1年生
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09.夏の匂いがした
チャイムと同時に教室に響き渡る教師の声。ガタガタと机の揺れる音が騒がしい。回収されて行く用紙と興奮した様子のクラスメイトを尻目に、私はひとり、机に伏していた。
「…ね、眠い……」
前期期末考査最終日。
私の地獄の徹夜週間が終わりを迎えた瞬間であった。
×××××
「各教科の採点が終わり次第結果発表になるから、お前ら心しておけよー」
そう言った教師の言葉は、恐らく生徒の誰にも届いていない。学生である以上切っても切れない関係にある忌々しい考査試験から解放され、皆それどころではないからだ。今回は期末試験ということで教科数も多く、それに比例して期間も長かったことから喜びもひとしおだ。
「(部屋戻ったらお布団で寝る……もう机と椅子はこりごりだ……)」
今回も安定の一夜漬けであった。こればかりは完全に自業自得なのだが、もう完全にお家芸といった感じである。だって毎日コツコツとか、私の一番苦手な分野じゃないですか、ねえ。
「(部活早く終わるかな…終わるよね…)」
今日は簡単なミーティングだけすると、事前に部の連絡網で回ってきている。私としては一刻も早く寮に帰りたいところであるが、部員である以上仕方のないことだ。
「(時期的に考えると議題は文化祭関係かな、それとももうコンクールに向けて動き始めるのか…いずれにせよ、一筋縄ではいかなそうな内容だなあ)」
あと1週間もすれば夏休みだ。肌寒かったはずの夏服も、今ではすっかり快適、むしろ暑くて脱ぎ捨てたいくらいである。ついに学校や寮内にもクーラーが稼働し始めた。とはいえ一度廊下に出てしまえばクーラーの恩恵なんてものは関係ない。少し動けばすぐにうなじに汗が浮かぶし、暑がりな私は日に日に動きが緩慢になっている。
「だる…」
教室を出て、あまりの蒸し暑さに思わず心の声が漏れる。
気付けば季節は、こんなにも夏になっていた。
×××××
「ジャンルどうします?」
「小道具とか衣装とか考えると、ファンタジーとか時代劇とかは避けるべきだと思う」
「確かに」
「人数は…」
部活のミーティングは予想通り、夏休み明けに予定されている文化祭のステージ発表で行う演目についてだった。活発に議論が交わされる中、私はぼんやりとそのやりとりを眺めている。
「毎年文化祭は新人のお披露目って意味合いも込めて1年生のみのキャストでやるんだよね」
「つまり今年は5人だから、台本もその想定で探してね」
「え、裏方志望も出るんですか」
「お披露目だからね」
私が眠気と戦っているうちに、話はどんどん進んでいく。いや、寝てないよ、少しぼーっとしてるだけ。目はかろうじて開いている…はず。
「まあセリフ1つのちょい役でも構わないし、そこらへんは1年生に任せるわ」
「演出とかも基本は1年生だけでやってもらうから。勿論必要に応じて私たちも口は出すけど」
「まあ今年は経験者いるし大丈夫でしょ、ね、樒原ちゃん」
「え、あ、頑張ります」
気を抜いてたら名前が挙がったので慌てて返事をする。自分でもクズだと思うが正直早く帰って寝たい。むしろ皆何故そんなに元気なのか問い質したい…と思ったが、すぐに他の人は徹夜なんかしていないという事実に気付いたので大人しく黙ることにした。うん、自分が悪い。
「長さは概ね30分くらいね」
「もちろん公序良俗に反するものはダメだよ」
先輩方の言う諸々の条件を頑張ってノートに書き留める。ところどころミミズが這ったような字になってるが見ないふりをする。
「じゃあ各自次の部活の活動日までに、今挙がった条件に合う台本を探してくるってことでいいかな」
一通り出揃ったところで部長が〆の言葉を掛ける。口々に了解の意を示し、そこでようやくミーティングは終了した。よくぞ耐えた、私。
「樒原ちゃん、途中まで一緒に帰ろ」
「あ、はい」
皆が帰り支度をする中、後ろから声を掛けられる。同級生の鈴木さんと高橋さんは、同じ部活ということでクラスは違うが比較的仲良くさせていただいている。私みたいな根暗にも気さくに話しかけてくださるあたり、とても人間が出来ている人たちだと思う。いやはやありがたい。
「佐藤くんと伊藤さんは図書館寄って帰るんだって」
