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別れを告げたあの日から、俺はできるだけ潤くんに会わないようにしていた。

あれで潤くんが納得したとは思えないし
俺に会うため、あちこちで待ってるんじゃないかって
そう思って、結局、日曜日も本当に実家に帰った。

今日もかなり早くから出勤して、定時で帰ろうと頑張っていた。


「今日はずいぶん働いてるね。予定でもあんの?」

「いつも働いてますよ。予定はないですが、早く帰りたいんです。」

「ふ~ん。」


大野さんは、そんな俺を面白そうに眺めている。

どちらからも、飲み会の話はしなかった。
本当に覚えてないのかもしれないし、忘れてる振りをしてるのかもしれない。
でも、もうどっちでもよかった。

あのキスは確かに別れるきっかけにはなったけど
同じ会社に潤くんがいるのに、大野さんと付き合うなんて考えられない。

だから、大野さんとの関係は以前のまま。
正直、今は潤くんとちゃんと別れることで頭がいっぱいだ。


「ニノ。定時であがれそう?」


定時の18時前に、いつものように大野さんが聞いてきた。
俺は夕方急に入った資料作りに追われていた。


「・・・駄目でした。30分下さい。」

「明日でも、いいよ?」

「いや、どのみち明日困るんで、今日終わらせます。」

「分かった。じゃ、30分後に戻ってくる。」


潤くんが部長室に現れたのは、大野さんが出て行った直後だった。


「・・・潤くん。」

「話、したいんだけど。」


ふてくされたような表情で、潤くんは言った。


「何を話しても、変わらないよ?」


俺の言葉に、潤くんが責めるような視線を送ってきた。

こんな言い方しかできないのが、辛い。
俺の事なんか嫌いになって、早く忘れてくれればいいのに。


「お前、あの日からずっと俺から逃げてるだろ。」

「うん。」

「何で?」

「だって、会わない方が俺を忘れられるだろ?」

「・・俺は忘れるつもりはない。」

「だから、もう終わりなんだって。会う度にこんな話するの、嫌なんだよ。」


潤くんの顔が辛そうに歪んだ。

ああ、また泣かせてしまう。
そう思ったけど、表情には出さない。

別れ話をする前から、俺は潤くんの前では泣かないでいようと決めていた。
俺が泣いてしまうと、潤くんが泣けないから。
急に別れを告げられて、泣きたいのは潤くんだと思うから。


「逆に聞くけど、どうすれば納得してくれる訳?」


我ながら、意地の悪い質問だった。

潤くんが納得してくれるハズなんてないのに
数分押し黙って、やっと潤くんは口を開いた。
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