三章
あなたのお名前は?
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日が昇る。
森の中に光の筋が幾重にも重なり、幻想的な空間を生み出す。
その光は強く、木々を消して世界を白く映し出す。
忍術学園救出組の面々は、迫り来るその時に備え己を奮い立たせる。
今回の作戦では、主に陽動班、狙撃班、奇襲班、救出班に分かれ敵地に向かう。
保健委員は救護班となり本陣で待機。
椿を救出した後は速やかに待避、全員で忍術学園に帰還する。
「山田先生!僕の名前がありません!」
しんべぇが真剣な表情で手を挙げる。
「あー、……しんべぇは狙撃班に━━━」
「それはダメです、山田先生。」
「私たち一年は組が物を投げると、」
「味方に当たります!!」
乱太郎、きり丸、しんべぇの声が見事に重なる。
呆れ返るその他大勢。
山田はそうだったと頭を抱え、土井がため息をつきながら言う。
「仕方ありません。私が連れて行きましょう。」
仕切り直しとばかりに咳払いをする山田。
そして全員の顔を見渡す。
皆いい目をしている。
「これは授業ではない、本物の救出作戦である。敵対するのはプロの忍及び兵士だ。危険と判断した時には逃げる勇気を持て。では半刻の後、開始する。」
「留三郎。」
声をかけたのは伊作だった。
手には包帯が握られている。
「これを。万が一椿ちゃんが怪我を負っていたら使って。僕はここで待ってるから。」
それが杞憂に終わればいいけどと、救出班の留三郎に包帯を渡す。
留三郎もそれを使わないように願いながら、伊作から受け取った。
伊作の心配は痛い程に伝わってくる。
「心配すんな。すぐお前のところに連れてくるからよ。」
留三郎は笑って見せる。
伊作の不安を取り除くように。
「兵助、後ろは任せたよ。」
五年生は三人、兵助は狙撃班、雷蔵と三郎は陽動班になった。
「ああ、お前たちも気を付けろ。」
「それは?」
雷蔵が兵助の後ろにあるものを指差す。
「お楽しみさ。」
━━━━━━━━━━━━━━━━━
山田は雷蔵、三郎と共に敵城正面に身を潜める。
谷のようになっているこの地形は、周りは全て岩や石のため、隠れる場所は多くない。
そういう意味では正面突破には向かない場所である。
「我々は陽動、つまり囮だ。あくまでも敵を誘い出すのが目的。雷蔵、三郎、一番危険なのも陽動班だ。さっきも言ったが、危なくなったら必ず退くこと、いいな。」
「はい!」
「狙撃班が動き出したらそこに合流する。あとは、派手に暴れるぞ。」
半刻の後、正面の門より爆発音、間もなく兵士の怒号が響く。
陽動班が姿を現した証拠だ。
利吉、仙蔵はその混乱の中、崖を降り城に接近する。
櫓に登り城内の兵士が出てくるのを見計らう。
陽動班に攻撃が集中する。タイミングを間違えれば怪我人が出る。
「やっぱり数が多い。」
「受けるだけってのは性に合わないんだけどな。」
雷蔵と三郎は言葉を交わす。
城内の兵士を誘き出せれば、救出班と奇襲班が内部で挟み撃ちができる。
できるだけ派手に立ち回り、その存在をアピールした。
十分に陽動班が引き寄せたその時、利吉が崖上の兵助に合図を送る。
兵助はそれを確認すると、導火線に火を付ける。
たちまち飛んで行くのは無数の矢。
狙撃班の役目は敵の戦意を喪失させること。
こちらの人数が少ないので、仕掛け矢によって敵をふるい落とす。
「…よしっ!」
効果はあった。
兵士たちは崖より降ってくる矢に遅れを取られ、その足は立ち止まる。
その間に兵助は崖を降りる。
怯んだ兵士に追い討ちをかけるのは、仙蔵の焙烙火矢の雨。
多くの者はその場に尻餅をし、武器は手を離れる。
利吉、仙蔵、合流した陽動班、追い付いた兵助によって兵士たちは追い詰められた。
「!!」
利吉は背後から迫る気配に気がついた。
苦無を持って対峙する。忍だった。
「利吉!」
男は利吉と刃を交えながら、忍術学園の面々を一瞥する。
二人が近接したその時、男は小声で利吉に問いかける。
「忍術学園の者か?」
「!?……だとしたら?」
利吉は一度距離を取るが、男はさらに詰め寄る。
