三章

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今日はくの一教室で舞踊の授業。
先日に続き体験という形で参加させてもらった。

踊るのは元々好きだった。
その時だけ世界が止まる気がする。
小さな円を描く、ただ自分だけの世界。
私が舞うと母上はすごく喜んでくれた。
母上に喜んで欲しくて、誉めて欲しくて、私はその世界に生きる喜びを感じたんだ。

お花や舞踊も授業があるんだなと感心すると、ユキちゃんは如何なる場所にも潜入出来るようにと教えてくれた。
くの一は敵地の偵察、調査が任務の多くを占めるというから納得だ。






ランチの時間ユキちゃん達三人が食事している中、食堂のおばちゃんが私に頼み事をしてきた。


椿ちゃん、悪いんだけどお使い頼まれてくれないかしら?本当は私が行くはずだったんだけど、急に用事ができちゃったのよ。」


お使い…つまり学園の外へ出る。
今の私にはとてつもなく荷が重い。
だけど、おばちゃんの頼み事を無下に断ることはしたくない。

どうしよう?どうしたらいい?


……


………………


「わかりました。行ってきますね。」


引き受けた。やけになった訳ではない。
自分がどうこうよりも、素直におばちゃんに答えたかったのだ。

すると話を聞いていたユキちゃん達が、私を観察するように見てきた。


椿さん、まさかその格好で行かないですよね?」

「え、これしか着るもの持ってないんだけど。」

「えぇ!?ダメです!」

「あ、そっか、忍装束で行ったらマズイよね。」


とんちんかんな解答だったのだろうか、三人とも違う!と力を込めて言う。


「お使いでも、折角外へ出るんです。お洒落しないと!」

「…え?」

「私達にお任せください!」

「えぇ!?」


いつかの仙蔵の時のように、今回はユキちゃん達三人に着せ替えさせられることになった。








「ん~まぁいいか。」


完成したのは町娘風の格好。
仙蔵にしてもらったような上質な着物ではなかったので、お使いにも行きやすい。
いや、行くことが前提になってしまっている。
なんとか上手くやり過ごさなければ。

ユキちゃん達は一緒に行けなくてごめんなさいと、その場で別れた。
それでいい。あの子達を巻き込みたくなかった。



忍術学園の外へつながる門、私はその前に立っていた。
ここを出ればどうなるか、わからない。
何も起こらないかもしれないし、万が一があるかもしれない。
そんな葛藤など知るよしもない小松田君が、サインを求めてきた。


椿ちゃんがお出かけなんて初めてだよねぇ。」

「…うん。」

「今日はさすがにいつもと違う格好なんだねぇ。」

「…うん。」


自分で書いたサインを見てはっとする。
私、震えている。


「……小松田君!」


突然大きな声を出したので、小松田君が驚いた顔で私を見る。
引き止めて欲しいのに、言葉が出ない。
助けて欲しいと言ってしまえば、どんなに楽だろう。
言葉を噛み殺し、両手の拳に力を入れる。


「驚かせてごめんね。…行ってきます。」











いつもと違う。

学園長に呼び出された全教員を目にし、土井は思った。
先生方の表情は硬い。
空気が張り積めていて、吐き気がしてくる。こんな経験はしばらくしていない。


「では、山本シナ先生からご報告を。」


学園長が促し、山本が話し出したのは椿のことだ。
くの一教室の授業に特別として椿を招いた時、彼女は生け花や舞踊を完璧にやり遂げたという内容だった。


「文句のつけようがありませんでした。点数を付けるなら満点です。つまり、」

「そういう教育を受けていた、ということですな。」

「はい。」


「学園長、彼女の不信な点はまだあります。我々忍に対する抵抗感がまるで感じられない。」

「それに外出を極端に嫌がります。」

「しかし学園内を探っているとか、外部と連絡を取っている素振りは見られません。」


土井も同じ事を感じていた。
忍のことを話しても素直に受け入れた、あの違和感だ。
一般人がはいそうですかと、簡単に忍を受け入れられるだろうか?


