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「・・・答えないと、教えてもらえませんか?」


松本くんは、思いつめたように言った。

もう、その答えで分かってしまった。

彼はニノの恋人だろう。
そう考えると、いろいろ俺の中で不思議に思っていた事が解消された。

彼女って聞いた時のニノの反応。
朝帰りの時の派手なネクタイ。

真面目で優しくて
料理が上手で、人の世話ばかり焼いてて
ニノが話す恋人の話は、目の前の松本くんの事に違いなかった。


「別にいいよ。答えなくて。」


そう言うと、松本くんはホッと息を吐いた。

酷い噂の俺とは一緒にいさせたくない位、ニノを心配してるんだな。
何も言わなくても、彼からはニノへの愛情が感じられて
何故だかひどく傷付いた。


「その噂は本当の事だけど、ちょっと違う部分もある。」

「と、言うと?」

「前の秘書の子と寝た事はあるよ。1回だけね。」


何だかその子が不安定な時期で、頼まれたようなものだった。

嫌いじゃなかったから、抱いた。
ただ、それだけだった。


「んで、妊娠して辞めたのは本当だけど、相手は別の人。結婚するって言ってたよ。」

「あ、そうなんですか?」

「そ。安心した?」


笑顔を作ってそう言うと、松本くんは深々とまた頭を下げた。


「・・はい。すみませんでした。」

「じゃ、もう帰ってもいい?」

「はい。ありがとうございました。」


松本くんと一緒に会議室を出て、その前で別れる。

周りに人気がない非常階段まで移動して、俺は携帯を取り出した。
もうニノが終わる時間になっている。


「あ、大野さん?」

「うん。ニノ、もう終わった?」

「はい。今日は帰ってこないから、どうしようかと思ってた所です。」

「ごめん。ちょっと偉い人に捕まってさ。先に帰ってて。」


出来るだけ普通の声で、一気に話す。
こんな落ち込んでいる状態で、ニノに会いたくなかった。


「・・大丈夫ですか?」


何かいつもと違う事に気付いたんだろうか。

ニノの声が心配そうなものに変わった。


「大丈夫だよ。じゃね。」


明るくそう言って、俺は電話を切った。

ニノから恋人の話は聞いていたけど、それは想像でしかなくて。
松本くんを見た事によって、本当に恋人なんだなってリアルに感じられた。

もともと想いを告げるつもりなんてなかったけど
でも、どんなに頑張っても、叶わないんだって事を思い知らされたようで

しばらく、非常階段に座り込んだまま、動くことが出来なかった。
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