奪い愛(野村雄三)
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〜後日談〜
「……………………はぁ…」
遠くの流れ行く雲を見つめながらため息をつく。
幸せ溢れるものなら良かったのだが、彼女のそれは先日想いを通じ合わせた女のものとは思えぬ程暗いものだった。
というのも、未だ解決できていないことがある。
幸せを掴んだ、だからそれで全てが収まる、というわけにいかないのが椿らしさとでも言うのだろう。
「ため息をすると幸せが逃げる。」
「!?」
不意に聞こえた声に振り向けば、今まさに思案していた本人の登場だ。
「…と言われていますが、あなたのそれは一体なんなのでしょう?」
「……野村先生。」
現れた野村はいつもと変わらない様子で椿の隣りに立つ。
自然な動作はなんら変わったことはないのに、今までとは違う関係であるという事実が椿を緊張させる。
この学園内にいるうちは、なかなかそういう仲であると公にするわけにもいかず、却って不自然なギクシャクを生んでいた。
「あ、いえ、なんでもないんです。」
「本当ですか?」
「…………はい。」
椿の返答に野村は静かに息を吐く。
「嘘ですね。」
「え…」
「あなたのなんでもない程信用出来ないものはありません。何かあるなら言ってください。」
お見通しであると言うような野村の視線に、困りながらも少しの安心と期待が混じる。
やはり隠し事など出来ない、ましてや野村のことなのだから。
「……野村先生は、何故いつも私の居場所がわかるのですか?」
椿が困った時、気がつけば野村がいつも側にいた。
酒の席で安藤に絡まれた時、斜堂の洗濯を手伝った時、紅屋にいた時、今だってそう、野村の登場に驚きながらも助けてもらったという思いがある。
偶然かも知れない、でも期待しているのかも知れない。
期待?私、また勝手に先生に期待して…
言葉にした後で急に後悔に襲われる。
やっぱり今のはなしと言う前に野村が答えた。
「あなたのことはいつも見ています。居場所がわかるわけではありません。ただ、あなたが助けを必要とした時私にそれができるならあなたを支えたい、それだけです。」
「…先生…」
椿の期待に対して充分過ぎる程の回答に赤面するのを抑えられない。
「わ、私も、先生を支えたい……と思います…」
本心を言ったのだが、果たして野村の支えになれるのか今ひとつ自信が保てずだんだんと小声になってしまう。
それさえもお見通しなのだろうか、野村は優しく笑った。
「ええ、期待しています。」
「……はい。」
期待している、その一言が嬉しくて嬉しくて椿は笑った。
彼の隣りにいてもいいと言うこと、椿は椿のままでいていいと言うこと、全て肯定された言葉に安心感が増す。
幸せというのは、人に必要とされた時に使う言葉なのかも知れない。
「椿さんのため息はそのことだけでしたか?」
「えと、」
実は本筋は別にあった。
確かに今の会話も不思議に思っていたことだが、本当に明らかにしたかったのは別にある。
聞くなら今かも知れない、どうしてもはっきりさせたい。
「どうしてあの時………妻、なんて言ったんですか?」
言ってしまった、椿の頭の中は混乱でいっぱいだ。
野村は目を見開いて驚いた表情をしたが、いっぱいいっぱいな椿はそれを認識することが出来ない。
あの時あまりにも自然に妻と言ってのけた野村の真意を知りたかった。
何故、どうして、それが椿の中に靄を生んでいたのだ。
例え答えがなんとなく…であったとしても野村が口にした理由を問わずにはいられない。
やがて野村は自嘲するように笑う。
「……ひとつはあなたを試したかった。あの場でそう言って否定されて笑い話になるも良しと思いましたが、あなたは私に話を合わせた。」
「せ、先生のお考えがあったのだと思いまして、合わせた方が自然かと……」
「そうですね、結果として怪しまれることもなかったですし……。」
良くできましたと野村は椿の頭を撫でる。
「あの、ひとつは…と仰いましたけど…?」
