番外編

その日は朝から憂鬱だった。

昨日突然、実家の姉ちゃんから明日花見をするから来いという電話がかかってきて
毎週金曜日はニノと一緒に過ごしていたから、もちろん俺は断ったんだけど

それでも姉ちゃんは引き下がらず
彼女なら連れて来い、彼女じゃないなら予定を変更しろと、何ともまあ強引な二択で

ニノを連れて行ってもいいけど、嫌がるだろうな。

そう思った俺は、しぶしぶ参加すると返事をした。


「あのさ・・ニノ。」

「はい。何ですか?」


昼休み前、俺は内心ビクビクしながら、昨日の出来事をニノに話した。


「今日さ、急に実家の花見に参加しなきゃいけなくなったんだ。」

「分かりました。楽しんできて下さいね。」

「うん。ごめん。・・明日は、空いてる?」

「土曜日は予定が入ってるんですよね。」

「・・そっか。」


その時のニノは文句も言わず、笑顔だったけど
昼休みの光景を見て、ニノが怒ってるって確信した。

松本くんはびっくりする位の男前で、しかも真面目で優しい。

彼を見ると、俺は自分に自信が持てなくて
ニノは俺なんかでいいのかなって、不安になってしまう。

ああ、すごく嫌だ。
何かめちゃめちゃ笑顔で喋ってるし。

心の中に嫉妬と不安のモヤモヤとした感情が沸き起こる。


「大野さん、喧嘩でもした?」


俺の様子を見た翔くんが心配して声をかけてくれた。


「いや・・・うん。喧嘩っていうか、俺が怒らせちゃったんだ。」


俺は簡単に事情を説明した。

翔くんは適当な質問を挟みつつ、俺から話を引き出してくれる。
説明が苦手な俺にとっては、とても話しやすい相手だ。


「へえ~。何か意外。」

「何が?」

「二宮くんって、割とサラっとした子だと思ってたから。」

「?」

「よっぽど今日を楽しみにしてたんだね。」


翔くんにそう言われて、ハッとした。

そうか。
ニノも毎週金曜日を楽しみにしてくれてたのか。

俺はいつも自分の気持ちにいっぱいいっぱいで
ニノがどう思ってるのかなんて、考える余裕がなかったから。

その時やっと、少しだけニノの気持ちが分かったような気がした。

昼休みが終わってからの俺は、もう仕事どころじゃなかった。

ニノに松本くんと何話してたのかを聞きたくて
でも、そんな事聞いたら、ウザイって思われるかなとか。
やっぱり自分から話してくれるのを待った方がいいのかなとも思ったりして。

俺はどうしたらいいのか分からず、ずっと考えこんでいた。


「大野さん。俺ちょっと資料のコピーがあるんで、コピー室に行ってきますね。」

「え、ああ。分かった。」


ニノは表面上にこやかに接してくれるけど、余計な事を話しかけるなっていうオーラ全開で
しかも今日に限って、部屋の外の用事が多いし
明らかに避けられてるような気がする。

ああ、どうしよう。

実家の花見を断るのが一番いいって分かってるけど
今さら断りの電話を入れると、後が恐ろしい。

もともと俺に不参加の選択権は、なかったからなあ。

グズグズ悩んでいると、あっという間に夕方になった。


「ニノ。今日は何時までかかる?」

「今日は定時で帰りますよ。実家に行くなら、早い方がいいでしょう?」

「いや・・まあ。」


定時前のいつもの会話。
だけど、今日は少し気まずい。

ニノの言葉がチクチクと胸に刺さる。
会社の外に出てからも、それは続いた。

俺は一緒に駅まで行こうとしてたんだけど
ニノは急に立ち止まって、思い出したように言った。


「あ、帰る方向違うんですよね。」

「・・うん。」

「俺、本屋に寄って帰るから、ここで失礼しますね。」

「・・・・うん。」


なんかさ。
まだ怒ってくれた方が、対処がしやすいって思う。

仕事で毎日顔を合わせてるし
毎週金曜日から土曜日にかけては、一緒に過ごしていたから
毎回毎回好きだって言葉にしなくても、気持ちは伝わっていると思っていた。

だけど、ああやって普通に避けられると、どんどん不安になってしまう。

俺がニノのこと、どれだけ好きか知ってんのかなって
松本くんとちょっと話してるのを見た位で、こんなに落ち込むんだよって

ニノの体温を感じながら、ちゃんと自分の気持ちを伝えたかった。
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