短編集
あなたのお名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
最近、椿ちゃんに避けられている。
そう感じる。
だけどいつもじゃない。
食堂では普通にみんなと変わらず接してくれる。
会っても普通。
彼女から声をかけてくれることもあるし、僕が話しかけても笑顔で聞いてくれる。
避けられていると感じるのは、椿ちゃんの背中の傷、その包帯を交換する時だ。
初めの頃こそ僕と新野先生の二人で、彼女の傷の具合を確認しながら手当てに当たっていた。
ところがいつしか彼女は、僕がいないタイミングをねらっているのか、包帯の交換を新野先生にお願いするようになっていった。
僕がかって出ても、新野先生にお願いするから大丈夫、その一点張りだ。
正直頼りにされていない感じがして、なんだかやりきれない。
僕が最後に彼女の傷を見たのは、もう一週間も前になる。
以前よりは具合も良くなっているだろう。
彼女の傷はとても広い範囲にあり、そこに新しい皮が張り痛みが引くまでひと月はかかる。
だからもうすぐ包帯を巻かなくても薬を塗らなくても、普通に過ごせるようになる。
傷痕は完全に消すことができない。
その事実は少なからず椿ちゃんの心を痛めているに違いない。
だからこそ、せめて僕を頼って欲しい…
力になってあげたい…
そう願っていたのに……
「椿ちゃん」
僕はその日のランチの時間、彼女に声をかけた。
「あ、伊作お疲れ様。ランチは何にする?」
普段と変わらない椿ちゃん。
僕は適当なランチを注文する。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。椿ちゃん、背中の具合はどう?」
「うん、もうだいぶ良いだろうって新野先生が仰ってたよ。痛みもほとんどないしね。」
「そう…なら良かった。」
僕は少しおかしいのかも知れない。
彼女の傷が治らなければ、僕と彼女は繋がっていられるなんて、そんな考えが頭を過る。
違う、そんな訳ない。
不可能だとわかっているからこそ、彼女の傷の消失をこんなにも願っているのに。
彼女が保健室に通わなくなったって、忍術学園からいなくなるわけじゃない。
なのにどうして、こんなにも空虚感が拭えないのだろう。
「え、新野先生出かけられるんですか?」
放課後保健室に呼び出されると、校医の新野先生は学園長命令でどうしても行かなくてはならず、保健室を僕に任せて行ってしまった。
まあ、こういうことはたまにあるし、別に保健室にいることが苦な訳ではない。
だけど今日はこの後、椿ちゃんがやって来るはずだ。
新野先生がいないとわかったら、彼女はどんな反応をするだろう。
僕はそれが少し怖い。
備品の整理や片付けをしていると、保健室の戸を叩いて椿ちゃんが姿を現した。
「こんにちは……って、あれ?伊作?新野先生は?」
「新野先生は用事があって出かけられているんだ。……しばらくは帰ってこないよ。」
僕は笑顔を取り繕う。
椿ちゃんからは明らかな困惑が見てとれる。
「包帯の交換でしょ。中に入って。」
「あ、えーと……今日は止めとこうかな。また今度ね。」
そう言って戸を閉めようとする彼女の手を、僕は咄嗟に掴んだ。
まただ。
また僕を避けようとしている。
「どうして僕を避けるの?僕じゃ嫌なの?」
「ち、違うよ。違うの……でも伊作にはお願いできない。」
「どうして!?納得できないよ!」
掴んでいた彼女の手を引き無理矢理保健室に入れ、後ろ手に戸を閉める。
苛立ちなのか焦りなのか、その正体のわからない感情を露にしたことを後悔する。
「…ごめん、こんなことしたかった訳じゃないんだ。」
彼女は僕を見て立ち尽くしていた。
何もない時間が僕たちの間に流れる。
「…伊作、ごめんなさい。私はいつも、あなたにそんな顔させてばかりだね。」
「……え?」
椿ちゃんの言葉に顔を上げ彼女を見る。
悲しそうな顔をしていた。
いつも?
いつも僕はこんな情けない顔をしていたの?
なぜ君がそんなに辛そうなのか、僕はまだ理解できない。
「伊作に包帯を変えてもらう度に辛い顔をさせていた。私の傷が伊作の心も傷つけた。だから伊作に傷を見せることが嫌だった。逃げていたの。あなたに辛い思いはもうして欲しくなくて。もっと笑っていて欲しくて。……でも結局私は伊作をまた悲しませる。もう自分が嫌だ。」
知らなかった。
僕は彼女の前でそんな顔をしていたんだ。
確かに彼女の傷を目にする度に心がえぐられるような感覚に陥ったのは事実だ。
その僅かな僕の変化を彼女は敏感に捉え、そして彼女自身も傷ついていたんだ。
なぜ気づかなかった?
