二章
あなたのお名前は?
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その日、一年は組の教室は明らかな異変があった。
子供が感じ取る些細な変化でも、忍の勘でもない。
目に見える形で、声のトーンで、或いは消耗品の数で、いつもとは明らかに違っていたのである。
そのためいつもは居眠りをするしんべぇでさえ、寝ることはなかった。
ヘムヘムの鐘の音と共に教室の戸が閉まるのを確認すると、自然と輪ができる。
「ねぇ、変だよね。」
「変!遅刻してくるし。」
「忘れ物するし。」
「授業の内容あべこべだし。」
「チョークが飛んで来ない。」
「こんなの、いつもの土井先生じゃない!」
全員の意見が一致する。
「変と言えば、六年生も変だった。」
「うん、朝食の時に見かけたけど、心ここに在らずというか。」
「魂抜けましたみたいな。」
「恐い顔してた。」
「七松先輩が大人しいんだ。」
「潮江先輩がギンギンじゃない。」
「それは絶対おかしい!」
「善法寺先輩が穴に落ちた。」
「それは…いつもかも。」
「何か訳がありそうだね。」
「何かって何?庄左ヱ門。」
「それは僕にだってわからない…だけど、」
「だけど?」
「山田先生なら知ってるかも。」
「そうだ!山田先生に聞きに行こう!」
「で、私のところに来たと言うのか?」
「はい、そうです。」
ランチを終え茶をすすっていた山田は、やれやれと大きなため息をつく。
一年は組が血相を変えて来たので何事かと思えば、呆れた話だった。
土井及び六年生の様子がおかしいのは気付いていたし、それが昨夜の出来事のせいだというのもわかっている。
あの時、山田土井以外にも複数の気配が彼女を囲んでいたが、その中に六年生もいたという訳だ。
しかし、
「それ、私も気になったなぁ。」
「椿さんもですか?」
「何があったんでしょうね?」
食堂でその話をしなくても良いだろう!と山田は頭を抱えた。
は組と椿は、どうしたものかと話し合っている。
原因はあなただと言いそうになるのをぐっと堪える。
椿に落ち度はない。
土井や六年生が勝手に惚れて、勝手に失恋した。
それだけの話だ。
「父上、こちらでしたか。」
「利吉さんだ。」
待っていたよ、利吉。
今日は良いタイミングで来たな。
は組の連中が、利吉が山田の息子でフリーの忍者でいかに凄いかを次々に椿に説明する。
「まぁ、山田先生の息子さんでしたか。今お茶をお持ちしますね。」
「いえ、お構い無く。それよりも今度私とお茶を飲みに行きませんか?ぜひあなたをお誘いしたい店があります。」
流石と言うか、抜け目がないと言うか、利吉は初対面の彼女を口説いている。
よくもまあ父親の前でそのようなことが言えるな。
聞かされるこっちの身にもなってみろ。
「それともどなたか特定のお相手でも?」
「え?いいえ、そんな、いませんけど。」
いくら利吉でも相手のいる女性は無理だろう……ん?今、なんて?……
「それだ!!」
思わず大声で叫んでしまったため、その場の誰もが驚いた顔で山田を見る。
だが、今の証言は使える。
この場に、は組がいたのは幸運だ。
「お前たち、今の話を聞いたか?」
「利吉さんとお茶飲みに行く話ですか?」
「お茶と言ったらお団子だよね。」
「お団子食べたーい!」
「だから、デートに行くってことでしょ。」
「えー!二人はお付き合いしてるのー?」
「じゃあ椿さんは山田先生の家にお嫁に行くんだ。」
「という事で、」
「おめでとうございまーす!」
食堂にげんこつの雨が降り注ぐ。
頭を押さえて痛がる一年は組。
「話が飛び過ぎだ!バカモノ!よいか、耳を貸せ。」
山田はは組を集めると円陣を組み、何やら話し始めた。
椿と利吉は訳がわからないと顔を見合わせる。
「…ともかく、あなたにお相手がいなかったのは幸運でした。ぜひ今度ご一緒させてください。」
「はい、そうですね、ぜひ。」
利吉は椿の笑顔に、学園に来る理由が増えたと感じた。
だが、ライバルは少なくないだろうな、例えば土井先生とか…この手の勘は一段と冴え渡る。
やがて、は組は山田の合図で元気に食堂を去って行った。
「あの、父上?」
「利吉ご苦労だったな。」
「?はぁ……忘れるところでした、父上。」
利吉は山田に耳打ちをする。
最後に家に帰るよう付け加えた。
「では私はこのことを学園長へ報告して参ります。椿さん、またあなたに会いに来ます。」
「はい、楽しみにしてます。」
利吉は笑みを見せるとその場を離れた。
そしてその後、学園中に椿さんは恋人募集中という噂が広がった。
「だから!話が飛び過ぎだってーの!」
夕食時、いつものように椿から御膳を受け取ると、土井は山田の隣に腰を下ろした。
手渡される時、彼女が満面の笑みで渡してくれたことが気になった。
ふと手元に目をやると、不自然なあることに気がつく。
煮物の中に練り物が入っていない。
食堂のおばちゃんが、煮物に練り物を入れないことがあっただろうか、いやない。
山田の御膳を盗み見るが、それは一際大きな存在感を放っていた。
まさか!
