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「なあ、俺と一緒に来る?」
まるで冗談でも言うように、さらりと吸血鬼が言った。
口調とは裏腹に
その目が
大野さんと同じ目が結構真剣だったから
少しグラッとなってしまった。
いけない。
いけない。
ごめんね、大野さん。
心の中で大野さんに謝って
それから
目の前のソイツに微笑んだ。
「吸血鬼さん。」
「うん。」
「俺、大切な人がいるんだ。あんま何考えてんだか分かんないヤツだけどさ。」
「・・・。」
「その人の隣で生きていたいんだ。」
不思議なことに
本人の前では言ったことのない素直な気持ちがスラスラと口をついて出ていた。
「そっか。」
すがすがしいほど呆気なく、吸血鬼は引き下がってくれた。
コイツは大野さんじゃない。
なのに、あまりに似すぎてるから
何か俺が振ったみたいな気がして、ちょっと心が痛む。
何だかんだ文句は言うけど
あの人を拒んだことなんて、一度もないからね。
「・・・その顔、ずるいよね。」
「え?」
「俺が悪い訳じゃないのに、なんか謝んなきゃって思う。」
「・・・ああ。そんな似てんのか。」
「うん。似てるってもんじゃないよ。」
吸血鬼はクスリと笑って
俺の顔をじっと見つめたかと思うと、俺の眼鏡をすっと取り外した。
「お前こそ、ずるいじゃん。」
「は?何の話だよ。」
「そんな顔で俺を振るなんてさ。」
口を尖らせて文句を言う吸血鬼を少し可愛いと思ってしまった。
どうやら
眼鏡を外した俺の顔が知り合いに似ているらしい。
「変なの。」
「本当だ。さっさと退散しようっと。」
「うん。じゃね。」
「ははっ。あっさりしてんな。」
「たかだか30分の知り合いだろ。」
「そうだな。だけど、面白かった。」
「うん。」
無造作にギュッと抱きしめられて、ポンポンと頭を撫でられた。
大野さんと同じような違うような
心地よい感触に浸っていると
ふっと
気配が消えた。
「・・・ホンモノだったんだな。」
独り言を呟いて
現実世界に戻ろうと眼鏡をかけ直した。
さっきまで吸血鬼に抱きしめられていた感触が、やけにリアルに残っていて
何だか
無性に大野さんに会いたくなった。
俺は滅多にかけることのない電話を手に取って
「今、どこにいる?」なんて、照れくさいことを聞いてみることにした。
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