「ふむ、実はその件に関連するかもしれないことで、先日利吉君より報告があった。先生方にも聞いてもらおうと、今日は利吉君を呼んでおる。」


学園長の声かけに利吉が現れ話し始めた。


「実は先日、ここより南東の方角に出城のようなものを偶然発見しました。しかし場所が妙なことに、その出城はどこの城へ攻めるにも向かない場所。むしろ忍術学園に向けられているようにも思います。」

「なんと!それが本当なら大変なことですよ、学園長!」

「それとここを監視している者がいます。接触しようと試みましたが、不甲斐ないことに逃げられてしまいました。私はその出城の者だと憶測しています。」

「それはドクタケやドクササコであったか?」

「いえ、それが初めて見る忍でした。先生方や生徒に近付いていないところを見ると、奴らの狙いは学園長、学園そのもの、あるいは…椿さんの可能性があるかと。」


利吉の言葉に一同は口を紡ぐ。
忍術学園に向いているであろう出城、学園内を監視する謎の忍、狙われている可能性のある椿


「正体がわからぬ以上、椿君を保護しつつ調査をする必要がありますな。彼女はやはり、何かを握っている。男物の着物を着て足元は傷だらけ、逃げるために道を選ばず歩いた証拠ですな。…ヘムヘム、小松田君を呼んでおくれ。」


ヘムヘムが小松田を呼びに学園長室を後にしようとしたまさにその時、聞き覚えのある声が騒々しく近付いてきた。


「大変だぁぁぁぁ━━━━━!!!」


乱入してきたのはいつもの三人、乱太郎、きり丸、しんべぇ。
三人とも、涙、鼻水を垂らしながら尋常ではない様子で必死に訴えている。


「何事じゃ!」

「落ち着いて話しなさい。」


三人は一度深呼吸をすると、順に話し出す。


「た、大変なんです!!」

椿さんが、」

「捕まっちゃったんですー!!」


「な、なんだってー!?」


その経緯はこうだ。
いつものように遊びに出掛けた三人は、椿の姿を見つける。
彼女は食堂のおばちゃんのお使いに行くところだと言うので、三人はついて行くことにした。

すると突然、見知らぬ忍装束の男三人に囲まれた。
男たちは椿に一緒に来るように言い、彼女は乱太郎たち三人の解放を条件にそれに従おうとした。
乱太郎たちは彼女を置いて行けないと戦おうとしたが、椿に一喝され泣きながら帰ってきたということだった。