「えー、せっかくテスト終わったんだから早く帰ればいいのに」
「台本探しにいくんじゃないかなあ、まあ今日じゃなくてもとは思うけど」
「樒原ちゃんって図書委員じゃなかったっけ、どう?台本とかって図書館にある?」
「ああ…あるにはありますけど、シェイクスピアとかばかりで現代物はあまりなかった印象ですね」
「そっかあ」
難しいよねー、とそんなことを話しながら帰路に着く。ジリジリとまではいかないものの、確実に太陽にうなじを焼かれている感覚がある。汗が吹き出る。疲れた。
「暑いねー…」
「ですね…」
二人も根っからのインドア派らしく、私と同じようにこの気温に辟易としているようだった。三人の足取りは明らかに重い。せめて日陰があれば良いものの、残念ながらこの一本道は見渡す限り日向だ。
「ねえ、コンビニ寄らない?」
勿論反対する者はいなかった。幸い学校からの長い坂の麓には、箱学生御用達のコンビ二がある。
「でも提案しといてなんだけど、樒原ちゃんが乗ってくるとは思わなかったわ」
「ええ、何故ですか」
「いや、なんか買い食いとかしなそうだもん」
「それすごいわかる。樒原ちゃんってお嬢ぽいもん、送迎付いてそう」
「いやいや、そんな漫画じゃあるまいし…」
むしろ私ほど買い食い愛に満ち溢れてる女はそうそういないと思う。寮までの道中空腹とか耐えられないし、コンビニの新商品とか大好きだし……というのは、さすがに女として恥ずかしいので大声では言わないが。
「うわあ〜極楽」
コンビニの冷気にうっとりしながらアイスを選ぶ。あ、これ見たことない。
「てかさ、あいも変わらず先輩方バチバチだったよね」
「鈴木もそう思った?」
「思うに決まってんじゃん、毎度のことだけど仲悪すぎだよね〜気まずいからやめてほしいわ」
「え、そうなんですか」
アイス選びの片手間に話を聞いてたら、寝耳に水な話題が飛び出してきた。うんうんと頷きあっている二人に思わず聞き返すと、二人は呆気にとられたように私を見た。
「樒原ちゃん気付いてなかったの」
「どんだけ鈍感なのさ、逆にすごいわ」
「あはは…」
いやまあミーティング半分寝てましたからとは言えない。しかしこれまでを遡ってみても先輩方にそのような感想を抱いたことはないので、やっぱり彼女らの言う通り私は鈍感なのかもしれない。
レジに並びながらも話は続く。
「部長副部長と、その他先輩方…って感じで派閥できてんだよね。去年のコンクールで演出してた先輩と舞台監督してた部長が死ぬほど喧嘩したんだって」
「ああ…」
理由を聞いて納得した。演出と舞台監督が衝突するのは演劇をしている以上避けて通れないイベントだと思うので、気持ちはわからなくもない。でもってその演目の期間が終わってもその関係が修復できないというのも、よくある話だ。 …それに巻き込まれる側としては、たまったものではないが。
「みーんな単体で絡むといい人なんだけどね」
ねー、と揃う声に合わせアイスの袋を開けた。
自動ドアを出た瞬間に舞い戻ってきた熱気が、アイスの冷気でやや緩和される。ああ、美味しそう。
「おっ、樒原ちゃんもしやチョコミン党ー?」
「そうなんですよ、新商品ぽかったのでつい。二人はチョコミントお嫌いですか?」
「うーん、私は普通かなあ」
「私は割と好きだけど、チョコミント味って、モノによってはガチで歯磨き粉っぽいのあるよね。当たり外れあるっていうか」
「あーありますね、チョコミン党としてはそれもまた良しって感じですけど」
他愛もない話を繰り広げながら、私達は再び歩みを進める。アイスのお陰で足取りは軽快だ。
「意外に文化祭まで日ないから計画的に行かなきゃだよねー」
「ま、明日からでいいでしょ。頼りにしてます樒原先生」
「やめてくださいよお」
先生呼びに苦言を呈したところで分かれ道がきた。寮生の私はここで二人と別れなければならない。
「では、また明日」
手を振って見送る。徐々に小さくなる彼女らの後ろ姿を見つめながら、ぼんやり感慨に耽る。
「…今日の私、すごい女子高生っぽかった」
未だ嘗てない下校だった。友達が少なく基本単独行動が多い私にとって、こんなに喋ったのは本当に久しぶりである。
「貴重な経験だなあ…」
改めて彼女らには感謝しなくては…と、着々と溶けていくアイスを片手にそんなことを考える。