交わる刃を払っても男はしつこく食い付く。
「続けたまま聞け。今すぐここを去れ。死にたくなければ、な。」
「それは出来ない。我々はある方を連れ戻しに来た。だが…」
利吉は男の頭上を飛び越え背後を取った。
「あなたに戦う意思はないのか?」
男がしたのは警告だ。
去れば追わないという意思が感じられる。
話をするために利吉に近づいたのだろう。
男は諦めにも似たため息を漏らす。
「俺は大罪を犯した。最早忍術学園とは関わりを持ちたくない。」
「…意味がわからない。」
男は武器を捨て、振り向くと両手を上げた。
すると、建物の影から忍装束の者が数人姿を現した。
彼らにも戦う意思は感じられない。
「投降するよ。兵士たちにも手は出さないでくれ。あの人を止められるならやってみろ。ただ、」
男は山田たちに目をくれる。
「忍術学園が来た以上、ここにいては命はない。逃げた方がいい。これは本当だ。」
出城の南側に回った救出班の土井、留三郎にきり丸としんべぇは、見張りの兵士を気絶させると内部へ侵入する。
正門の騒ぎのお陰でほとんど人影は見られない。
慎重に足を進めると、兵士の姿を見つけ身を隠す。
「外が大変なことになってる!見張りはいい、行くぞ!」
その場にいた兵士に召集命令が掛かったようだ。
見張りを立てているあの部屋に椿がいる可能性が高い。
走り去る兵士の姿を確認するとその部屋へ入る。
だがそこでの光景に我が目を疑う。
薄暗い部屋の中、力なく横たわる白い人影、椿の姿だった。
両手両足を縄で縛られ、着ているものは襦袢一枚、まるで死装束のようである。
土井は駆け寄り椿の体を抱き起こして呼び掛ける。
きり丸、しんべぇも泣きそうな震えた声で必死に椿の名を呼んだ。
留三郎は椿の縛られている縄を切り、手足を解放させる。
そこには長時間拘束されていたと見られる血の滲んだ痕がはっきりと残っていた。
悔しさで顔が歪む。
すると、僅かに指先が動き椿が目を開けた。
「………先生?みんな?」
「椿さん!!良かった!!」
「とにかく外へ!」
土井が椿を抱えようと力を入れると、彼女は土井にすがるように訴えた。
「待って!土井先生お願い……ここを燃やして!」
「どういうことだ?」
「ここは忍術学園へ攻めこむために父が造らせたの!お願い、燃やして!!学園を守って!!」
「えぇ!?」
「何だって!?」
彼女の言葉は信じがたいことに、利吉の意見と同じだった。
土井は考えた後、椿の目を見て静かに言った。
「…わかった。色々聞きたいことはあるけど、君は今留三郎たちと外に出なさい。留三郎、きり丸、しんべぇ、椿さんを頼んだよ。」
「はい!」
土井は椿の体を留三郎に預けると、部屋の外へ消えて行った。
留三郎は椿を支えるために背中に手を回したが妙な感触を覚え、己の手のひらを見た。
血の気が引いて目眩がしてくる。
手は震え、言葉が出てこない。
「食満先輩?」
きり丸が急かす。
留三郎は信じられないものを見るように椿をみる。
「お前!……まさか!?……」
「………大丈夫、死にはしないから。」
「バカ野郎!!大丈夫じゃないだろ!!………くそっ!!」
伊作が渡してくれた包帯を握りしめる。
これではとても足りない。
一刻も早く、伊作の元に連れて行かなくてはならない。
きり丸、しんべぇに事実を告げるには、二人はまだ経験もなく幼い。留三郎の様子にきり丸、しんべぇは動揺を見せる。
留三郎は自らの上衣を脱ぐと椿に羽織らせてやる。
そして彼女を背負うと、後輩二人を連れて脱出した。
同じ頃、土井もその手のひらを見つめ、ぐっと握りしめていた。
やはりこの城は忍術学園に向けて造られもの、しかも彼女の父親が…
見過ごすわけにはいかない、土井は出城ならばあるはずの火薬を探す。
僅かに火薬の匂いがする。
たどり着いた部屋に人影を見つけ、さっと身を隠す。
敵か?だか様子がおかしい。
「……誰かいるのか?」
気付かれた。
土井はその場を離れようとする。しかし━━
「待て、忍術学園の者か?頼みがある、姿を見せて欲しい。」
「!」
頼み?この出城の者ではないのか?
