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また、ここへ来た。
これで何度目だろう。
逞しいその太さ、堂々たる風格、威厳に満ち溢れていて恐れを知らない様。
私は「彼」に話しかける。
「ねぇ、会いに来たよ。」
返事はない。
ただ風が私の髪を撫でていく。
見上げると僅かに色付いた蕾が笑いかけるようだ。
陽の光が反射してキラキラと輝く。
それはまるで、小平太の笑顔みたいに。
二年前の同じ季節、彼は忍術学園を卒業した。
その夢を応援していた私は、笑顔で見送った。
彼も笑顔を絶やすことはなかった。
「約束する。必ず椿の元へ帰ってくる。」
「うん。」
「この桜を椿にやろう。私だと思って会いに来てやってくれ。」
「やるって……小平太のものじゃないじゃない。」
「細かいことは気にするな。私も椿だと思って、こいつに会いに来る。」
「ふふ、そうだね。」
忍術学園からは離れたこの場所。
小平太が連れてきてくれた。
とても大きな桜の木が一本だけ生えている。
多分、誰も知らない秘密の場所。
季節が巡るたびに一人でここへ訪れる。
小平太は学園にも顔を出しに来てくれないから、私はこうやって「彼」に会いに来る。
「彼」に寄りかかって話しかける。小平太にするみたいに。
でもいくら話しかけても抱き締めても、「彼」は何も言わない。何もしない。
寂しい……
ねぇ、私に笑いかけて。
私の髪を乱して。
私を抱き締めて。
今、どこにいるの?
何をしているの?
待っているだけじゃ、不安に負けそうになるよ。
風が枝を揺らす。今年は冬が長かったから、まだ花が開いていない。
「お前、仲間はいないの?どうして一人でいるの?私と、同じだね。」
せめて小平太が無事でいてくれたなら…
目を瞑り、大きな桜の木に祈りを込める。
想いを馳せれば、浮かんでくる小平太の顔。
『椿、バレーやろう!』
『マラソンに行くぞ。大丈夫だ、私が連れて行く。』
『なぁ椿~』
『椿!』
『私は椿が好きだ。』
「…っ!」
瞼に焼き付いた笑顔。
耳に残る、私を呼ぶ声。
抱き締められたその温もり。
覚えている、その全てを。
会いたい
会いたい
会いたい
会いに来てよ。
私が忘れてしまう前に、会いに来てよ。
「……小平太の、バカーーーっ!!」
寂しさを紛らわすかのように、あるいは会いに来ない腹立たしさを晴らすように大声で叫んだ。
見上げた空は青く清々しい。
晴れやかなそれに、少しは私の気持ちを受け入れられている気がした。
「……お、おぅ……それはすまかっ……た?」
「……へ?」
背後から聞こえた人の声、誰かいたなんて気付かなかった。
恐る恐る振り返る。
見慣れない装束、体中包帯と絆創膏だらけ。
だけど、その顔は━━
「……こ、へい…た?」
「おぅ。」
記憶の中の小平太と同じ笑顔。
ニカッと気持ちの良いくらい眩しい笑顔。
小平太だ。
ずっと待ち続けてた、小平太だ。
「小平太!」
「椿!」
小平太がこちらへ駆け寄ってくる。
私も小平太に駆け寄る。
そのまま抱き締め合う。
温かいその感触に安心して涙が溢れる。
「小平太のバカっ!会いたかった、会いに来て欲しかった!寂しかったんだから!」
「すまん!本当にすまなかった。私も椿に会いたかった。」
夢じゃない、幻じゃない。
今ここに小平太がいる。
私の背に腕を回す。
私の髪を撫でる。
耳元で声が聞こえて、温かな温もりに触れる。
ずっとこうして欲しかった。
名前を呼んで欲しかった。
私が会いたかったのは、桜の木じゃない、小平太だったんだから。