自分ばかりが被害者面して彼女に向き合おうとしなかった。
僕はなんて愚かなんだろう。
「そんなこと言わないで。椿ちゃん、君がそんな風に感じていたなんて気づかなかった。……本当にごめん。君の傷を見る度に僕は、自分の無力さを思い知らされるんだ。でもそれが椿ちゃんを傷つけることになっていたのに、気づかなくてごめん。」
彼女の瞳から流れ出る涙をすくい取る。
僕のためならば、もう泣かないで。
「うん。あのね、私はもうこの傷のことは気にしていないの。だから伊作も自分を責めないで。笑っていて欲しいの。……私の方こそ、伊作に辛い思いをさせてごめんね。」
「椿ちゃん…」
彼女の言葉はとても暖かい。
彼女がいると救われる、そんな気になる。
だから僕はもう、躊躇しない。
これ以上。
「……もう一つ、君に謝らなければならないことがある。」
僕は彼女の体を抱き締める。
椿ちゃんが驚いて、体を強張らせているのがわかる。
彼女を怖がらせないように優しく包み込んだ。
「伊作?」
「……好きなんだ。君が好きだ。」
「!」
「だから、君の体を誰にも触らせたくない。傷も僕にだけ見せて欲しい。すごい我が儘を言ってごめん。だけど僕は椿ちゃんを、誰にも渡したくない。」
椿ちゃんの香りが鼻腔をくすぐる。
椿ちゃんの柔らかい髪の感触を確かめる。
椿ちゃんの細い体を胸に抱く。
僕はこんなに君を独占したかったんだ。
やがて椿ちゃんの手が僕の胸を押し、体が離される。
「伊作……謝らないで。私にも我が儘言わせて。辛い時は言葉に出して私に分けて。悲しい時は一人で泣かないで。笑う時は私の隣で笑って。私を、伊作の側に居させて。」
「椿ちゃん…」
彼女が僕に笑いかける。
会いたかった、その笑顔。
「好き。伊作が好きだよ。」
それは僕が一番欲しかった言葉。
彼女が笑ってくれるだけで僕の存在を肯定してくれる気がする。
無力な僕を救ってくれる。
もう椿ちゃんのいない世界は想像できない。
僕はずっと前から、君が好きだったんだ。
「じゃあ包帯の交換させてね。」
「あ…やっぱりするの?」
「当然でしょ。」
保健室の中央に座った彼女は、僕の様子を窺いながらその背中を晒す。
そんなに心配しなくても、僕は君の言うように苦しみは分け合うと決めたんだ。
久しぶりに見た椿ちゃんの傷。
確かに前より良くなっていた。
「…うん、もうそろそろ何もつけなくても良さそうだね。」
僕は最後になるかも知れない薬を、彼女の傷にそっと塗る。
椿ちゃんが小さく反応したのがわかった。
「そうでしょ?もう早く包帯から解放されたいよ。」
椿ちゃんはまるで笑い話をするかのような口調だ。
僕なんかよりずっと強い、そう感じさせる。
まあ、そんなところにも惹かれたんだけど。
「椿ちゃん、この包帯がとれたら…」
「うん?」
「君のことをもっと、抱き締めてもいいかな?」
「…へ?」
彼女の隙だらけの肩に噛み付くようにして印を刻む。
「ちょっと!?」
「いいでしょ、はいこれ予約ね。」
振り返った椿ちゃんは顔を真っ赤にさせて僕を睨み付ける。
いつか君が僕らにした、一方的な契約を椿ちゃんにもしてあげるんだ。
「……伊作……バカ!」
バカで結構。
僕は君のこととなると、どうやら頭がおかしくなる。
そう気づいてしまったから。
「何を言われても僕は椿ちゃんが好きだから。」
だから覚悟しておいてね。
僕は誰にも君を渡すつもりはないから。
今はまだこの包帯が僕の邪魔をする。
君を縛る物がなくなったら、本当に自由になるだろう?
