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いろいろな社内事情で、次の秋冬物のカタログの仕上がりが3週間遅れることになった。

俺は非常に慌てた。

だって、取引先の大手百貨店から早く商品を見せろと言われていたし。
カタログが仕上がる予定だった翌日にアポを取っていたのに。

3週間遅れることを取引先に告げると、案の定かなり渋い返事をされた。


「デジカメで撮影した写真でいいから、早く持ってきてもらえないですかね?」

「・・・上の者と相談してみます。」


電話を切って、俺はため息を付いた。

まあ、そりゃそうだよな。
サンプル商品を持っていければいいんだけど、全部持っていくわけにもいかないし。

デジカメで撮影した写真でいいって言われても・・・。

俺に撮影しろって事?

どうすればいいか分からなくなり、俺は大野さんに相談してみる。


「まあ、いいんじゃない?」


部長室でざっと事情を話すと、曖昧な肯定の返事をされた。
どこを指していいと言っているのだろう。
この人、いつも主語がないんだよね。


「ごめん。何ががいいか分からないんだけど。」


率直に聞いてみる。

本当は立場上、部下である俺は敬語で話さないといけないんだけど。
大野さんが絶対やだって怒るから。
ウルサイ上の人がいる時だけ敬語を使うことにしている。


「いや、サンプル持っていけない分だけ、デジカメで撮影すれば?」

「やっぱり?」

「うん。パソコンに取りこんで資料みたいにすればいいじゃん。」

「げ。」


俺は思わず顔をしかめた。

まず撮影して、パソコンに取りこんで、加工して、印刷かあ。
出来上がるまで、先が長いなあ。

他の仕事をこなしながら、その作業をするのかと思うと憂鬱になった。

大野さんは、同じ部屋でパソコンに向かっていた秘書の子に話しかけた。


「ねえ、ニノ。できる?」

「できますよ。」


大野さんの主語がない問いかけに、一発で彼は答えた。

話を全て聞いていたとは思わなかったので、少し驚く。

俺が大野さんの部屋を訪れるのは、大体昼休みだから、秘書の彼がいない時の方が多い。
だから、直接ちゃんと話すのは今日が初めてだった。


「え~と・・・。」

「あ、二宮です。データさえいただければ、資料は作成しますよ。櫻井課長。」

「え、マジで?」

「はい。・・・で、いいんですよね?大野さん。」


二宮くんはニコッと笑って、大野さんに確認するように言った。
それに答えるように大野さんも笑って頷く。

なんだか。
その大野さんの笑顔が。
今まであまり見たことのない表情で。

いや、いつも優しいし、ふにゃふにゃ笑ってたりするんだけど。
でも、二宮くんに向けられたそれは、なんか違ってて。

何が違うんだろうと考えたのは一瞬だけで、すぐに話を振られて俺は我に返った。
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