「椿、私は決めたぞ。春は桜、夏は海、秋は紅葉、冬は雪、全てを椿と一緒に見る。お前に帰る家をやる。だから私と共に生きよう。」
嬉しそうに話す小平太。
彼らしいその言葉を理解するのに、私は少々の時間を費やした。
「えっと、それってつまり……え、えぇ!?」
予想外過ぎる展開に開いた口が塞がらない。
私の反応に小平太は、叱られた子犬のようにシュンとした。
「ダメか?」
「だ、だめじゃないけど…急すぎてどうしたらいいのか……」
小平太は私の答えを肯定的に捉えたらしく、また満面の笑みになった。
「心配はいらない。実は家はもうあるんだ。今から行こう。」
「そうなの!?もしかしてこの怪我はそれと関係あるんじゃ…?」
包帯の巻かれた小平太の腕に触れる。
「ああ、少し無茶な仕事もしてきた。椿に帰る家を用意したくてな。これは大したことはない。」
「なっ!大したことないって、バカじゃないの!?もっと大事にしなさい!小平太に何かあったら嫌だよ。」
「ははは、久しぶりに説教されてるみたいだな。」
「してるのよ!おバカ!」
相変わらず、何を言っても効果がない。
この二年どうやって生きてきたのか気になるところだ。
私が側で見張っていなければ、また無茶なことをするかもしれない。
「私が小平太の側にいなきゃだめだね。」
「ん、そうしてもらわなければ、困るのだ。」
二人で笑い合う。
風が吹いて桜の木がサワサワと音を立てる。
よかったね、そんな声が聞こえた気がして私は小平太から離れて、桜の木の元へ近付く。
その逞しい幹に額をつけると、桜の木は嬉しそうに枝を揺らす。
「今まで一緒にいてくれてありがとう。私はもう大丈夫だよ。また会いに来るからね。」
これからもっと暖かくなって花が開くだろう。
この場所でたった一本の大きな桜の木。
「こいつが咲いたら見に来ないとな。」
「うん!」
隣に並んだ小平太を見上げ笑顔を見せる。
小平太の顔が近づいて、私たちは口づけを交わす。
「…桜咲いたな。」
「え?」
「椿の顔赤いぞ。」
「っ、なによ、小平太だって。」
二人が揃うと花は色づく。
まだ未熟な蕾の下、未熟な私たちは未来の約束をした。
━桜色 完━
これで何度目だろう。
逞しいその太さ、堂々たる風格、威厳に満ち溢れていて恐れを知らない様。
私は「彼」に話しかける。
「ねぇ、会いに来たよ。」
返事はない。
ただ風が私の髪を撫でていく。
見上げると僅かに色付いた蕾が笑いかけるようだ。
陽の光が反射してキラキラと輝く。
それはまるで、小平太の笑顔みたいに。
二年前の同じ季節、彼は忍術学園を卒業した。
その夢を応援していた私は、笑顔で見送った。
彼も笑顔を絶やすことはなかった。
「約束する。必ず椿の元へ帰ってくる。」
「うん。」
「この桜を椿にやろう。私だと思って会いに来てやってくれ。」
「やるって……小平太のものじゃないじゃない。」
「細かいことは気にするな。私も椿だと思って、こいつに会いに来る。」
「ふふ、そうだね。」
忍術学園からは離れたこの場所。
小平太が連れてきてくれた。
とても大きな桜の木が一本だけ生えている。
多分、誰も知らない秘密の場所。
季節が巡るたびに一人でここへ訪れる。
小平太は学園にも顔を出しに来てくれないから、私はこうやって「彼」に会いに来る。
「彼」に寄りかかって話しかける。小平太にするみたいに。
でもいくら話しかけても抱き締めても、「彼」は何も言わない。何もしない。
寂しい……
ねぇ、私に笑いかけて。
私の髪を乱して。
私を抱き締めて。
今、どこにいるの?
何をしているの?