うん…とりあえず、早く帰って寝よう。
チャイムと同時に教室に響き渡る教師の声。ガタガタと机の揺れる音が騒がしい。回収されて行く用紙と興奮した様子のクラスメイトを尻目に、私はひとり、机に伏していた。
「…ね、眠い……」
前期期末考査最終日。
私の地獄の徹夜週間が終わりを迎えた瞬間であった。
×××××
「各教科の採点が終わり次第結果発表になるから、お前ら心しておけよー」
そう言った教師の言葉は、恐らく生徒の誰にも届いていない。学生である以上切っても切れない関係にある忌々しい考査試験から解放され、皆それどころではないからだ。今回は期末試験ということで教科数も多く、それに比例して期間も長かったことから喜びもひとしおだ。
「(部屋戻ったらお布団で寝る……もう机と椅子はこりごりだ……)」
今回も安定の一夜漬けであった。こればかりは完全に自業自得なのだが、もう完全にお家芸といった感じである。だって毎日コツコツとか、私の一番苦手な分野じゃないですか、ねえ。
「(部活早く終わるかな…終わるよね…)」
今日は簡単なミーティングだけすると、事前に部の連絡網で回ってきている。私としては一刻も早く寮に帰りたいところであるが、部員である以上仕方のないことだ。
「(時期的に考えると議題は文化祭関係かな、それとももうコンクールに向けて動き始めるのか…いずれにせよ、一筋縄ではいかなそうな内容だなあ)」
あと1週間もすれば夏休みだ。肌寒かったはずの夏服も、今ではすっかり快適、むしろ暑くて脱ぎ捨てたいくらいである。ついに学校や寮内にもクーラーが稼働し始めた。とはいえ一度廊下に出てしまえばクーラーの恩恵なんてものは関係ない。少し動けばすぐにうなじに汗が浮かぶし、暑がりな私は日に日に動きが緩慢になっている。
「だる…」
教室を出て、あまりの蒸し暑さに思わず心の声が漏れる。
気付けば季節は、こんなにも夏になっていた。
×××××
「ジャンルどうします?」
「小道具とか衣装とか考えると、ファンタジーとか時代劇とかは避けるべきだと思う」
「確かに」
「人数は…」
部活のミーティングは予想通り、夏休み明けに予定されている文化祭のステージ発表で行う演目についてだった。活発に議論が交わされる中、私はぼんやりとそのやりとりを眺めている。
「毎年文化祭は新人のお披露目って意味合いも込めて1年生のみのキャストでやるんだよね」
「つまり今年は5人だから、台本もその想定で探してね」
「え、裏方志望も出るんですか」
「お披露目だからね」
私が眠気と戦っているうちに、話はどんどん進んでいく。いや、寝てないよ、少しぼーっとしてるだけ。目はかろうじて開いている…はず。
「まあセリフ1つのちょい役でも構わないし、そこらへんは1年生に任せるわ」
「演出とかも基本は1年生だけでやってもらうから。勿論必要に応じて私たちも口は出すけど」
「まあ今年は経験者いるし大丈夫でしょ、ね、樒原ちゃん」
「え、あ、頑張ります」
気を抜いてたら名前が挙がったので慌てて返事をする。自分でもクズだと思うが正直早く帰って寝たい。むしろ皆何故そんなに元気なのか問い質したい…と思ったが、すぐに他の人は徹夜なんかしていないという事実に気付いたので大人しく黙ることにした。うん、自分が悪い。
「長さは概ね30分くらいね」
「もちろん公序良俗に反するものはダメだよ」
先輩方の言う諸々の条件を頑張ってノートに書き留める。ところどころミミズが這ったような字になってるが見ないふりをする。
「じゃあ各自次の部活の活動日までに、今挙がった条件に合う台本を探してくるってことでいいかな」
一通り出揃ったところで部長が〆の言葉を掛ける。口々に了解の意を示し、そこでようやくミーティングは終了した。よくぞ耐えた、私。
「樒原ちゃん、途中まで一緒に帰ろ」
「あ、はい」
皆が帰り支度をする中、後ろから声を掛けられる。同級生の鈴木さんと高橋さんは、同じ部活ということでクラスは違うが比較的仲良くさせていただいている。私みたいな根暗にも気さくに話しかけてくださるあたり、とても人間が出来ている人たちだと思う。いやはやありがたい。
「佐藤くんと伊藤さんは図書館寄って帰るんだって」
「えー、せっかくテスト終わったんだから早く帰ればいいのに」