はっとして椿に目を向ける。
土井の視線に気付いた彼女は、先程と同じように微笑んだ。
椿が意図的に抜き取ったのだとわかった瞬間、彼女の気遣いに胸が熱くなる。
「ねぇ、土井先生元気になったみたいだね。」
「本当だ。ニコニコしてる。」
「山田先生の作戦が効いたんだね。」
山田の作戦の功績…ではなかったが、土井の様子に一年は組は安心した。
そこに嵐を呼ぶ男が近づくのに、気づきもせずに。
「三郎、本当に聞くの?」
「当たり前。だって一年は組だぞ?本人に直接聞かなきゃわかんないだろ。確かめたいこともあるし。」
「一年は組の噂は信憑性に欠ける、ね。」
三郎始め、五年生が食堂に入る。
朝とは違って穏やかな空気が流れていた。
カウンターで生徒に御膳を渡す彼女を見つけると、三郎は意気揚々と話しかけた。
「椿さん。」
「あ、三郎く…」
「椿さん、恋人募集中って本当?」
「え、あの何の事だか…」
「おっと、すみません。この場で聞くことではなかった。ただそれが本当なら俺、立候補してもいい?」
空気が凍る。
その僅かな変化を三郎は捕らえた。
なるほど、六年生全員に、土井先生まで…思った通り敵は多い。
三郎の突然の告白に、椿は顔を真っ赤にして困っている。
「いや、今のは忘れてください。あなたを狙う人たちへの宣戦布告だから。」
三郎の言葉に椿の顔が強張る。
椿は三郎の手を掴むと、ちょっと来てと外に駆け出した。
これは予想外だったのか、三郎は珍しく驚いた顔をしていた。
「あいつ…やりやがった。」
「モソ…宣戦布告。」
「だが、今のではっきりしたな。」
「お前たちが相手でも、私は負けないぞ。」
六年生も見事に復活をはたした。
「なんだかわからないけど、みんな元気になったみたい。」
「さすが山田先生!」
一年は組から尊敬の眼差しを浴び、隣の土井の不思議そうな視線を浴び、山田は盛大に咳払いをすると御膳を片付けその場をあとにした。
いや、逃げた。
「あとは知らん!勝手にやってろ!」
椿に連れ出された三郎は、日が落ちた暗がりの中でやや緊張していた。
だが顔に出すことはない。
椿は不安げな表情を見せていた。
「三郎君、あの…私を狙っている人って…知ってるの?」
「ああ、さっきはっきりした。だけど大丈夫。俺が椿さんを守るよ。」
「!ダメだよ!三郎君を危険な目に合わせられない!」
「椿さん、男はやらなきゃいけない時がある。大丈夫、心配しないで。」
三郎は照れ隠しに椿の頭を強めに撫でると、食堂へ帰って行った。
「三郎君…」
二人はこの会話が大きなすれ違いを起こしていたことに、今はまだ気付けずにいた。
子供が感じ取る些細な変化でも、忍の勘でもない。
目に見える形で、声のトーンで、或いは消耗品の数で、いつもとは明らかに違っていたのである。
そのためいつもは居眠りをするしんべぇでさえ、寝ることはなかった。
ヘムヘムの鐘の音と共に教室の戸が閉まるのを確認すると、自然と輪ができる。
「ねぇ、変だよね。」
「変!遅刻してくるし。」
「忘れ物するし。」
「授業の内容あべこべだし。」
「チョークが飛んで来ない。」
「こんなの、いつもの土井先生じゃない!」
全員の意見が一致する。
「変と言えば、六年生も変だった。」
「うん、朝食の時に見かけたけど、心ここに在らずというか。」
「魂抜けましたみたいな。」
「恐い顔してた。」
「七松先輩が大人しいんだ。」
「潮江先輩がギンギンじゃない。」
「それは絶対おかしい!」
「善法寺先輩が穴に落ちた。」
「それは…いつもかも。」
「何か訳がありそうだね。」
「何かって何?庄左ヱ門。」
「それは僕にだってわからない…だけど、」
「だけど?」
「山田先生なら知ってるかも。」
「そうだ!山田先生に聞きに行こう!」