だから君は僕のだって、ちゃんと知っておいて欲しいから。
我が儘を言うけど聞いてね。
そして椿ちゃんの我が儘も、僕にだけ聞かせて。
━幸せなわがまま 完━
そう感じる。
だけどいつもじゃない。
食堂では普通にみんなと変わらず接してくれる。
会っても普通。
彼女から声をかけてくれることもあるし、僕が話しかけても笑顔で聞いてくれる。
避けられていると感じるのは、椿ちゃんの背中の傷、その包帯を交換する時だ。
初めの頃こそ僕と新野先生の二人で、彼女の傷の具合を確認しながら手当てに当たっていた。
ところがいつしか彼女は、僕がいないタイミングをねらっているのか、包帯の交換を新野先生にお願いするようになっていった。
僕がかって出ても、新野先生にお願いするから大丈夫、その一点張りだ。
正直頼りにされていない感じがして、なんだかやりきれない。
僕が最後に彼女の傷を見たのは、もう一週間も前になる。
以前よりは具合も良くなっているだろう。
彼女の傷はとても広い範囲にあり、そこに新しい皮が張り痛みが引くまでひと月はかかる。
だからもうすぐ包帯を巻かなくても薬を塗らなくても、普通に過ごせるようになる。
傷痕は完全に消すことができない。
その事実は少なからず椿ちゃんの心を痛めているに違いない。
だからこそ、せめて僕を頼って欲しい…
力になってあげたい…
そう願っていたのに……
「椿ちゃん」
僕はその日のランチの時間、彼女に声をかけた。
「あ、伊作お疲れ様。ランチは何にする?」
普段と変わらない椿ちゃん。
僕は適当なランチを注文する。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。椿ちゃん、背中の具合はどう?」
「うん、もうだいぶ良いだろうって新野先生が仰ってたよ。痛みもほとんどないしね。」
「そう…なら良かった。」
僕は少しおかしいのかも知れない。
彼女の傷が治らなければ、僕と彼女は繋がっていられるなんて、そんな考えが頭を過る。
違う、そんな訳ない。
不可能だとわかっているからこそ、彼女の傷の消失をこんなにも願っているのに。
彼女が保健室に通わなくなったって、忍術学園からいなくなるわけじゃない。
なのにどうして、こんなにも空虚感が拭えないのだろう。
「え、新野先生出かけられるんですか?」
放課後保健室に呼び出されると、校医の新野先生は学園長命令でどうしても行かなくてはならず、保健室を僕に任せて行ってしまった。
まあ、こういうことはたまにあるし、別に保健室にいることが苦な訳ではない。
だけど今日はこの後、椿ちゃんがやって来るはずだ。
新野先生がいないとわかったら、彼女はどんな反応をするだろう。
僕はそれが少し怖い。
備品の整理や片付けをしていると、保健室の戸を叩いて椿ちゃんが姿を現した。
「こんにちは……って、あれ?伊作?新野先生は?」
「新野先生は用事があって出かけられているんだ。……しばらくは帰ってこないよ。」
僕は笑顔を取り繕う。
椿ちゃんからは明らかな困惑が見てとれる。
「包帯の交換でしょ。中に入って。」
「あ、えーと……今日は止めとこうかな。また今度ね。」
そう言って戸を閉めようとする彼女の手を、僕は咄嗟に掴んだ。
まただ。
また僕を避けようとしている。
「どうして僕を避けるの?僕じゃ嫌なの?」
「ち、違うよ。違うの……でも伊作にはお願いできない。」
「どうして!?納得できないよ!」
掴んでいた彼女の手を引き無理矢理保健室に入れ、後ろ手に戸を閉める。
苛立ちなのか焦りなのか、その正体のわからない感情を露にしたことを後悔する。
「…ごめん、こんなことしたかった訳じゃないんだ。」
彼女は僕を見て立ち尽くしていた。
何もない時間が僕たちの間に流れる。
「…伊作、ごめんなさい。私はいつも、あなたにそんな顔させてばかりだね。」
「……え?」
椿ちゃんの言葉に顔を上げ彼女を見る。
悲しそうな顔をしていた。
いつも?
いつも僕はこんな情けない顔をしていたの?
なぜ君がそんなに辛そうなのか、僕はまだ理解できない。
「伊作に包帯を変えてもらう度に辛い顔をさせていた。私の傷が伊作の心も傷つけた。だから伊作に傷を見せることが嫌だった。逃げていたの。あなたに辛い思いはもうして欲しくなくて。もっと笑っていて欲しくて。……でも結局私は伊作をまた悲しませる。もう自分が嫌だ。」
知らなかった。
僕は彼女の前でそんな顔をしていたんだ。
確かに彼女の傷を目にする度に心がえぐられるような感覚に陥ったのは事実だ。
その僅かな僕の変化を彼女は敏感に捉え、そして彼女自身も傷ついていたんだ。
なぜ気づかなかった?
