1年生
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11.あの日々の残滓
蝉の鳴き声は相も変わらず煩い。
お盆休み。他の寮生に倣い実家に帰省したのはつい昨日のこと。
「………暑いなあ」
生まれ育った町を散歩…というのは私の柄ではないのだが、母親からお使いを頼まれてしまったので、嫌々ながら外に出ている。いくら日傘を通そうが、夏である以上日差しは強い。近所のスーパーマーケットまで、歩いて15分。最短ルートを通ればもっと早く着くのであろうが、それよりもいかに日陰が多いかでルートを選択してしまった結果、万年運動不足の私には永遠とも思える距離を歩く羽目になってしまった。果たして、どちらが正解だったのだろう。
だらだらと重い足取りで、ゆっくりと歩みを進める。すると、意図せずして随分と懐かしい場所に出てしまった。
「ここって…」
そこは、近所の野球場であった。
本来、私という人間がこの場所に縁があるはずもなく。ここに懐かしさを感じる理由なんて、やはり一つしかない。
「…変わらないなあ」
ここはよく、あの男が所属していたリトルリーグの練習場所になっていた。そして私は、いつも遠くからそれを眺めていた。
…それは、もうだいぶ昔のことのように思う。まあ実際には2年くらい前の話なので"だいぶ昔"と称するにはいささか年季が足りない気もするが、人間の記憶なんてものは無意識にどうとでも改竄されるし、実際どれくらい前の出来事なのかなんてのはさして重要ではないのだろう。結局記憶というのは主観でしかない。
「……………」
ここまで来てしまったのも何かの縁か。私は記憶をなぞり、かつての特等席へと向かった。名も知らぬ広葉樹の下に置かれた木製のベンチ。ここからフェンス越しに彼を眺めるのが、中学二年生までの私の密かな日課だった。
「相変わらず遠いなあ」
ここから見える彼は、いつだって豆粒のように小さかった。チームの関係者でもなければ誰かの友人でもない私が堂々と敷地に入れるわけもなく。またこちらとしても相手に存在を認識されたくない一心で極力遠い場所を探した結果、私の特等席はこのベンチに落ち着いた。
折角なので、昔のように座ってみる。特段記憶と変わらない視界。若干ぼやけて見え辛くなっている気がするのは、私の視力が悪くなったからだろうか。高校生ながら、既に身体の衰えを感じる。
…いや、見えようが見えまいが、もう何の意味もない。あんなにキラキラと輝いていた彼は、もう世界中何処を探したって存在しないのだから。
「よくまあ、こんな場所に何年も通い続けたこと」
暑い日も寒い日も、あの男が練習していた日はいつだってここから見ていた。今思えばストーカーも甚だしいのだが、これだけ距離を取っていたのだから多少は大目に見て欲しい。野球のルールなんて全くわからないし、覚える程の興味もなかったが、純粋に荒北靖友が楽しそうに笑って、頑張っている姿を見るのが幸せだった。一生、見続けていたかった。
「…なんて、私が簡単に言っていい言葉ではないか」
きっとそれを何よりも望んでいたのは、荒北靖友自身だ。私如きが軽々しく言っていいものではない。
「はあ、それにしても暑い」
夏は嫌いだ。好き好んでこんな場所に長時間いる必要も、今となっては全くない。早いところ用事を済ませて、さっさと家に帰らなくては。
立ち上がり、もう一度だけ野球場を眺める。
ゆらりゆらりと揺らぐ陽炎とともに、かつてのあの光景が浮かんだような気がしたが、それも直ぐに消えた。
蝉の鳴き声は相も変わらず煩い。
お盆休み。他の寮生に倣い実家に帰省したのはつい昨日のこと。
「………暑いなあ」
生まれ育った町を散歩…というのは私の柄ではないのだが、母親からお使いを頼まれてしまったので、嫌々ながら外に出ている。いくら日傘を通そうが、夏である以上日差しは強い。近所のスーパーマーケットまで、歩いて15分。最短ルートを通ればもっと早く着くのであろうが、それよりもいかに日陰が多いかでルートを選択してしまった結果、万年運動不足の私には永遠とも思える距離を歩く羽目になってしまった。果たして、どちらが正解だったのだろう。
だらだらと重い足取りで、ゆっくりと歩みを進める。すると、意図せずして随分と懐かしい場所に出てしまった。
「ここって…」
そこは、近所の野球場であった。
本来、私という人間がこの場所に縁があるはずもなく。ここに懐かしさを感じる理由なんて、やはり一つしかない。
「…変わらないなあ」
ここはよく、あの男が所属していたリトルリーグの練習場所になっていた。そして私は、いつも遠くからそれを眺めていた。
…それは、もうだいぶ昔のことのように思う。まあ実際には2年くらい前の話なので"だいぶ昔"と称するにはいささか年季が足りない気もするが、人間の記憶なんてものは無意識にどうとでも改竄されるし、実際どれくらい前の出来事なのかなんてのはさして重要ではないのだろう。結局記憶というのは主観でしかない。
「……………」
ここまで来てしまったのも何かの縁か。私は記憶をなぞり、かつての特等席へと向かった。名も知らぬ広葉樹の下に置かれた木製のベンチ。ここからフェンス越しに彼を眺めるのが、中学二年生までの私の密かな日課だった。
「相変わらず遠いなあ」
ここから見える彼は、いつだって豆粒のように小さかった。チームの関係者でもなければ誰かの友人でもない私が堂々と敷地に入れるわけもなく。またこちらとしても相手に存在を認識されたくない一心で極力遠い場所を探した結果、私の特等席はこのベンチに落ち着いた。
折角なので、昔のように座ってみる。特段記憶と変わらない視界。若干ぼやけて見え辛くなっている気がするのは、私の視力が悪くなったからだろうか。高校生ながら、既に身体の衰えを感じる。
…いや、見えようが見えまいが、もう何の意味もない。あんなにキラキラと輝いていた彼は、もう世界中何処を探したって存在しないのだから。
「よくまあ、こんな場所に何年も通い続けたこと」
暑い日も寒い日も、あの男が練習していた日はいつだってここから見ていた。今思えばストーカーも甚だしいのだが、これだけ距離を取っていたのだから多少は大目に見て欲しい。野球のルールなんて全くわからないし、覚える程の興味もなかったが、純粋に荒北靖友が楽しそうに笑って、頑張っている姿を見るのが幸せだった。一生、見続けていたかった。
「…なんて、私が簡単に言っていい言葉ではないか」
きっとそれを何よりも望んでいたのは、荒北靖友自身だ。私如きが軽々しく言っていいものではない。
「はあ、それにしても暑い」
夏は嫌いだ。好き好んでこんな場所に長時間いる必要も、今となっては全くない。早いところ用事を済ませて、さっさと家に帰らなくては。
立ち上がり、もう一度だけ野球場を眺める。
ゆらりゆらりと揺らぐ陽炎とともに、かつてのあの光景が浮かんだような気がしたが、それも直ぐに消えた。
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