「で、私のところに来たと言うのか?」
「はい、そうです。」
ランチを終え茶をすすっていた山田は、やれやれと大きなため息をつく。
一年は組が血相を変えて来たので何事かと思えば、呆れた話だった。
土井及び六年生の様子がおかしいのは気付いていたし、それが昨夜の出来事のせいだというのもわかっている。
あの時、山田土井以外にも複数の気配が彼女を囲んでいたが、その中に六年生もいたという訳だ。
しかし、
「それ、私も気になったなぁ。」
「椿さんもですか?」
「何があったんでしょうね?」
食堂でその話をしなくても良いだろう!と山田は頭を抱えた。
は組と椿は、どうしたものかと話し合っている。
原因はあなただと言いそうになるのをぐっと堪える。
椿に落ち度はない。
土井や六年生が勝手に惚れて、勝手に失恋した。
それだけの話だ。
「父上、こちらでしたか。」
「利吉さんだ。」
待っていたよ、利吉。
今日は良いタイミングで来たな。
は組の連中が、利吉が山田の息子でフリーの忍者でいかに凄いかを次々に椿に説明する。
「まぁ、山田先生の息子さんでしたか。今お茶をお持ちしますね。」
「いえ、お構い無く。それよりも今度私とお茶を飲みに行きませんか?ぜひあなたをお誘いしたい店があります。」
流石と言うか、抜け目がないと言うか、利吉は初対面の彼女を口説いている。
よくもまあ父親の前でそのようなことが言えるな。
聞かされるこっちの身にもなってみろ。
「それともどなたか特定のお相手でも?」
「え?いいえ、そんな、いませんけど。」
いくら利吉でも相手のいる女性は無理だろう……ん?今、なんて?……
「それだ!!」
思わず大声で叫んでしまったため、その場の誰もが驚いた顔で山田を見る。
だが、今の証言は使える。
この場に、は組がいたのは幸運だ。
「お前たち、今の話を聞いたか?」
「利吉さんとお茶飲みに行く話ですか?」
「お茶と言ったらお団子だよね。」
「お団子食べたーい!」
「だから、デートに行くってことでしょ。」
「えー!二人はお付き合いしてるのー?」
「じゃあ椿さんは山田先生の家にお嫁に行くんだ。」
「という事で、」
「おめでとうございまーす!」
食堂にげんこつの雨が降り注ぐ。
頭を押さえて痛がる一年は組。
「話が飛び過ぎだ!バカモノ!よいか、耳を貸せ。」
山田はは組を集めると円陣を組み、何やら話し始めた。
椿と利吉は訳がわからないと顔を見合わせる。
「…ともかく、あなたにお相手がいなかったのは幸運でした。ぜひ今度ご一緒させてください。」
「はい、そうですね、ぜひ。」
利吉は椿の笑顔に、学園に来る理由が増えたと感じた。
だが、ライバルは少なくないだろうな、例えば土井先生とか…この手の勘は一段と冴え渡る。
やがて、は組は山田の合図で元気に食堂を去って行った。
「あの、父上?」
「利吉ご苦労だったな。」
「?はぁ……忘れるところでした、父上。」
利吉は山田に耳打ちをする。
最後に家に帰るよう付け加えた。
「では私はこのことを学園長へ報告して参ります。椿さん、またあなたに会いに来ます。」
「はい、楽しみにしてます。」
利吉は笑みを見せるとその場を離れた。
そしてその後、学園中に椿さんは恋人募集中という噂が広がった。
「だから!話が飛び過ぎだってーの!」
夕食時、いつものように椿から御膳を受け取ると、土井は山田の隣に腰を下ろした。
手渡される時、彼女が満面の笑みで渡してくれたことが気になった。
ふと手元に目をやると、不自然なあることに気がつく。
煮物の中に練り物が入っていない。
食堂のおばちゃんが、煮物に練り物を入れないことがあっただろうか、いやない。
山田の御膳を盗み見るが、それは一際大きな存在感を放っていた。
まさか!