「……はい、もうひとつは……」
撫でていた手を止め、眼鏡を直す素振りを見せた。
少しだけ照れたように視線を泳がせる。
「……あなたとの関係に、夢を見ていた……のかも知れません…」
「………それって…」
ああ、なんて幸せなことだろう。
こんな日が来るなんて夢にも思っていなかった。
誰かに必要とされ、自分もその人を必要とすることなんてありはしない。
ずっとそう思っていたのに。
野村は椿の心を奪った。
奪っただけではない、野村の心も椿に差し出したのだ。
嬉しくて恥ずかしくていたたまれないくらいだ。
「せ、先生、あの、……ありがとう、ございます…嬉しいです。」
「……椿さん…」
顔を赤らめる彼女が可愛らしくて愛おしくて、空気の温度が上がるのを感じる。
手に入れたい。
彼女の全てを手に入れたい。
野村が椿へ手を伸ばしかけた、その時だった。
場にそぐわない、野村に言わせれば邪魔な声が空間を切り裂く。
「野村雄三ーーーー!!!」
「………」
まったくもって余計な登場、大木だ。
雰囲気をぶち壊してなお、やかましく喋り続ける大木を呆れた顔で見ながら盛大にため息をつく。
「全く、覇気のないやつじゃ。」
「お前のせいで幸せが逃げるわ。」
「はぁ?何訳わからんことを…」
大木は野村の隣りに立つ椿を視界に入れた。
彼女は律儀に大木に挨拶をする。
大木は嬉しそうに椿に話かけるが、野村はそれが面白くない。
そう言えば、こいつの問題も解決していなかったな…
大木が椿に求婚していたということを思い出し、この際だからはっきりさせてやろうと思う。
「雅之助よ、椿さんに今後一切それ以上近づくことを禁ずる。」
「あ?何寝ぼけたことを言っとるんだ?」
野村は椿の手を引くと、彼女を隠すように背に回す。
その行動に大木は明らかな苛立ちを顔にしたが、野村の言葉に度肝を抜かれる。
「お前に椿さんは渡さない。彼女は私の妻だ。」
「せ、せんせっ、」
「はぁ〜〜〜!?!?何だって!?!?」
「……」
「でたらめを言うな野村!お前と椿が!?笑わせる!お前みたいな奴を誰か選ぶと言うんじゃ!?」
「ふん、嘘ではない。逆にお前のような奴を選ぶ人には同情するな。」
「なんじゃと!?だいたい椿が…」
そこまで言って彼女に目をくれると椿はその瞳に野村を写していた。
一転して青ざめた顔の大木と反対に真っ赤になる椿。
彼女の反応に戸惑った大木は口をぱくぱくさせている。
これがはったりである可能性も捨てきれなかったが、顔を赤く染めた椿が否定しないところを見るとまさかと言う思いが強まる。
「……椿……本当なのか……?」
苦し紛れにそんなことを呟いた。
椿は言葉を選んでいるのか、大木と野村を交互に見ながら戸惑いを見せる。
野村に繋がれた手が熱い。
やがて意を決したように椿は繋いだ手に力を入れて握り返すと大木に向き合う。
「大木先生ごめんなさい!先生のお気持ちには答えられません。」
「それはつまり、こ、こここここいつと……!?」
「……はい。」
大木が野村を指差しながら動揺するが、野村はその手を払う。
椿の答えを聞いて呆然とする大木と満足そうに笑みを浮かべる野村。
大木は体を震わせながら小さくそうか…とだけ発した。
「……野村よ、やはりお前には一発入れておかんといけんようじゃ。」
「は、返り討ちにしてくれるわ。」
「言ったな!覚悟しとけよ!」
野村は手を離すと椿から離れたところで大木と取っ組み合いを始める。
椿にはよくわからなかったが、これは大木の気持ちを吹っ切れさせるための喧嘩だ。
野村はこの好敵手に対する餞のつもりで喧嘩を買って出たのだ。
傍から見ればいつもと変わらぬ光景、だが当人たちはすでに勝者と敗者、互いのわだかまりを解くために拳が必要なのだ。
椿に余計な気を使わせるわけにもいかない、あくまでいつも通り、変わらないものだと彼女に印象付けるためのもの。
心做しか、いつもより楽しそうに見える二人の喧嘩。
野村と大木が納得するまで組み合う様を、椿は安心した気持ちで見つめていた。