自分ばかりが被害者面して彼女に向き合おうとしなかった。
僕はなんて愚かなんだろう。
「そんなこと言わないで。椿ちゃん、君がそんな風に感じていたなんて気づかなかった。……本当にごめん。君の傷を見る度に僕は、自分の無力さを思い知らされるんだ。でもそれが椿ちゃんを傷つけることになっていたのに、気づかなくてごめん。」
彼女の瞳から流れ出る涙をすくい取る。
僕のためならば、もう泣かないで。
「うん。あのね、私はもうこの傷のことは気にしていないの。だから伊作も自分を責めないで。笑っていて欲しいの。……私の方こそ、伊作に辛い思いをさせてごめんね。」
「椿ちゃん…」
彼女の言葉はとても暖かい。
彼女がいると救われる、そんな気になる。
だから僕はもう、躊躇しない。
これ以上。
「……もう一つ、君に謝らなければならないことがある。」
僕は彼女の体を抱き締める。
椿ちゃんが驚いて、体を強張らせているのがわかる。
彼女を怖がらせないように優しく包み込んだ。
「伊作?」
「……好きなんだ。君が好きだ。」
「!」
「だから、君の体を誰にも触らせたくない。傷も僕にだけ見せて欲しい。すごい我が儘を言ってごめん。だけど僕は椿ちゃんを、誰にも渡したくない。」
椿ちゃんの香りが鼻腔をくすぐる。
椿ちゃんの柔らかい髪の感触を確かめる。
椿ちゃんの細い体を胸に抱く。
僕はこんなに君を独占したかったんだ。
やがて椿ちゃんの手が僕の胸を押し、体が離される。
「伊作……謝らないで。私にも我が儘言わせて。辛い時は言葉に出して私に分けて。悲しい時は一人で泣かないで。笑う時は私の隣で笑って。私を、伊作の側に居させて。」
「椿ちゃん…」
彼女が僕に笑いかける。
会いたかった、その笑顔。
「好き。伊作が好きだよ。」
それは僕が一番欲しかった言葉。
彼女が笑ってくれるだけで僕の存在を肯定してくれる気がする。
無力な僕を救ってくれる。
もう椿ちゃんのいない世界は想像できない。
僕はずっと前から、君が好きだったんだ。
「じゃあ包帯の交換させてね。」
「あ…やっぱりするの?」
「当然でしょ。」
保健室の中央に座った彼女は、僕の様子を窺いながらその背中を晒す。
そんなに心配しなくても、僕は君の言うように苦しみは分け合うと決めたんだ。
久しぶりに見た椿ちゃんの傷。
確かに前より良くなっていた。
「…うん、もうそろそろ何もつけなくても良さそうだね。」
僕は最後になるかも知れない薬を、彼女の傷にそっと塗る。
椿ちゃんが小さく反応したのがわかった。
「そうでしょ?もう早く包帯から解放されたいよ。」
椿ちゃんはまるで笑い話をするかのような口調だ。
僕なんかよりずっと強い、そう感じさせる。
まあ、そんなところにも惹かれたんだけど。
「椿ちゃん、この包帯がとれたら…」
「うん?」
「君のことをもっと、抱き締めてもいいかな?」
「…へ?」
彼女の隙だらけの肩に噛み付くようにして印を刻む。
「ちょっと!?」
「いいでしょ、はいこれ予約ね。」
振り返った椿ちゃんは顔を真っ赤にさせて僕を睨み付ける。
いつか君が僕らにした、一方的な契約を椿ちゃんにもしてあげるんだ。
「……伊作……バカ!」
バカで結構。
僕は君のこととなると、どうやら頭がおかしくなる。
そう気づいてしまったから。
「何を言われても僕は椿ちゃんが好きだから。」
だから覚悟しておいてね。
僕は誰にも君を渡すつもりはないから。
今はまだこの包帯が僕の邪魔をする。
君を縛る物がなくなったら、本当に自由になるだろう?
だから君は僕のだって、ちゃんと知っておいて欲しいから。
我が儘を言うけど聞いてね。
そして椿ちゃんの我が儘も、僕にだけ聞かせて。
━幸せなわがまま 完━
5/9ページ