その人影はどうやら囚われていて身動きが出来ない様子だった。
土井は姿を見せるとその訳を聞いた。
「頼む!あの方を…私を椿様の元へ連れて行ってくれませんか!?信用できなければ、私を拘束した状態でも構わない。私は椿様に仕える神室と申す者です。」
「椿さんは無事だ。だか今は彼女に会わせることはできない。私は彼女より、この城の破壊を頼まれている。」
神室という男、忍装束に身を包んでいるが、やはり見かけたことのない男だった。
顔の半分を隠しているため素顔はわからないが、その目には必死さが感じられる。
土井の言葉に神室は安堵の表情を浮かべた。
「…そうですか。あの方がそう望まれるなら、私も協力させてもらいます。ここを破壊する術を私は知っています。」
「!?あなたは一体…」
何者かの気配を感じ、土井は身構えた。
そこに現れた冷たい目をした男。
「…桧山!!」
「…神室サン、予定が狂いまくりですよ。全てあなたのせいです。こうなったらあなたは、私が殺して差し上げます。」
桧山が神室に向かい足を踏み出す。
土井は咄嗟に二人の間に入り、桧山の攻撃を受け止める。
桧山はまるで、土井など見えていないかのようだ。
「ええい!邪魔だ!!カムロ!貴様はいつも私の邪魔をする!憎い!憎い!貴様さえいなければ!!」
土井とぶつかる桧山。
力では桧山のほうが土井を上回っていた。
受け止める苦無は何度も弾き飛ばされる。
そこへ飛んでくる縄鏢。寸ででかわす桧山。
別の方向から近づく影、上段斬りつける。
桧山それをかわし腹部へ回し蹴り。後ろへ飛び退きかわす。
桧山体勢を戻し苦無がぶつかる金属音。
「小平太!長次!」
やってきたのは奇襲班の二人。
長次は土井に城内部を制圧したことを伝える。
小平太が桧山を押さえているが、体格差もあり長時間は持たない。
「私に桧山を任せてください。彼では荷が重いでしょう。それからあなた方はすぐに崖の上に待避を。ここを破壊します。必ず上へ上がっていてください。」
土井は神室に向き直り問う。
「あなたが我々を傷つけない保証はありますか?」
「椿様に誓って、あなた方に危害は加えない。約束します。」
「…その言葉、信じますよ。」
土井は神室の拘束を解いた。
神室は土井に礼を言うと桧山目掛けて飛び出した。
小平太が土井の元へ戻る。
土井は二人に、陽動班狙撃班と合流し崖上へ待避するよう指示する。
「あの人は?」
「椿さんの関係者だそうだ。彼女の元へ連れて行く。二人は急いで皆に伝えてくれ。」
「はい!」
小平太と長次が去るのを見送り、土井は神室に目を向ける。
一進一退の攻防、桧山と互角にやり合う神室も実力者のようだ。自分一人では勝てたか分からない。
桧山が苦無で切りつける、神室がそれをかわしカウンター。
桧山は脇差しを抜き受け止める。それを押し返すと、その場で神室に足払いをかける。
バランスを崩す神室。苦無を投げつけるが、桧山は脇差しでそれを払う。
「カムロォォォ……!!」
桧山が刃を振り下ろす。
神室は不安定な体勢のまま床に手をつき、桧山目掛けて蹴り上げる。
桧山の顎に足がめり込む。よろけ、後退する桧山。
神室の追撃、腹に一発、さらに遠心力をつけてこめかみに渾身の一撃。
桧山の手から刃が落ちた。
静かになった。
こめかみに一撃をくらった桧山は、脳震盪を起こし気絶している。
神室はその場で桧山を拘束する。
「城内の者には待避を指示してあります。しかしどうやってここを破壊するのですか?」
「ここの上流に何があるかご存知ですか?」
「…いえ。」
神室は桧山を担ぎ上げると部屋を移動する。
土井はそれに続く。
神室と土井は外へ出ると、頑丈に施錠された井戸のような装置を前にする。