ー終ー
「……………………はぁ…」
遠くの流れ行く雲を見つめながらため息をつく。
幸せ溢れるものなら良かったのだが、彼女のそれは先日想いを通じ合わせた女のものとは思えぬ程暗いものだった。
というのも、未だ解決できていないことがある。
幸せを掴んだ、だからそれで全てが収まる、というわけにいかないのが椿らしさとでも言うのだろう。
「ため息をすると幸せが逃げる。」
「!?」
不意に聞こえた声に振り向けば、今まさに思案していた本人の登場だ。
「…と言われていますが、あなたのそれは一体なんなのでしょう?」
「……野村先生。」
現れた野村はいつもと変わらない様子で椿の隣りに立つ。
自然な動作はなんら変わったことはないのに、今までとは違う関係であるという事実が椿を緊張させる。
この学園内にいるうちは、なかなかそういう仲であると公にするわけにもいかず、却って不自然なギクシャクを生んでいた。
「あ、いえ、なんでもないんです。」
「本当ですか?」
「…………はい。」
椿の返答に野村は静かに息を吐く。
「嘘ですね。」
「え…」
「あなたのなんでもない程信用出来ないものはありません。何かあるなら言ってください。」
お見通しであると言うような野村の視線に、困りながらも少しの安心と期待が混じる。
やはり隠し事など出来ない、ましてや野村のことなのだから。
「……野村先生は、何故いつも私の居場所がわかるのですか?」
椿が困った時、気がつけば野村がいつも側にいた。
酒の席で安藤に絡まれた時、斜堂の洗濯を手伝った時、紅屋にいた時、今だってそう、野村の登場に驚きながらも助けてもらったという思いがある。
偶然かも知れない、でも期待しているのかも知れない。
期待?私、また勝手に先生に期待して…
言葉にした後で急に後悔に襲われる。
やっぱり今のはなしと言う前に野村が答えた。
「あなたのことはいつも見ています。居場所がわかるわけではありません。ただ、あなたが助けを必要とした時私にそれができるならあなたを支えたい、それだけです。」
「…先生…」
椿の期待に対して充分過ぎる程の回答に赤面するのを抑えられない。
「わ、私も、先生を支えたい……と思います…」
本心を言ったのだが、果たして野村の支えになれるのか今ひとつ自信が保てずだんだんと小声になってしまう。
それさえもお見通しなのだろうか、野村は優しく笑った。
「ええ、期待しています。」
「……はい。」
期待している、その一言が嬉しくて嬉しくて椿は笑った。
彼の隣りにいてもいいと言うこと、椿は椿のままでいていいと言うこと、全て肯定された言葉に安心感が増す。
幸せというのは、人に必要とされた時に使う言葉なのかも知れない。
「椿さんのため息はそのことだけでしたか?」
「えと、」
実は本筋は別にあった。
確かに今の会話も不思議に思っていたことだが、本当に明らかにしたかったのは別にある。
聞くなら今かも知れない、どうしてもはっきりさせたい。
「どうしてあの時………妻、なんて言ったんですか?」
言ってしまった、椿の頭の中は混乱でいっぱいだ。
野村は目を見開いて驚いた表情をしたが、いっぱいいっぱいな椿はそれを認識することが出来ない。
あの時あまりにも自然に妻と言ってのけた野村の真意を知りたかった。
何故、どうして、それが椿の中に靄を生んでいたのだ。
例え答えがなんとなく…であったとしても野村が口にした理由を問わずにはいられない。
やがて野村は自嘲するように笑う。
「……ひとつはあなたを試したかった。あの場でそう言って否定されて笑い話になるも良しと思いましたが、あなたは私に話を合わせた。」
「せ、先生のお考えがあったのだと思いまして、合わせた方が自然かと……」
「そうですね、結果として怪しまれることもなかったですし……。」
良くできましたと野村は椿の頭を撫でる。
「あの、ひとつは…と仰いましたけど…?」
「……はい、もうひとつは……」
撫でていた手を止め、眼鏡を直す素振りを見せた。
少しだけ照れたように視線を泳がせる。
