1年生
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04.売られた喧嘩は高値で買います
ぼんやりと漂う雲を目で追う。鮮やかなバックの青が眩しくて、私は思わず目を細めた。
「……………」
この春に始まった高校生活にも、もうだいぶ慣れた。新しい制服、新しいクラス、新しい友達。友達に関しては現在進行形であまり出来ていないのがやや残念ではあるが、他に危惧すべき事柄は特にこれといってない。私の高校生活は、順風満帆とまではいかなくとも、概ね問題なく進んでいた。
生い茂る緑の葉。柔らかな日差し。今の所問題ないが、あと二時間くらいでこの席にも刺すような眩しい光が入り込んでくるだろう。日差しは肌への天敵だ。この時期は油断しがちだが、私はただでさえ色黒なのだから気をつけなければいけない。次の休み時間はカーテンを閉めよう…そう心に決めながら、しかしそのぽかぽかした気持ち良さに早々に決意が鈍る。あー、何でこんなに日なたって気持ちいいのだろうか。あーー………
……………
………
「…樒原。そうも堂々と寝られると、怒る気も失せるんだが」
「……………」
「…コラ!樒原!聞いてるのか!」
「………アー、はい?はい」
聞こえてきた自分の名前に顔を上げる。気づけば、目の前に数学科教師が鬼の形相で立っていた。ジーザス。
×××××
「全くお前は!何なんだ!?」
「……はあ」
放課後、職員室の一角で雷が落ちた。それは現在進行形で目の前にいる1年D組の担任、まあすなわち私のクラスの担任教師によって引き起こされた。
「ヤル気がないのか!?ここ最近まともに授業を受けてる日を見ないんだが!?」
ええと、なんていうか。私は呼び出しをくらっていた。
「今日も一日中寝てたんだろ!?」
「いやそんなあ、一日中は盛りすぎですよお」
「現時点で数学と英語と世界史と古典の先生から苦情が来てる!でもってお前俺の現国でも寝てただろ!」
「体育はきちんと参加しました」
「体育でも寝ていたらさすがに病院行かせるからな!?」
まるでコントである。いいツッコミです先生、と内心思ったがもちろん口には出さなかった。火に油を注ぐのが目に見えている。
私がいつまでも弁解をしないせいか、先生は怒り顔から急に呆れたような、心配そうな顔になった。
「……何だ?夜眠れないのか?」
「いえ、夜はぐっすり寝てます。熟睡です」
「じゃああれか?何か悩み事とか…」
「いえ、特にはないですかねえ」
「……………」
先生が項垂れてしまった…なんだか流石に申し訳なくなってしまう。しかしないものはないので嘘は言えない。どうしたものか。
「いやあ、なんと言いますか。昔から人より睡眠時間が必要な傾向にあるというか…ええ、昔から」
「中学のときからか」
「治そうとは思ってるんですけどお、なかなか。すみません」
…本当はあんまり思ってないけども。とりあえず一応それらしく謝ってみると、先生は難しい顔をした。
「そうは言っても、お前なあ。来週には中間テストなんだぞ、勉強は大丈夫なのか」
「ええと、まあ、あんまり良くはないですけど」
自慢じゃないが全く勉強はしていない。完全に一夜漬けで頑張る予定だった。
えへへ、と私が苦し紛れに笑っていると、後ろからなんとも嫌味ったらしい声が聞こえてきた。
「全く…今年の横浜出身はロクな奴がいないな」
「……はあ」
その発言の意図を知りたくて後ろを向くと、そこには中年の男性教師が立っていた。確か男子の体育担当の…誰だっけ。顔は見たことあるのだが、名前が思い出せない。
「…えっと、どういう意味ですか?」
私はそう男に問いかけるが、男はそれを無視して一人ぼやく。
「まあ呼び出してきちんと来るあたり、お前の方がまだマシか………」
「ああ、荒北ですか」
担任教師の納得したような声。目の前の男から発せられた単語に、私は一瞬息を止めた。そして気付く。
この男は、1年A組…つまり、荒北靖友の担任教師だ。
「呼び出しても無視するし、授業はサボるし…とんでもない不良だよアイツは」
「荒北にはもう何をしたって無駄じゃないですか」
「まあ、俺もアイツには期待はしてないがな」
目の前で次々と言葉を交わす教師たち。その嘲笑混じりの声に、私は自分の心がふつふつと煮え滾っていくのがわかった。なんだこいつら。
「(…荒北くんの事、なにも知らないくせに)」
そのとき、頭の中に唐突に浮かんだ言葉。中学3年生の、職員室での担任教師との会話。
ーーー『アイツのことも、よろしくな』
「(あ…)」