はっとして椿に目を向ける。
土井の視線に気付いた彼女は、先程と同じように微笑んだ。
椿が意図的に抜き取ったのだとわかった瞬間、彼女の気遣いに胸が熱くなる。
「ねぇ、土井先生元気になったみたいだね。」
「本当だ。ニコニコしてる。」
「山田先生の作戦が効いたんだね。」
山田の作戦の功績…ではなかったが、土井の様子に一年は組は安心した。
そこに嵐を呼ぶ男が近づくのに、気づきもせずに。
「三郎、本当に聞くの?」
「当たり前。だって一年は組だぞ?本人に直接聞かなきゃわかんないだろ。確かめたいこともあるし。」
「一年は組の噂は信憑性に欠ける、ね。」
三郎始め、五年生が食堂に入る。
朝とは違って穏やかな空気が流れていた。
カウンターで生徒に御膳を渡す彼女を見つけると、三郎は意気揚々と話しかけた。
「椿さん。」
「あ、三郎く…」
「椿さん、恋人募集中って本当?」
「え、あの何の事だか…」
「おっと、すみません。この場で聞くことではなかった。ただそれが本当なら俺、立候補してもいい?」
空気が凍る。
その僅かな変化を三郎は捕らえた。
なるほど、六年生全員に、土井先生まで…思った通り敵は多い。
三郎の突然の告白に、椿は顔を真っ赤にして困っている。
「いや、今のは忘れてください。あなたを狙う人たちへの宣戦布告だから。」
三郎の言葉に椿の顔が強張る。
椿は三郎の手を掴むと、ちょっと来てと外に駆け出した。
これは予想外だったのか、三郎は珍しく驚いた顔をしていた。
「あいつ…やりやがった。」
「モソ…宣戦布告。」
「だが、今のではっきりしたな。」
「お前たちが相手でも、私は負けないぞ。」
六年生も見事に復活をはたした。
「なんだかわからないけど、みんな元気になったみたい。」
「さすが山田先生!」
一年は組から尊敬の眼差しを浴び、隣の土井の不思議そうな視線を浴び、山田は盛大に咳払いをすると御膳を片付けその場をあとにした。
いや、逃げた。
「あとは知らん!勝手にやってろ!」
椿に連れ出された三郎は、日が落ちた暗がりの中でやや緊張していた。
だが顔に出すことはない。
椿は不安げな表情を見せていた。
「三郎君、あの…私を狙っている人って…知ってるの?」
「ああ、さっきはっきりした。だけど大丈夫。俺が椿さんを守るよ。」
「!ダメだよ!三郎君を危険な目に合わせられない!」
「椿さん、男はやらなきゃいけない時がある。大丈夫、心配しないで。」
三郎は照れ隠しに椿の頭を強めに撫でると、食堂へ帰って行った。
「三郎君…」
二人はこの会話が大きなすれ違いを起こしていたことに、今はまだ気付けずにいた。