「ここはかつて、川でした。しかし今は水が流れていない。そして上流には湖があります。…いえ、正確には竹森が作った巨大な溜め池です。山から流れていた川を人工的に塞き止めています。そしてこのカラクリを作動させると、上流へ繋がって行きその溜め池は決壊します。」
「な、なんですって!?それじゃあ…!?」
「はい、この谷は水に沈みます。」
神室は淡々と説明をする。
土井はそれを聞いて愕然した。
もしそれが作動すると、この城どころか命も危うい。
「なぜそんなものを…?」
「それは生き残ることができたらお教えしましょう。そういえば、お名前をお伺いしていませんでした。」
「私は忍術学園の教師、土井半助です。」
「土井殿、ご助力願えますか?私一人では、桧山を担いで谷を上がるのは困難ですので。」
「ええ、わかりました。」
神室は装置の施錠を無理矢理壊す。
「では、行きます。ご幸運を。」
小平太、長次と合流した山田は事情を聞くと、敵味方関係なく全員を崖上へ誘導した。
小平太が神室の名を漏らすと、先程利吉と対峙した男は顔色を悪くし兵士の説得にあたった。
留三郎、きり丸、しんべぇは皆が上がってくるのを手助けする。
「山田先生、全員の点呼が取れました。」
「よし、あとは半助だけだ。」
山田にもこれから起こりうることは想像できない。
ただ土井を信じて待つ。それだけだった。
大地が震える。
地震かと口走る者、だが違う。
ゴォォォォオオオオォォ━━━━━━━━
地響きのような重低音が這うように響く。
誰もがその正体を掴めない中、土井が姿を現した。
「半助!!」
山田は土井と男二人を引き上げる。
誰かが上流を指差し叫ぶ。
それを見てはっと息を飲んだ。
白濁とした飛沫、大木をも巻き込み現れたそれは巨大な黒い蛇のようである。
大蛇は一瞬で目の前の城を飲み込み跡形もなく消した。
その光景に声も出ない。何も聞こえない。
もし崖上にいなければ間違いなく喰われていた。
誰もがそれを見つめていた。
下手をすると、息をするのを忘れる程だ。
立ち尽くした兵士たち、膝から崩れ落ちる者、九死に一生を得たと拝む者までいた。
「山田先生。」
「半助!無事で良かった…」
あまりの衝撃に山田の口から本音が漏れる。
「はい、実はかくかくしかじかで…」
「ふむ、まるまるうまうまと言うわけか…利吉!」
山田は利吉に桧山の監視を任せた。
桧山は動く様子がない。
「椿さんは?」
「ああ、奥で伊作が手当てをしている。ひどい怪我だそうだ…」
「そう、ですか…」
やはりあれは見間違いではなかった。
彼女は体に傷を負った。
もっと早く駆けつけていれば…土井は悔しさを滲ませた。
神室が顔を上げる。
そこには兵士たちや仲間の忍の姿。
全員生きているようだ。
そしてそれを囲むようにいるのは忍の姿をした若い顔、忍術学園の生徒だとわかった。
「……神室さん……」
青い顔をした男が神室に近づく。
「俺………俺は………」
「愁、お前はお前の仕事をしただけだ。お前の罪は私が背負う。」
「!!」
愁と呼ばれた男は、その場で膝から崩れ落ちた。
この人には、到底敵わない。
胸が苦しくてまともに息が出来なかった。
森の中に光の筋が幾重にも重なり、幻想的な空間を生み出す。
その光は強く、木々を消して世界を白く映し出す。
忍術学園救出組の面々は、迫り来るその時に備え己を奮い立たせる。
今回の作戦では、主に陽動班、狙撃班、奇襲班、救出班に分かれ敵地に向かう。
保健委員は救護班となり本陣で待機。
椿を救出した後は速やかに待避、全員で忍術学園に帰還する。
「山田先生!僕の名前がありません!」
しんべぇが真剣な表情で手を挙げる。
「あー、……しんべぇは狙撃班に━━━」
「それはダメです、山田先生。」