「遅かったか…!」

「学園長!」


その場の全員の視線が学園長に集まる。
土井は手の震えを押さえきれなかった。
いつになく難しい顔で、学園長はしばらく考え込んでいた。


椿さんは私たちを庇ってくれたんです!」

「今度は僕たちが助けに行かなきゃ!」

「なに言われても俺たちは行きます!」


「お前たち…」


乱太郎たちは真剣な表情で学園長に詰め寄る。
三人の様子に、学園長は何かを納得したように頷いた。


椿君は大事な学園の一員じゃ。これより、椿君奪還作戦を開始する!」


異議を唱える者はいなかった。
学園長を囲んで会議が行われる。


「学園長、私も同行致します。」

「利吉。」

「出城の場所は記憶しています。案内致しましょう。」

「では利吉君に先導をお願いしよう。他は、山田先生と土井先生が適任かの。」


教師陣からは山田、土井、それに利吉が救出組に選出された。










「ちょっと待て!何故俺が待機なんだ!?」


文次郎が不満を口にする。

今回の作戦ではまず、学園内を二つに分けることから始まった。
敵地へ赴く救出組と、万が一に備え学園に残る待機組。
六年生からは、文次郎のみが待機組に指名された。


「留三郎、替われ!俺が救出に向かう!」

「はぁ!?何言ってんだ!誰が替わるかよ!大人しく待ってろ!」


いつものように文次郎と留三郎が言い争う。
だが、文次郎の気持ちはわからなくない。
椿を助けに行きたいのは一緒だ。

だから本当はこんなことを言いたくないが今は時間が惜しいと、仙蔵が前にでる。


「文次郎よく聞け。我々六年の戦力を均等に分散したのがこの結果だ。学園はお前に任せた。後輩たちを頼む。」

「…っ!」


仙蔵の言葉に文次郎の手が止まる。
文次郎もわかっている、こんなことをしても不毛だと。
五人に背を向けると、早く行けと口にした。伊作が仙蔵に、さすがと声をかける。


「必ず救出する。」


文次郎の震える背中に五人は誓った。












黄昏時が空を支配しようとする頃、救出組は山田、土井の元に集まっていた。


「山田先生、土井先生。椿君をよろしく頼みます。その出城の存在も気になるところじゃが…現場の判断に任せます。」

「わかりました、学園長。必ず連れて帰ります。」

「では救出組はこれより出発します。先生方、留守をお願いします。」


こうして、利吉を先頭に救出組は森の中へ消えて行った。











椿が目を覚ました時に見たのは城のようなものだった。
まさか連れ戻されたか、と肝を冷やしたがそれとは違った。
見る限り、両側を岩壁に囲まれた谷の中に隠れるように作られた城だ。
普通はこんな場所に城は構えない。
逃げ場がない上に攻めこまれやすいからだ。


何の意味が?


あの男が絡んでいるため、卑劣な手段を使うであろうことは安易に想像できる。
しかし、父の狙いがわからない。

忍装束の男たちに連れてこられ、随分時が経った頃椿は部屋の中で両手を拘束され動けない状態であった。
部屋は小窓が一つしかなく薄暗い。
人の気配はないが、部屋の外には見張りがいるのだろう。

そこへ入ってきた忍姿の男の顔を見たとたん、椿は苦虫を噛み潰したようにその名を呼んだ。


「…桧山、これはどういうことだ?父上は何を考えている?」


桧山と呼ばれた男、身の丈六尺程の大男で特徴的な赤い髪の持ち主だ。
覆面から覗くその目は椿を蔑むように見ている。


「これはこれは椿サマ。お久しぶりですね。まさかあなたが忍術学園に忍び込んでいたとは驚きですよ。」

「答えろ!桧山!」


桧山は道化のような男だ。
まともな回答など聞けるはずもなかった。
ただ、椿は焦っていた。


椿サマ、あなたはご自分の立場がまるでわかってらっしゃらないようですね。お父上からしてみると、あなたはただの駒なのですよ?駒ならば、それ相応に役立って頂かないと。」

「父のために私に知らぬ男と婚儀を結べと言うのか。」


とたんに桧山は高笑いをする。
この慇懃無礼な男を睨むことしかできない自分に腹が立つ。


「あなたは勘違いをされているようですね。あなたの体は最早必要ない。欲しいのはあなたの持つ情報なのですよ。十分探ることができたでしょう?忍術学園の秘密を。」


忍術学園の秘密?何を言っている?


………そうか、父の狙いがわかった。
ならば、私にできることは忍術学園を守ること。
この男に良い思いはさせない。


「……わかった、話す。その前に教えて、神室はどうしたの?」


桧山は幼子に褒美をとらすかのような笑みを見せた。


「神室サンね、彼はあなたへの忠誠心がとても強いみたいなので、少々眠ってもらいましたよ。どうやら、隆光サマからの命令を受けていたようで、私にとっては邪魔なのでね。本当はあなたに来て頂いたのは予定外だったのですよ。神室サンは本当余計なことをしてくれましたよね。いっそのこと、消してしまいましょうか。」


隆光が、神室に……まだ希望はある。
桧山のお喋りのお陰で、大分今の状況が理解できた。
どうにかして神室に会わなければ、それには目の前のこの男をどう欺くかである。
簡単なことではない。


「……さぁ、もういいでしょ。さっさとお話ししてください。でないと、痛い目を見ますよ?」


顎を取られ間近に桧山の顔が迫る。
気持ちが悪い。
今すぐこの男を殴ってやりたい。

精一杯の抵抗、私は笑いながら言う。


「忍術学園の秘密などない。あったとしても、誰がお前なんかに喋るものか。」


その瞬間、右頬に弾けるような痛み。
殴られたと理解したのは、体が横に吹き飛んだ後だった。
桧山は冷たい目で椿を見下ろす。


「……さすが、良い度胸ですね。まぁ、時間はたっぷりありますからせいぜい頑張ってくださいね、お姫サマ。」


桧山は別の男数人を呼びつけ、何かを指示すると姿を消した。
男たちの冷たい目に体がぞくりと強張る。

だけど私は負けない。決して。











月が見守る静かな夜、忍術学園救出組は目的の出城を眼前に見据えていた。
長距離を走り続けたため、皆くたくたに疲れていた。
出城から離れた場所に陣を敷き、しばらくここで休憩を取る。