「台本探しにいくんじゃないかなあ、まあ今日じゃなくてもとは思うけど」
「樒原ちゃんって図書委員じゃなかったっけ、どう?台本とかって図書館にある?」
「ああ…あるにはありますけど、シェイクスピアとかばかりで現代物はあまりなかった印象ですね」
「そっかあ」
難しいよねー、とそんなことを話しながら帰路に着く。ジリジリとまではいかないものの、確実に太陽にうなじを焼かれている感覚がある。汗が吹き出る。疲れた。
「暑いねー…」
「ですね…」
二人も根っからのインドア派らしく、私と同じようにこの気温に辟易としているようだった。三人の足取りは明らかに重い。せめて日陰があれば良いものの、残念ながらこの一本道は見渡す限り日向だ。
「ねえ、コンビニ寄らない?」
勿論反対する者はいなかった。幸い学校からの長い坂の麓には、箱学生御用達のコンビ二がある。
「でも提案しといてなんだけど、樒原ちゃんが乗ってくるとは思わなかったわ」
「ええ、何故ですか」
「いや、なんか買い食いとかしなそうだもん」
「それすごいわかる。樒原ちゃんってお嬢ぽいもん、送迎付いてそう」
「いやいや、そんな漫画じゃあるまいし…」
むしろ私ほど買い食い愛に満ち溢れてる女はそうそういないと思う。寮までの道中空腹とか耐えられないし、コンビニの新商品とか大好きだし……というのは、さすがに女として恥ずかしいので大声では言わないが。
「うわあ〜極楽」
コンビニの冷気にうっとりしながらアイスを選ぶ。あ、これ見たことない。
「てかさ、あいも変わらず先輩方バチバチだったよね」
「鈴木もそう思った?」
「思うに決まってんじゃん、毎度のことだけど仲悪すぎだよね〜気まずいからやめてほしいわ」
「え、そうなんですか」
アイス選びの片手間に話を聞いてたら、寝耳に水な話題が飛び出してきた。うんうんと頷きあっている二人に思わず聞き返すと、二人は呆気にとられたように私を見た。
「樒原ちゃん気付いてなかったの」
「どんだけ鈍感なのさ、逆にすごいわ」
「あはは…」
いやまあミーティング半分寝てましたからとは言えない。しかしこれまでを遡ってみても先輩方にそのような感想を抱いたことはないので、やっぱり彼女らの言う通り私は鈍感なのかもしれない。
レジに並びながらも話は続く。
「部長副部長と、その他先輩方…って感じで派閥できてんだよね。去年のコンクールで演出してた先輩と舞台監督してた部長が死ぬほど喧嘩したんだって」
「ああ…」
理由を聞いて納得した。演出と舞台監督が衝突するのは演劇をしている以上避けて通れないイベントだと思うので、気持ちはわからなくもない。でもってその演目の期間が終わってもその関係が修復できないというのも、よくある話だ。 …それに巻き込まれる側としては、たまったものではないが。
「みーんな単体で絡むといい人なんだけどね」
ねー、と揃う声に合わせアイスの袋を開けた。
自動ドアを出た瞬間に舞い戻ってきた熱気が、アイスの冷気でやや緩和される。ああ、美味しそう。
「おっ、樒原ちゃんもしやチョコミン党ー?」
「そうなんですよ、新商品ぽかったのでつい。二人はチョコミントお嫌いですか?」
「うーん、私は普通かなあ」
「私は割と好きだけど、チョコミント味って、モノによってはガチで歯磨き粉っぽいのあるよね。当たり外れあるっていうか」
「あーありますね、チョコミン党としてはそれもまた良しって感じですけど」
他愛もない話を繰り広げながら、私達は再び歩みを進める。アイスのお陰で足取りは軽快だ。
「意外に文化祭まで日ないから計画的に行かなきゃだよねー」
「ま、明日からでいいでしょ。頼りにしてます樒原先生」
「やめてくださいよお」
先生呼びに苦言を呈したところで分かれ道がきた。寮生の私はここで二人と別れなければならない。
「では、また明日」
手を振って見送る。徐々に小さくなる彼女らの後ろ姿を見つめながら、ぼんやり感慨に耽る。
「…今日の私、すごい女子高生っぽかった」
未だ嘗てない下校だった。友達が少なく基本単独行動が多い私にとって、こんなに喋ったのは本当に久しぶりである。
「貴重な経験だなあ…」
改めて彼女らには感謝しなくては…と、着々と溶けていくアイスを片手にそんなことを考える。
うん…とりあえず、早く帰って寝よう。