待っているだけじゃ、不安に負けそうになるよ。
風が枝を揺らす。今年は冬が長かったから、まだ花が開いていない。
「お前、仲間はいないの?どうして一人でいるの?私と、同じだね。」
せめて小平太が無事でいてくれたなら…
目を瞑り、大きな桜の木に祈りを込める。
想いを馳せれば、浮かんでくる小平太の顔。
『椿、バレーやろう!』
『マラソンに行くぞ。大丈夫だ、私が連れて行く。』
『なぁ椿~』
『椿!』
『私は椿が好きだ。』
「…っ!」
瞼に焼き付いた笑顔。
耳に残る、私を呼ぶ声。
抱き締められたその温もり。
覚えている、その全てを。
会いたい
会いたい
会いたい
会いに来てよ。
私が忘れてしまう前に、会いに来てよ。
「……小平太の、バカーーーっ!!」
寂しさを紛らわすかのように、あるいは会いに来ない腹立たしさを晴らすように大声で叫んだ。
見上げた空は青く清々しい。
晴れやかなそれに、少しは私の気持ちを受け入れられている気がした。
「……お、おぅ……それはすまかっ……た?」
「……へ?」
背後から聞こえた人の声、誰かいたなんて気付かなかった。
恐る恐る振り返る。
見慣れない装束、体中包帯と絆創膏だらけ。
だけど、その顔は━━
「……こ、へい…た?」
「おぅ。」
記憶の中の小平太と同じ笑顔。
ニカッと気持ちの良いくらい眩しい笑顔。
小平太だ。
ずっと待ち続けてた、小平太だ。
「小平太!」
「椿!」
小平太がこちらへ駆け寄ってくる。
私も小平太に駆け寄る。
そのまま抱き締め合う。
温かいその感触に安心して涙が溢れる。
「小平太のバカっ!会いたかった、会いに来て欲しかった!寂しかったんだから!」
「すまん!本当にすまなかった。私も椿に会いたかった。」
夢じゃない、幻じゃない。
今ここに小平太がいる。
私の背に腕を回す。
私の髪を撫でる。
耳元で声が聞こえて、温かな温もりに触れる。
ずっとこうして欲しかった。
名前を呼んで欲しかった。
私が会いたかったのは、桜の木じゃない、小平太だったんだから。
「椿、私は決めたぞ。春は桜、夏は海、秋は紅葉、冬は雪、全てを椿と一緒に見る。お前に帰る家をやる。だから私と共に生きよう。」
嬉しそうに話す小平太。
彼らしいその言葉を理解するのに、私は少々の時間を費やした。
「えっと、それってつまり……え、えぇ!?」
予想外過ぎる展開に開いた口が塞がらない。
私の反応に小平太は、叱られた子犬のようにシュンとした。
「ダメか?」
「だ、だめじゃないけど…急すぎてどうしたらいいのか……」
小平太は私の答えを肯定的に捉えたらしく、また満面の笑みになった。
「心配はいらない。実は家はもうあるんだ。今から行こう。」
「そうなの!?もしかしてこの怪我はそれと関係あるんじゃ…?」
包帯の巻かれた小平太の腕に触れる。
「ああ、少し無茶な仕事もしてきた。椿に帰る家を用意したくてな。これは大したことはない。」
「なっ!大したことないって、バカじゃないの!?もっと大事にしなさい!小平太に何かあったら嫌だよ。」
「ははは、久しぶりに説教されてるみたいだな。」
「してるのよ!おバカ!」
相変わらず、何を言っても効果がない。
この二年どうやって生きてきたのか気になるところだ。
私が側で見張っていなければ、また無茶なことをするかもしれない。
「私が小平太の側にいなきゃだめだね。」
「ん、そうしてもらわなければ、困るのだ。」
二人で笑い合う。
風が吹いて桜の木がサワサワと音を立てる。
よかったね、そんな声が聞こえた気がして私は小平太から離れて、桜の木の元へ近付く。
その逞しい幹に額をつけると、桜の木は嬉しそうに枝を揺らす。
「今まで一緒にいてくれてありがとう。私はもう大丈夫だよ。また会いに来るからね。」
これからもっと暖かくなって花が開くだろう。
この場所でたった一本の大きな桜の木。
「こいつが咲いたら見に来ないとな。」
「うん!」
隣に並んだ小平太を見上げ笑顔を見せる。
小平太の顔が近づいて、私たちは口づけを交わす。
「…桜咲いたな。」
「え?」
「椿の顔赤いぞ。」
「っ、なによ、小平太だって。」
二人が揃うと花は色づく。
まだ未熟な蕾の下、未熟な私たちは未来の約束をした。
━桜色 完━
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