番外編

「ここ、空いてる?」


社内食堂で昼飯を食べていると、懐かしい声が聞こえた。
顔を上げると、ニノが昼飯を持って微笑んでいる。

久しぶりに俺に向けられた笑顔が眩しい。


「空いてるけど、お前いいのかよ。」

「何が?」


素知らぬ顔をして、ニノは俺の前に座った。

いやいや。
大野さんがチラチラこっち見てるし
お前がそれに気付かないハズないだろ。

周りが気になった俺は、心の中だけで突っ込んだ。

いろいろあったけど、ニノに対する気持ちは、もう落ち着いていて
俺も今は新しい恋に踏み出している。

だから、ニノと話すのは平気なんだけど
大野さんの手前、こうやって二人で話したり、飯を食ったりすることはなかった。


「何だよ。喧嘩でもしたのか?」


わざわざ大野さんが見てる時に、こんな事をするってことは、何かあったに違いなくて
放っておけばいいのに、つい口を出してしまう。


「喧嘩じゃないよ。意地悪してるだけ。」


・・・意地悪って。

聞けば、ニノと約束していた日に大野さんの実家の予定が入り会えなくなったと言う。


「何だ。それだけかよ。」

「だから意地悪してるだけなんだって。何か実家に負けた気がしてさ。」

「ははは。」


口を尖らせているニノが何だか可愛くて、笑ってしまう。

こいつが本当に危ないのは、何も言わずに抱え込んでいる時だから
こうやって俺に文句を言ってる時は大丈夫だなって、安心する。


「子供みたいな意地悪すんなよ。かわいそうだろ。」


ニノの思惑通り、大野さんはさっきからずっと不安そうな表情を浮かべていて
俺がこう思うのも変だけど、庇ってやりたくなる。


「潤くん。どっちの味方なんだよ?」

「・・どっちって。」


もちろんお前だよと言いかけて、思いとどまった。

それは口にしてしまうと、別な意味を帯びてしまいそうだったから。

俺たちは、もう付き合う前のような関係には戻れないだろうけど
同期には違いないし、こうやって少し話せる位の関係になれたらいいなって思ってた。


「そもそも俺を巻き込んで、あの人に意地悪すんなって。」

「ふははは。そこに気付いちゃった?」

「気付くって。」


目の前でこんなに喋って笑っているニノを見るのは、本当に久しぶりで
不安になっている大野さんには悪いけど、俺はちょっと嬉しかった。

その後もニノはずっと大野さんの話をしていた。

こうやって話せるのは嬉しいし
俺の気持ちも落ち着いてるから、もう別にいいんだけど
でも、この前までの俺に対する態度とはずいぶん違っていて
あの殊勝なニノはどこに行ったんだよって思う。


「お前さあ、俺に対する気遣いとかは無くなったわけ?」

「もういいかなって思って。」

「・・・そりゃ、もういいんだけど。」

「だって潤くん、あの年上の人と付き合ってんだろ?」


意味深な笑みを浮かべて、ニノは言った。

何でバレてんだ?
以前、好きになれそうな人がいるって話をしただけなのに
付き合い始めたのは最近だから、まだ相葉ちゃんにも話していない。


「どっから聞いたんだよ?」

「見ちゃったんだよね。この前、会社の近くで待ち合わせしてた所。」

「・・・ああ。」


そういえば、最近そんな事があったなと思い出す。

ただ晩飯を食いに行っただけなんだけど、あれを見られてたのか。
ってことは、ニノは付き合ってるのを知ってた訳じゃなくて、カマをかけたってことか。

・・・こんな所も相変わらずだな。

新しい彼女と二人で一緒にいる所を見られてたことも
自分でも気付かない内に、それを認めてしまったことも
全てが照れくさくて、何て言っていいのか分からない。

そんな俺をニノは優しい表情で見ている。


「良かったね、潤くん。」

「まあな。」

「・・・幸せそうな潤くんを見て、嬉しくなったよ。」


そう言ったニノは、本当に嬉しそうで
心の底からそう思ってるってことが伝わってきて

何だか胸が熱くなった。


「あ、もうこんな時間だ。じゃね。」


時計を見たニノが、慌てて席を立つ。
そろそろ昼休みも終わりだ。


「早く仲直りしろよ?」

「分かってるって。」


笑いながら手を振って、ニノは社内食堂を出て行った。

あいつは大野さんに意地悪するためって言ってたけど
本当は、付き合い始めた俺を祝福するために来たのかなって

ぼんやりとニノの後ろ姿を眺めながら、そう思った。
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