あの時の言葉が、実感を伴って私を襲う。ああ、あの言葉はこういうことを言っていたのだろうか。彼の過去を知らない奴ら、彼の上辺だけしか見ようとしない奴らから、彼を守れるのは、知っている私だけだと。あのとき先生はそう言いたかったのだろうか。
「……荒北くんのこと、悪く言わないでください」
そう気付いた時には、既に私の口は動いていた。まさか私から反論が来るとは思わなかったのか、目の前の教師ふたりは驚いた顔でこちらを見ている。
「…樒原?」
「荒北くんは私なんかより、それこそ他の生徒なんかよりもずっとずっとすごい人です。簡単に見える上辺だけで、彼を評価するのはやめてください」
一度開いた口は、中々閉じない。私は捲し立てるように言葉を紡いだ。
「確かに彼は、今はどうしようもない不良かもしれませんけど、でも、本当はすごい人なんです。彼の可能性を勝手に見限るのはやめてください」
荒北靖友は、私のたったひとりのヒーローなのだ。
「……………」
「……それだけです。すみません、大きな口を叩いてしまって。失礼します」
「あ、おい待て樒原…」
「テストの件は、今から勉強します。今年の横浜勢はろくでもない奴だなんて言われてしまっては、出身中学の先生や後輩にも示しがつきませんから」
唖然とする教師の顔と、しんと静まった職員室の空気。私は居た堪れなくなって、早口で謝罪し踵を返した。担任は私を引き止めたが、怒られるのも嫌だったので半ばやけくそで言葉を付け足した。完全に言い逃げである。
「……………」
バタン、と職員室の扉が閉まる音を聞いて、私はようやく冷静になった。そして後悔した。
「(やってしまった……!)」
やばい、やばいやばいやばい。私は仮にも教師に、なんて啖呵を切ってしまったのだろうか。これでは心証最悪ではないか。今後の生活終わったな、内申的な意味で。ああ、なんてことだ。
「……はあ…」
とりあえず、今の私にできることは勉強しかない。幸い部活は考査前で休みだし、学校帰りに遊ぶような友達も悲しいことにいない。そう、今日から私の友達は勉強、君だ。頑張ろう。これぞ背水の陣。頑張れ私。
ひとつ深呼吸、よし、少し落ち着いた。
「…あいつら、絶対見返してやる」
完全に自己満足でしかないけれど。
彼を守れるのは私だけなのだから。
「…勉強しよ」
中間考査まで、あと6日。
ぼんやりと漂う雲を目で追う。鮮やかなバックの青が眩しくて、私は思わず目を細めた。
「……………」
この春に始まった高校生活にも、もうだいぶ慣れた。新しい制服、新しいクラス、新しい友達。友達に関しては現在進行形であまり出来ていないのがやや残念ではあるが、他に危惧すべき事柄は特にこれといってない。私の高校生活は、順風満帆とまではいかなくとも、概ね問題なく進んでいた。
生い茂る緑の葉。柔らかな日差し。今の所問題ないが、あと二時間くらいでこの席にも刺すような眩しい光が入り込んでくるだろう。日差しは肌への天敵だ。この時期は油断しがちだが、私はただでさえ色黒なのだから気をつけなければいけない。次の休み時間はカーテンを閉めよう…そう心に決めながら、しかしそのぽかぽかした気持ち良さに早々に決意が鈍る。あー、何でこんなに日なたって気持ちいいのだろうか。あーー………
……………
………
「…樒原。そうも堂々と寝られると、怒る気も失せるんだが」
「……………」
「…コラ!樒原!聞いてるのか!」
「………アー、はい?はい」
聞こえてきた自分の名前に顔を上げる。気づけば、目の前に数学科教師が鬼の形相で立っていた。ジーザス。
×××××
「全くお前は!何なんだ!?」
「……はあ」
放課後、職員室の一角で雷が落ちた。それは現在進行形で目の前にいる1年D組の担任、まあすなわち私のクラスの担任教師によって引き起こされた。
「ヤル気がないのか!?ここ最近まともに授業を受けてる日を見ないんだが!?」
ええと、なんていうか。私は呼び出しをくらっていた。
「今日も一日中寝てたんだろ!?」
「いやそんなあ、一日中は盛りすぎですよお」
「現時点で数学と英語と世界史と古典の先生から苦情が来てる!でもってお前俺の現国でも寝てただろ!」
「体育はきちんと参加しました」
「体育でも寝ていたらさすがに病院行かせるからな!?」
まるでコントである。いいツッコミです先生、と内心思ったがもちろん口には出さなかった。火に油を注ぐのが目に見えている。
私がいつまでも弁解をしないせいか、先生は怒り顔から急に呆れたような、心配そうな顔になった。