山田と利吉は六年生を連れ、敵地の偵察に出掛けている。
ふと、動く気配に気付き土井は声をかける。


「どうした乱太郎、眠れないのか?」

「はい、…椿さんのことを思うと…」


乱太郎はまだ彼女のことを気にしていた。不安を和らげるように頭を撫でる。

本当は不安で一杯なのは自分の方だ。
山本シナ先生を始め、他の先生方の証言、椿の所作、彼女を監視していたらしき男たち、そしてこの出城、少しずつ真相に向かうにつれ、心のざわつきは大きくなる。


「大丈夫だ、必ず椿さんを連れて忍術学園へ帰ろう。今は少しでも休んでおきなさい。」


乱太郎は安心したように笑って見せると、きり丸たちの元へ戻っていった。
それを見送ると土井は月を見上げる。
天上のそれは、欠け始めていた。

椿も今、月を見ているだろうか。
彼女が月に向かい、歌を歌っていた姿が思い起こされる。
今なら、彼女が月へ想いを託すのが自分にも理解できる。










やがて山田たちが戻ってきた。


「山田先生。」

「うむ、やはりドクタケやドクササコの者ではなかった。中に椿さんが囚われている可能性は高い。」

「中には忍ではない兵士の姿も見られます。見張りについていたのも兵士でした。」

「乱太郎たちが遭遇したと見られる忍が指揮を取っている模様です。」

「出城の南側は手薄になっています。そこからなら潜入しやすいでしょう。」

「ただ、出城自体はまだ未完成と思われる箇所が多々見受けられます。雑と言うか、手抜きと言うか…」

「火器など武器になるようなものも、見当たりません。攻めるにしても守るにしても、どうするつもりなのか…」

「…万全の体制とは思えません。」

「気になるのはやはり、その立地でしょうね。攻めてくれと言っているようなものです。」


土井は皆からの報告を聞いて疑問が浮かんだ。
それはこの場の誰もが不思議に思う矛盾だ。


「山田先生、これは……」

「そう、変なんだよ。見たところ奴らはまだ準備が整っていない。今椿さんを拐ったところで、我々と争うには時期尚早という感じだ。ただの誘拐目的でこんなものを建てるとも思えんしな。」

「私たちには都合がいいですがね。」


準備の整っていない敵陣地、椿を拐ったことで忍術学園が追ってくることは明白なはず。


一体何故?


「こうは考えられませんか?椿さんを餌に我々を誘っていると。」


利吉の言うことも十分考えられる。
椿が忍術学園を誘き出す餌ならば、あの時狙われたのは乱太郎たちの可能性もある。


「ということは、狙いは別にある可能性がありますね。」

「山田先生、もし奴らが忍術学園を狙っていることが本当だとしたら…?」

「その時は…わかるだろ?」


山田の言葉に全員が頷く。


「ではお前たちも休みなさい。ご苦労だったな。」


それぞれが椿の無事を祈りつつ、少しの間体を休める。


作戦開始まで、あとわずか。












小窓から差し込む月の光。
椿が目を覚ますと、あたりはすっかり闇に支配されていた。
唯一あの月だけが、優しく静かに浮かんでいた。

周りに人の気配はない。
あの忌々しい桧山も姿を現さずにいた。
本当に、私は父に取って使えない駒なんだろうな。
最初から捨てられていたんだ、今更何を惜しむことがあるだろう。

体がひどく痛む。
身動きが取れないほどに。

乱太郎たちは無事に忍術学園に帰れただろうか。
おばちゃんのお使い、行けなかったな。
皆にも心配かけちゃってるかな。
ごめんなさい。

一筋の涙が頬を伝って落ちた。


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