言うのか?」
「うん。」
仙蔵は複雑に思いながらも自嘲気味に鼻で笑う。
「いいか、櫛には共に苦しみ共に死ぬという意味がある。私は椿と添い遂げたいという思いからお前に贈った。わかるか?」
椿はしばらく時が止まったように考えていたが、その顔はだんだんと赤く染まる。
仙蔵は繋いでいた椿の手を口元に寄せると、手の甲に口づけを落とす。
「もっとも今さらお前に拒否権はない。私だってこの二年は辛かったんだ。これからは私の側で私のためだけに笑っていろ。」
何気なく受け取ったつげの櫛。
その意味を知らずに過ごした、仙蔵のいない二年間。
だけどいつしか夢見ていた仙蔵の言葉。
例え櫛の持つ意味を知らなかったとしても椿はこう答えるだろう。
「仙蔵と一緒に生きたい。」
その言葉と共に満開の桜も嫉妬する笑顔の花が咲く。
繋いだ手を離さないよう、二人は並んで歩き出した。
━ただそれだけを 完━
↓あとがき
あとがき
という名の言いたいこと言わせて。
捕捉です。
櫛を贈るという習慣は江戸時代のプロポーズだったらしいです。
結婚=苦労を共に分かち、死ぬ時も一緒(だから、くし)
という意味だそうです。
時代が違ってすみません。
筆者がつげ櫛愛好家なのと、この櫛プロポーズを使いたくて書き上げました。
今の人には馴染みがないかもなので、伝わりにくかったかな…?
それと凄く素敵な曲に出会い、この話を思いつきました。
洋楽なんですが、君への愛は変わらない、僕がどれだけ愛しているか知っているはずさ的な歌詞です。
極上のラブソングだと思います。
話戻りますが、物を贈るということで仙蔵か長次が合うかなと思い悩んだのですが、エキストラと椿さんを取り合うというのを入れたかったので仙蔵にお願いしました。
長次はまた別の形で話を書けたらなと思います。
ありがとうございました。
私は仙蔵と共に学園の外にある大きな桜の木の下に来ていた。
まだ桜の花は咲いていない。
今日の仙蔵はいつもと違う。
いつもの自信たっぷりな感じがなく、あまり目も合わせてくれない。
不思議に思う私に、仙蔵が差し出したのは小さな包み。
「これを……受け取ってくれるか?」
やっぱりいつもと違う。
今まで仙蔵は色々なものを私にくれた。
でもいつも押し付けるというか、くれてやるくらいの勢いだったので、初めて私に受領の選択を託してきた。
「これは?」
「……それは……」
「…開けてもいい?」
「あ、ああ。」
歯切れが悪い。
仙蔵を見ると困ったような顔をしてほんのり赤い。
私は受け取って包みを開いてみる。
「わぁ。」
中に入っていたのは、可愛らしい梅が彫られたつげの櫛。
小ぶりだけどとても綺麗なその櫛に、思いがけず心が踊った。
「これ…」
「受け取るかどうかは、椿が決めてくれ。」
正直言うと少し迷った。
いつも仙蔵に貰ってばかりだったから。だけど、
「ありがとう。」
仙蔵の気持ちを貰うことにした。
すると仙蔵は心底安心したように息を長く吐いて、やっと笑みを見せると寄りかかるように私に抱きつく。
「あ、あのね、だけど私貰ってばっかりだから、私も仙蔵に何かあげられたらいいんだけど。」
そのままの体勢で仙蔵が笑う気配がする。
「私ならばもう貰っている。」
「え?私何も…」
「椿、お前の心だよ。」
そう言って私の顔を覗き込む仙蔵はいつもの自信たっぷりの顔で、その距離の近さにドキドキしているとそのまま口づけされてしまった。
浅く繰り返されるそれを受け入れ幸せに浸ると同時に、寂しさも押し寄せる。
この温もりはもうすぐ触れることができなくなってしまう。
彼が、プロになるから。
「椿いいか、約束する。私は必ず戻って来る。お前がこれを持ち続ける限り、私はいつでも椿の側にいる。」
私の心を見透かすように仙蔵が言葉をくれる。
離れていても大丈夫だと、信じれる言葉。
「うん、いつまでも待ってる。仙蔵のこと、信じてるね。」
満足そうに微笑むと、仙蔵はまた私を抱き締める。
彼の背に手を伸ばし、私も仙蔵に答える。
この瞬間を惜しむように、二人でお互いの形を確かめ合った。
仙蔵たちが巣立った後も慌ただしい日が続き、学園長の思いつきも手伝って忙しさが寂しさを紛らわせてくれた。
会えなくても離れていても、このつげの櫛があれば仙蔵を側に感じることができた。
彼が学園を卒業してまもなく二度目の桜の季節がやって来る。
その日椿は、一人で町の仕立て屋に訪れていた。
この仕立て屋、都築屋には椿と同じ年の頃の若旦那がいて、彼女が顔を出すと人の良さそうな顔で近寄ってくるのだった。
若旦那が椿を気に入っていることは周囲の目には明らかだった。
ただ残念なことに、当の本人はまるでそのことに気付いていない。
「椿さん!いらっしゃい。」
「こんにちは。この前お願いしていたもの、できてますか?」
「あ、はい。こちらですね。寸法直してみましたので、こちらでご確認下さい。」
若旦那は椿を奥にある鏡の前へ案内する。
手直しされた着物を広げ、椿の肩にかけて長さを確かめる。
「わぁ、丁度良さそうですね。流石です。」