「……あなたとの関係に、夢を見ていた……のかも知れません…」
「………それって…」
ああ、なんて幸せなことだろう。
こんな日が来るなんて夢にも思っていなかった。
誰かに必要とされ、自分もその人を必要とすることなんてありはしない。
ずっとそう思っていたのに。
野村は椿の心を奪った。
奪っただけではない、野村の心も椿に差し出したのだ。
嬉しくて恥ずかしくていたたまれないくらいだ。
「せ、先生、あの、……ありがとう、ございます…嬉しいです。」
「……椿さん…」
顔を赤らめる彼女が可愛らしくて愛おしくて、空気の温度が上がるのを感じる。
手に入れたい。
彼女の全てを手に入れたい。
野村が椿へ手を伸ばしかけた、その時だった。
場にそぐわない、野村に言わせれば邪魔な声が空間を切り裂く。
「野村雄三ーーーー!!!」
「………」
まったくもって余計な登場、大木だ。
雰囲気をぶち壊してなお、やかましく喋り続ける大木を呆れた顔で見ながら盛大にため息をつく。
「全く、覇気のないやつじゃ。」
「お前のせいで幸せが逃げるわ。」
「はぁ?何訳わからんことを…」
大木は野村の隣りに立つ椿を視界に入れた。
彼女は律儀に大木に挨拶をする。
大木は嬉しそうに椿に話かけるが、野村はそれが面白くない。
そう言えば、こいつの問題も解決していなかったな…
大木が椿に求婚していたということを思い出し、この際だからはっきりさせてやろうと思う。
「雅之助よ、椿さんに今後一切それ以上近づくことを禁ずる。」
「あ?何寝ぼけたことを言っとるんだ?」
野村は椿の手を引くと、彼女を隠すように背に回す。
その行動に大木は明らかな苛立ちを顔にしたが、野村の言葉に度肝を抜かれる。
「お前に椿さんは渡さない。彼女は私の妻だ。」
「せ、せんせっ、」
「はぁ〜〜〜!?!?何だって!?!?」
「……」
「でたらめを言うな野村!お前と椿が!?笑わせる!お前みたいな奴を誰か選ぶと言うんじゃ!?」
「ふん、嘘ではない。逆にお前のような奴を選ぶ人には同情するな。」
「なんじゃと!?だいたい椿が…」
そこまで言って彼女に目をくれると椿はその瞳に野村を写していた。
一転して青ざめた顔の大木と反対に真っ赤になる椿。
彼女の反応に戸惑った大木は口をぱくぱくさせている。
これがはったりである可能性も捨てきれなかったが、顔を赤く染めた椿が否定しないところを見るとまさかと言う思いが強まる。
「……椿……本当なのか……?」
苦し紛れにそんなことを呟いた。
椿は言葉を選んでいるのか、大木と野村を交互に見ながら戸惑いを見せる。
野村に繋がれた手が熱い。
やがて意を決したように椿は繋いだ手に力を入れて握り返すと大木に向き合う。
「大木先生ごめんなさい!先生のお気持ちには答えられません。」
「それはつまり、こ、こここここいつと……!?」
「……はい。」
大木が野村を指差しながら動揺するが、野村はその手を払う。
椿の答えを聞いて呆然とする大木と満足そうに笑みを浮かべる野村。
大木は体を震わせながら小さくそうか…とだけ発した。
「……野村よ、やはりお前には一発入れておかんといけんようじゃ。」
「は、返り討ちにしてくれるわ。」
「言ったな!覚悟しとけよ!」
野村は手を離すと椿から離れたところで大木と取っ組み合いを始める。
椿にはよくわからなかったが、これは大木の気持ちを吹っ切れさせるための喧嘩だ。
野村はこの好敵手に対する餞のつもりで喧嘩を買って出たのだ。
傍から見ればいつもと変わらぬ光景、だが当人たちはすでに勝者と敗者、互いのわだかまりを解くために拳が必要なのだ。
椿に余計な気を使わせるわけにもいかない、あくまでいつも通り、変わらないものだと彼女に印象付けるためのもの。
心做しか、いつもより楽しそうに見える二人の喧嘩。
野村と大木が納得するまで組み合う様を、椿は安心した気持ちで見つめていた。
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