「私たち一年は組が物を投げると、」
「味方に当たります!!」
乱太郎、きり丸、しんべぇの声が見事に重なる。
呆れ返るその他大勢。
山田はそうだったと頭を抱え、土井がため息をつきながら言う。
「仕方ありません。私が連れて行きましょう。」
仕切り直しとばかりに咳払いをする山田。
そして全員の顔を見渡す。
皆いい目をしている。
「これは授業ではない、本物の救出作戦である。敵対するのはプロの忍及び兵士だ。危険と判断した時には逃げる勇気を持て。では半刻の後、開始する。」
「留三郎。」
声をかけたのは伊作だった。
手には包帯が握られている。
「これを。万が一椿ちゃんが怪我を負っていたら使って。僕はここで待ってるから。」
それが杞憂に終わればいいけどと、救出班の留三郎に包帯を渡す。
留三郎もそれを使わないように願いながら、伊作から受け取った。
伊作の心配は痛い程に伝わってくる。
「心配すんな。すぐお前のところに連れてくるからよ。」
留三郎は笑って見せる。
伊作の不安を取り除くように。
「兵助、後ろは任せたよ。」
五年生は三人、兵助は狙撃班、雷蔵と三郎は陽動班になった。
「ああ、お前たちも気を付けろ。」
「それは?」
雷蔵が兵助の後ろにあるものを指差す。
「お楽しみさ。」
━━━━━━━━━━━━━━━━━
山田は雷蔵、三郎と共に敵城正面に身を潜める。
谷のようになっているこの地形は、周りは全て岩や石のため、隠れる場所は多くない。
そういう意味では正面突破には向かない場所である。
「我々は陽動、つまり囮だ。あくまでも敵を誘い出すのが目的。雷蔵、三郎、一番危険なのも陽動班だ。さっきも言ったが、危なくなったら必ず退くこと、いいな。」
「はい!」
「狙撃班が動き出したらそこに合流する。あとは、派手に暴れるぞ。」
半刻の後、正面の門より爆発音、間もなく兵士の怒号が響く。
陽動班が姿を現した証拠だ。
利吉、仙蔵はその混乱の中、崖を降り城に接近する。
櫓に登り城内の兵士が出てくるのを見計らう。
陽動班に攻撃が集中する。タイミングを間違えれば怪我人が出る。
「やっぱり数が多い。」
「受けるだけってのは性に合わないんだけどな。」
雷蔵と三郎は言葉を交わす。
城内の兵士を誘き出せれば、救出班と奇襲班が内部で挟み撃ちができる。
できるだけ派手に立ち回り、その存在をアピールした。
十分に陽動班が引き寄せたその時、利吉が崖上の兵助に合図を送る。
兵助はそれを確認すると、導火線に火を付ける。
たちまち飛んで行くのは無数の矢。
狙撃班の役目は敵の戦意を喪失させること。
こちらの人数が少ないので、仕掛け矢によって敵をふるい落とす。
「…よしっ!」
効果はあった。
兵士たちは崖より降ってくる矢に遅れを取られ、その足は立ち止まる。
その間に兵助は崖を降りる。
怯んだ兵士に追い討ちをかけるのは、仙蔵の焙烙火矢の雨。
多くの者はその場に尻餅をし、武器は手を離れる。
利吉、仙蔵、合流した陽動班、追い付いた兵助によって兵士たちは追い詰められた。
「!!」
利吉は背後から迫る気配に気がついた。
苦無を持って対峙する。忍だった。
「利吉!」
男は利吉と刃を交えながら、忍術学園の面々を一瞥する。
二人が近接したその時、男は小声で利吉に問いかける。
「忍術学園の者か?」
「!?……だとしたら?」
利吉は一度距離を取るが、男はさらに詰め寄る。
交わる刃を払っても男はしつこく食い付く。
「続けたまま聞け。今すぐここを去れ。死にたくなければ、な。」
「それは出来ない。我々はある方を連れ戻しに来た。だが…」
利吉は男の頭上を飛び越え背後を取った。
「あなたに戦う意思はないのか?」
男がしたのは警告だ。
去れば追わないという意思が感じられる。
