M

「大野部長さあ、前の秘書の子に手出して妊娠させちゃったらしいよ。」

「ええ?マジで?」

「じゃ、その子と結婚するって事?」

「いや、どうやら捨てちゃったらしいんだな。」

「うわ。ひでえな。」


大野さんに関する噂話が、無責任に飛び交う。

大勢で人の噂をするのが、俺は苦手だ。
だいたい8割方、嘘だったりするし。
本当の事であっても、本人にはちゃんとした理由があったりするし。
悪意の尾ひれがついて、全然違った話になってたりするから。

どっから出た話なのかは知らないけど、酒の席だから多少は仕方ないと思う。
でも、部署も違うし、大野さんと直接話した奴なんて、この中にはいないだろう。

ニノから話を聞く限り、そういう人には思えないんだけどな。


「なあ、それ本人から聞いた話?」


出来る限り場の空気を壊さないように、話を始めた奴に聞いてみる。
そいつは、酔っぱらって赤い顔をして、頭を掻きながら言った。


「いや。誰から聞いたか忘れちゃったけど。」

「ふうん。」


何度も一緒に飲んだ事のある奴らだから、多分何か気付いたんだろう。
すぐに違う話に話題が移り、その話はそれで終わりになった。


酒の席での噂話。
気にする必要もない話。

でも、その話は俺の中でモヤモヤとした塊として残ってしまった。

ニノの直接の上司である大野さんが、そういう人だって思いたくない。
ニノが憧れてた人が、そんな事をするなんて思いたくない。
その話が本当だったら、ニノは傷付くだろうか。
悲しむだろうか。

結局、俺が考えるのなんて、ニノの事でしかなくて。
余計な事をしているなと想いながらも、直接確かめずにはいられなかった。
2/2ページ
スキ