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「大野さん、大丈夫ですか?」

「ん~。」


大野さんの元に駆け寄って、声をかける。
特に怪我をしている訳でもなさそうなので、とりあえずホッとした。


「部屋まで送りますよ。」


力の入らない大野さんの身体を支えて、何とか立たせる。
身長が同じ位の俺にとっては、かなりの重労働だ。

一体、どんだけ飲んだんだよ。
少しは考えろって。

俺は心の中で毒づきながら、マンションのエントランスに入った。
エレベーターを降りた時、足元に水滴が落ちたのに気付いた。

え?

驚いて隣を見ると、大野さんの目から涙が流れている。

それは、あとからあとから流れてきて
俺はその綺麗な涙に、少し見とれてしまった。


「・・・どうして泣いてるんですか?」

「さあ?」

「さあって。」

「・・鍵、どこだろう・・。」

「ええ?ちょっとカバン貸して下さい。」

「・・ん。」


モタモタしている大野さんからカバンを奪い、中身を確認する。


「ああ、ありましたよ。」

「・・良かった。」


大野さんはふにゃっと笑って、涙を拭っている。

何だ。
鍵が探せなくて泣いていたのか?
それとも、酔っぱらうと泣きたくなる人なのかなあ。

首を傾げながら、俺は玄関の扉を開けた。


「わ。」


玄関で靴を脱ごうとした大野さんが、バランスを崩して倒れ込んできだ。
さすがに支えきれず、俺まで一緒に倒れてしまう。
抱きつかれたような格好になり、動けなくなった。

どうしよう。

俺の肩に顔を埋めたまま、大野さんが呟いた。


「・・にのぉ。」

「はい?」

「・・好き・・好きだよ・・。」

「はいはい。」


多分
大野さんは本気で言っていた。

でも、俺はその気持ちに向きあえなくて
酔っぱらいが何か言ってるなって
そう受け取ったという風に軽く返事をした。

二人で起き上がって、玄関先に座り込む。


「・・泣き上戸なんですか?」

「ん。そうみたい。」


大野さんが泣いているのが分かっても、そんな事しか言えない自分が情けなかった。
ふいに隣に座っていた大野さんが、後ろから俺を抱き締めてきた。


「ごめん・・ちょっとだけ、このままでいさせて。」


泣きながらそんな事を言う大野さんが切なくて、愛おしくて、堪らなくなった。
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