話をするために利吉に近づいたのだろう。
男は諦めにも似たため息を漏らす。
「俺は大罪を犯した。最早忍術学園とは関わりを持ちたくない。」
「…意味がわからない。」
男は武器を捨て、振り向くと両手を上げた。
すると、建物の影から忍装束の者が数人姿を現した。
彼らにも戦う意思は感じられない。
「投降するよ。兵士たちにも手は出さないでくれ。あの人を止められるならやってみろ。ただ、」
男は山田たちに目をくれる。
「忍術学園が来た以上、ここにいては命はない。逃げた方がいい。これは本当だ。」
出城の南側に回った救出班の土井、留三郎にきり丸としんべぇは、見張りの兵士を気絶させると内部へ侵入する。
正門の騒ぎのお陰でほとんど人影は見られない。
慎重に足を進めると、兵士の姿を見つけ身を隠す。
「外が大変なことになってる!見張りはいい、行くぞ!」
その場にいた兵士に召集命令が掛かったようだ。
見張りを立てているあの部屋に椿がいる可能性が高い。
走り去る兵士の姿を確認するとその部屋へ入る。
だがそこでの光景に我が目を疑う。
薄暗い部屋の中、力なく横たわる白い人影、椿の姿だった。
両手両足を縄で縛られ、着ているものは襦袢一枚、まるで死装束のようである。
土井は駆け寄り椿の体を抱き起こして呼び掛ける。
きり丸、しんべぇも泣きそうな震えた声で必死に椿の名を呼んだ。
留三郎は椿の縛られている縄を切り、手足を解放させる。
そこには長時間拘束されていたと見られる血の滲んだ痕がはっきりと残っていた。
悔しさで顔が歪む。
すると、僅かに指先が動き椿が目を開けた。
「………先生?みんな?」
「椿さん!!良かった!!」
「とにかく外へ!」
土井が椿を抱えようと力を入れると、彼女は土井にすがるように訴えた。
「待って!土井先生お願い……ここを燃やして!」
「どういうことだ?」
「ここは忍術学園へ攻めこむために父が造らせたの!お願い、燃やして!!学園を守って!!」
「えぇ!?」
「何だって!?」
彼女の言葉は信じがたいことに、利吉の意見と同じだった。
土井は考えた後、椿の目を見て静かに言った。
「…わかった。色々聞きたいことはあるけど、君は今留三郎たちと外に出なさい。留三郎、きり丸、しんべぇ、椿さんを頼んだよ。」
「はい!」
土井は椿の体を留三郎に預けると、部屋の外へ消えて行った。
留三郎は椿を支えるために背中に手を回したが妙な感触を覚え、己の手のひらを見た。
血の気が引いて目眩がしてくる。
手は震え、言葉が出てこない。
「食満先輩?」
きり丸が急かす。
留三郎は信じられないものを見るように椿をみる。
「お前!……まさか!?……」
「………大丈夫、死にはしないから。」
「バカ野郎!!大丈夫じゃないだろ!!………くそっ!!」
伊作が渡してくれた包帯を握りしめる。
これではとても足りない。
一刻も早く、伊作の元に連れて行かなくてはならない。
きり丸、しんべぇに事実を告げるには、二人はまだ経験もなく幼い。留三郎の様子にきり丸、しんべぇは動揺を見せる。
留三郎は自らの上衣を脱ぐと椿に羽織らせてやる。
そして彼女を背負うと、後輩二人を連れて脱出した。
同じ頃、土井もその手のひらを見つめ、ぐっと握りしめていた。
やはりこの城は忍術学園に向けて造られもの、しかも彼女の父親が…
見過ごすわけにはいかない、土井は出城ならばあるはずの火薬を探す。
僅かに火薬の匂いがする。
たどり着いた部屋に人影を見つけ、さっと身を隠す。
敵か?だか様子がおかしい。
「……誰かいるのか?」
気付かれた。
土井はその場を離れようとする。しかし━━
「待て、忍術学園の者か?頼みがある、姿を見せて欲しい。」
「!」
頼み?この出城の者ではないのか?