椿は自分のサイズに直った着物を嬉しそうに見ていた。
若旦那は彼女の肩越しに、鏡に映る椿を見て呟く。
「……綺麗だ。」
「え?うーん、落ち着きのある色合いではありますね。」
椿のことを言ったのだが、彼女は着物を誉められたと勘違いしている。
実際椿が持ってきた着物は、知り合いのおばさんから譲って貰ったというもので彼女が着るには地味ではあった。
若旦那は椿の発言に苦笑し、それ以上は何も言えなかった。
「ありがとうございました。またお願いしますね。」
椿はそれを受け取ると都築屋を後にした。
「……椿さん!」
背後から聞こえた声に足を止め、振り返るとそこに駆けてきたのは都築屋の若旦那。
「はい、何か?」
「呼び止めてすみません。あ、あの…その…」
「?」
「こ、これを、受け取って貰えませんか!?」
先程とはうって変わって、緊張した面持ちで椿に差し出したのはなんと、つげの櫛だった。
「え、あ、あの…」
「あなたのことを大切にします。どうか、私と…」
若旦那の言葉に椿は困惑していた。
だがこれはもう、仙蔵から貰っているもの。
答えは決まっている。
「ごめんなさい…私もう、櫛は他の方から頂いていて…」
それだけを言うと若旦那には意味が通じた。
そうですか…と項垂れる若旦那の姿に椿は申し訳なさを感じる。
寂しそうに笑いながら、またご贔屓にと言って去るその後ろ姿を見つめていた。
「上出来だな。」
不意に耳に届いた声。
懐かしい響きに椿は振り返る。
そこに現れたのは、椿がずっと待ち続けた彼の姿。
「……仙蔵?」
「他に誰がいる?」
フッと笑うその仕草。
余裕たっぷりの表情。
二年間待っていた。
ただひたすらに仙蔵の言葉を信じて待っていた。
夢のような光景に涙が溢れる。
「バカだな、泣くな。」
「だって!ずっと待ってたから…」
仙蔵が椿の頭を撫でる。
「待たせて悪かった。ここだと目立つ。学園へ帰るぞ。」
「うん。」
仙蔵は椿の荷物を持つと、空いている手で彼女の手を引く。
その行動に少し緊張したが、仙蔵の斜め後ろを歩きながら椿は嬉しそうに笑った。
「ねぇ、何で仙蔵も町にいたの?」
「学園に椿がいなかったから探しに来た。そうしたらまさか、あんな場面に出くわすとは思わなかったな。」
「あ、都築屋さんの?」
「ああ、お前がまさか櫛を受け取るまいとは思っていたが…」
実は平然を装いながらも、内心はヒヤヒヤしていた。
確かに二年という間、彼女を待たせていたから椿の心変わりがあってもおかしくはない。だが、
「もしもあの男が食い下がってきていたら、私も何をするかわからなかった。」
結果として椿は櫛を受け取らなかった。
先程彼女が流した涙が、まだ自分を選んでくれている証拠だと仙蔵の自信を取り戻させる。
「うん、だって櫛は仙蔵から貰っているものがあるし…」
椿の言葉に引っ掛かりを感じ足を止める。
「…ちょっと待て。受け取らなかった理由はそれだけか?」
「え?そうだけど…?」
キョトンとしてその意味を理解していない様子の椿に、仙蔵は声に出して笑った。
「え、何で笑うの?」
「椿、男が櫛を贈る意味を知らず、私から受け取ったと言うのか?」
「うん。」
仙蔵は複雑に思いながらも自嘲気味に鼻で笑う。
「いいか、櫛には共に苦しみ共に死ぬという意味がある。私は椿と添い遂げたいという思いからお前に贈った。わかるか?」
椿はしばらく時が止まったように考えていたが、その顔はだんだんと赤く染まる。
仙蔵は繋いでいた椿の手を口元に寄せると、手の甲に口づけを落とす。
「もっとも今さらお前に拒否権はない。私だってこの二年は辛かったんだ。これからは私の側で私のためだけに笑っていろ。」
何気なく受け取ったつげの櫛。
その意味を知らずに過ごした、仙蔵のいない二年間。
だけどいつしか夢見ていた仙蔵の言葉。
例え櫛の持つ意味を知らなかったとしても椿はこう答えるだろう。
「仙蔵と一緒に生きたい。」
その言葉と共に満開の桜も嫉妬する笑顔の花が咲く。
繋いだ手を離さないよう、二人は並んで歩き出した。
━ただそれだけを 完━
↓あとがき
あとがき
という名の言いたいこと言わせて。
捕捉です。
櫛を贈るという習慣は江戸時代のプロポーズだったらしいです。
結婚=苦労を共に分かち、死ぬ時も一緒(だから、くし)
という意味だそうです。
時代が違ってすみません。
筆者がつげ櫛愛好家なのと、この櫛プロポーズを使いたくて書き上げました。
今の人には馴染みがないかもなので、伝わりにくかったかな…?
それと凄く素敵な曲に出会い、この話を思いつきました。
洋楽なんですが、君への愛は変わらない、僕がどれだけ愛しているか知っているはずさ的な歌詞です。
極上のラブソングだと思います。
話戻りますが、物を贈るということで仙蔵か長次が合うかなと思い悩んだのですが、エキストラと椿さんを取り合うというのを入れたかったので仙蔵にお願いしました。
長次はまた別の形で話を書けたらなと思います。
ありがとうございました。
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