「……何だ?夜眠れないのか?」
「いえ、夜はぐっすり寝てます。熟睡です」
「じゃああれか?何か悩み事とか…」
「いえ、特にはないですかねえ」
「……………」
先生が項垂れてしまった…なんだか流石に申し訳なくなってしまう。しかしないものはないので嘘は言えない。どうしたものか。
「いやあ、なんと言いますか。昔から人より睡眠時間が必要な傾向にあるというか…ええ、昔から」
「中学のときからか」
「治そうとは思ってるんですけどお、なかなか。すみません」
…本当はあんまり思ってないけども。とりあえず一応それらしく謝ってみると、先生は難しい顔をした。
「そうは言っても、お前なあ。来週には中間テストなんだぞ、勉強は大丈夫なのか」
「ええと、まあ、あんまり良くはないですけど」
自慢じゃないが全く勉強はしていない。完全に一夜漬けで頑張る予定だった。
えへへ、と私が苦し紛れに笑っていると、後ろからなんとも嫌味ったらしい声が聞こえてきた。
「全く…今年の横浜出身はロクな奴がいないな」
「……はあ」
その発言の意図を知りたくて後ろを向くと、そこには中年の男性教師が立っていた。確か男子の体育担当の…誰だっけ。顔は見たことあるのだが、名前が思い出せない。
「…えっと、どういう意味ですか?」
私はそう男に問いかけるが、男はそれを無視して一人ぼやく。
「まあ呼び出してきちんと来るあたり、お前の方がまだマシか………」
「ああ、荒北ですか」
担任教師の納得したような声。目の前の男から発せられた単語に、私は一瞬息を止めた。そして気付く。
この男は、1年A組…つまり、荒北靖友の担任教師だ。
「呼び出しても無視するし、授業はサボるし…とんでもない不良だよアイツは」
「荒北にはもう何をしたって無駄じゃないですか」
「まあ、俺もアイツには期待はしてないがな」
目の前で次々と言葉を交わす教師たち。その嘲笑混じりの声に、私は自分の心がふつふつと煮え滾っていくのがわかった。なんだこいつら。
「(…荒北くんの事、なにも知らないくせに)」
そのとき、頭の中に唐突に浮かんだ言葉。中学3年生の、職員室での担任教師との会話。
ーーー『アイツのことも、よろしくな』
「(あ…)」
あの時の言葉が、実感を伴って私を襲う。ああ、あの言葉はこういうことを言っていたのだろうか。彼の過去を知らない奴ら、彼の上辺だけしか見ようとしない奴らから、彼を守れるのは、知っている私だけだと。あのとき先生はそう言いたかったのだろうか。
「……荒北くんのこと、悪く言わないでください」
そう気付いた時には、既に私の口は動いていた。まさか私から反論が来るとは思わなかったのか、目の前の教師ふたりは驚いた顔でこちらを見ている。
「…樒原?」
「荒北くんは私なんかより、それこそ他の生徒なんかよりもずっとずっとすごい人です。簡単に見える上辺だけで、彼を評価するのはやめてください」
一度開いた口は、中々閉じない。私は捲し立てるように言葉を紡いだ。
「確かに彼は、今はどうしようもない不良かもしれませんけど、でも、本当はすごい人なんです。彼の可能性を勝手に見限るのはやめてください」
荒北靖友は、私のたったひとりのヒーローなのだ。
「……………」
「……それだけです。すみません、大きな口を叩いてしまって。失礼します」
「あ、おい待て樒原…」
「テストの件は、今から勉強します。今年の横浜勢はろくでもない奴だなんて言われてしまっては、出身中学の先生や後輩にも示しがつきませんから」
唖然とする教師の顔と、しんと静まった職員室の空気。私は居た堪れなくなって、早口で謝罪し踵を返した。担任は私を引き止めたが、怒られるのも嫌だったので半ばやけくそで言葉を付け足した。完全に言い逃げである。
「……………」
バタン、と職員室の扉が閉まる音を聞いて、私はようやく冷静になった。そして後悔した。
「(やってしまった……!)」
やばい、やばいやばいやばい。私は仮にも教師に、なんて啖呵を切ってしまったのだろうか。これでは心証最悪ではないか。今後の生活終わったな、内申的な意味で。ああ、なんてことだ。
「……はあ…」
とりあえず、今の私にできることは勉強しかない。幸い部活は考査前で休みだし、学校帰りに遊ぶような友達も悲しいことにいない。そう、今日から私の友達は勉強、君だ。頑張ろう。これぞ背水の陣。頑張れ私。
ひとつ深呼吸、よし、少し落ち着いた。
「…あいつら、絶対見返してやる」
完全に自己満足でしかないけれど。
彼を守れるのは私だけなのだから。
「…勉強しよ」
中間考査まで、あと6日。