その人影はどうやら囚われていて身動きが出来ない様子だった。
土井は姿を見せるとその訳を聞いた。
「頼む!あの方を…私を椿様の元へ連れて行ってくれませんか!?信用できなければ、私を拘束した状態でも構わない。私は椿様に仕える神室と申す者です。」
「椿さんは無事だ。だか今は彼女に会わせることはできない。私は彼女より、この城の破壊を頼まれている。」
神室という男、忍装束に身を包んでいるが、やはり見かけたことのない男だった。
顔の半分を隠しているため素顔はわからないが、その目には必死さが感じられる。
土井の言葉に神室は安堵の表情を浮かべた。
「…そうですか。あの方がそう望まれるなら、私も協力させてもらいます。ここを破壊する術を私は知っています。」
「!?あなたは一体…」
何者かの気配を感じ、土井は身構えた。
そこに現れた冷たい目をした男。
「…桧山!!」
「…神室サン、予定が狂いまくりですよ。全てあなたのせいです。こうなったらあなたは、私が殺して差し上げます。」
桧山が神室に向かい足を踏み出す。
土井は咄嗟に二人の間に入り、桧山の攻撃を受け止める。
桧山はまるで、土井など見えていないかのようだ。
「ええい!邪魔だ!!カムロ!貴様はいつも私の邪魔をする!憎い!憎い!貴様さえいなければ!!」
土井とぶつかる桧山。
力では桧山のほうが土井を上回っていた。
受け止める苦無は何度も弾き飛ばされる。
そこへ飛んでくる縄鏢。寸ででかわす桧山。
別の方向から近づく影、上段斬りつける。
桧山それをかわし腹部へ回し蹴り。後ろへ飛び退きかわす。
桧山体勢を戻し苦無がぶつかる金属音。
「小平太!長次!」
やってきたのは奇襲班の二人。
長次は土井に城内部を制圧したことを伝える。
小平太が桧山を押さえているが、体格差もあり長時間は持たない。
「私に桧山を任せてください。彼では荷が重いでしょう。それからあなた方はすぐに崖の上に待避を。ここを破壊します。必ず上へ上がっていてください。」
土井は神室に向き直り問う。
「あなたが我々を傷つけない保証はありますか?」
「椿様に誓って、あなた方に危害は加えない。約束します。」
「…その言葉、信じますよ。」
土井は神室の拘束を解いた。
神室は土井に礼を言うと桧山目掛けて飛び出した。
小平太が土井の元へ戻る。
土井は二人に、陽動班狙撃班と合流し崖上へ待避するよう指示する。
「あの人は?」
「椿さんの関係者だそうだ。彼女の元へ連れて行く。二人は急いで皆に伝えてくれ。」
「はい!」
小平太と長次が去るのを見送り、土井は神室に目を向ける。
一進一退の攻防、桧山と互角にやり合う神室も実力者のようだ。自分一人では勝てたか分からない。
桧山が苦無で切りつける、神室がそれをかわしカウンター。
桧山は脇差しを抜き受け止める。それを押し返すと、その場で神室に足払いをかける。
バランスを崩す神室。苦無を投げつけるが、桧山は脇差しでそれを払う。
「カムロォォォ……!!」
桧山が刃を振り下ろす。
神室は不安定な体勢のまま床に手をつき、桧山目掛けて蹴り上げる。
桧山の顎に足がめり込む。よろけ、後退する桧山。
神室の追撃、腹に一発、さらに遠心力をつけてこめかみに渾身の一撃。
桧山の手から刃が落ちた。
静かになった。
こめかみに一撃をくらった桧山は、脳震盪を起こし気絶している。
神室はその場で桧山を拘束する。
「城内の者には待避を指示してあります。しかしどうやってここを破壊するのですか?」
「ここの上流に何があるかご存知ですか?」
「…いえ。」
神室は桧山を担ぎ上げると部屋を移動する。
土井はそれに続く。
神室と土井は外へ出ると、頑丈に施錠された井戸のような装置を前にする。
「ここはかつて、川でした。しかし今は水が流れていない。そして上流には湖があります。…いえ、正確には竹森が作った巨大な溜め池です。山から流れていた川を人工的に塞き止めています。そしてこのカラクリを作動させると、上流へ繋がって行きその溜め池は決壊します。」
「な、なんですって!?それじゃあ…!?」
「はい、この谷は水に沈みます。」
神室は淡々と説明をする。
土井はそれを聞いて愕然した。
もしそれが作動すると、この城どころか命も危うい。
「なぜそんなものを…?」
「それは生き残ることができたらお教えしましょう。そういえば、お名前をお伺いしていませんでした。」
「私は忍術学園の教師、土井半助です。」
「土井殿、ご助力願えますか?私一人では、桧山を担いで谷を上がるのは困難ですので。」
「ええ、わかりました。」
神室は装置の施錠を無理矢理壊す。
「では、行きます。ご幸運を。」
小平太、長次と合流した山田は事情を聞くと、敵味方関係なく全員を崖上へ誘導した。
小平太が神室の名を漏らすと、先程利吉と対峙した男は顔色を悪くし兵士の説得にあたった。
留三郎、きり丸、しんべぇは皆が上がってくるのを手助けする。
「山田先生、全員の点呼が取れました。」
「よし、あとは半助だけだ。」
山田にもこれから起こりうることは想像できない。
ただ土井を信じて待つ。それだけだった。
大地が震える。
地震かと口走る者、だが違う。
ゴォォォォオオオオォォ━━━━━━━━
地響きのような重低音が這うように響く。
誰もがその正体を掴めない中、土井が姿を現した。
「半助!!」
山田は土井と男二人を引き上げる。
誰かが上流を指差し叫ぶ。
それを見てはっと息を飲んだ。
白濁とした飛沫、大木をも巻き込み現れたそれは巨大な黒い蛇のようである。
大蛇は一瞬で目の前の城を飲み込み跡形もなく消した。
その光景に声も出ない。何も聞こえない。
もし崖上にいなければ間違いなく喰われていた。
誰もがそれを見つめていた。
下手をすると、息をするのを忘れる程だ。
立ち尽くした兵士たち、膝から崩れ落ちる者、九死に一生を得たと拝む者までいた。
「山田先生。」
「半助!無事で良かった…」
あまりの衝撃に山田の口から本音が漏れる。
「はい、実はかくかくしかじかで…」
「ふむ、まるまるうまうまと言うわけか…利吉!」
山田は利吉に桧山の監視を任せた。
桧山は動く様子がない。
「椿さんは?」
「ああ、奥で伊作が手当てをしている。ひどい怪我だそうだ…」
「そう、ですか…」
やはりあれは見間違いではなかった。
彼女は体に傷を負った。
もっと早く駆けつけていれば…土井は悔しさを滲ませた。
神室が顔を上げる。
そこには兵士たちや仲間の忍の姿。
全員生きているようだ。
そしてそれを囲むようにいるのは忍の姿をした若い顔、忍術学園の生徒だとわかった。
「……神室さん……」
青い顔をした男が神室に近づく。
「俺………俺は………」
「愁、お前はお前の仕事をしただけだ。お前の罪は私が背負う。」
「!!」
愁と呼ばれた男は、その場で膝から崩れ落ちた。
この人には、到底敵わない。
胸が苦しくてまともに息が出来なかった。