「大野さん?」


その獲物は、うっすらと目を開けてそう呟いた。


いや。

俺は【大野】じゃないし
名前もないただの吸血鬼だ。

そんな切ない声で呼ばれる覚えもない。


「違うよ。」

「ふふ。違わないだろ。」

「・・・。」


俺を大野と信じて疑わない彼がひっそりと笑う。


その口元とか
銀縁メガネの奥に見えるうっすらと色付いた目尻とか
白く光る喉元とかが
まるで俺を誘っているみたいだったから
思わずペロリと首筋を舐めあげてしまった。


「んっ。」


甘い吐息を吐いて、彼が喉を震わせた。


ああ。

コレは極上の匂いがする。


その一滴で細胞全てが力をみなぎらせるような・・・極上の血。


「今日は焦らしプレイな感じ?」

「えっ?」

「・・・いつも待ったナシだから、さ。」


その照れくさそうな表情にプチっと理性が飛んで
いや、理性らしい理性は持ち合わせてないんだけど

とにかく衝動的に
彼の手をつかんで、押し倒した。


「ちょっ・・・大野さ・・んっ・・・。」


俺の豹変した態度に戸惑ったような声を出すけど、彼は俺を拒まない。

大野ってヤツと勘違いしてるからな。


恋人?

セフレ?

どっちでもいいけど、こういう関係にあるってことは確かだ。


くらくらするような首筋を舐めまくって
引きちぎるように白いシャツのボタンを外した。


おかしいな。

余裕がない。


数えきれないほどの年を超えて
数えきれないほどの別れを経て
どうなってもいいやって自暴自棄になってた俺なのに。


「・・・っあ・・・・は・・・・。」


彼の甘い吐息に
ビクビクと反応する敏感な身体に

ちょっと

もう
何かと我慢の限界なんだけど


「・・・ね・・えっ・・・・。」

「ん?」


俺の頬を両手で挟んで、彼が囁く。


「・・・まだ、キス・・・してない・・・。」

「・・・。」


その行為は俺にとっての鬼門だったけど
真っ赤になっている彼があまりに可愛かったから

唇を合わせて、舌を絡ませた。


「・・・・っ・・・・ん・・・・。」


甘く柔らかな舌を吸い上げて
溢れた唾液を飲みこむ。


きっと
無意識のうちに調子にのってしまったに違いない。


「・・・・っ!?」


彼が一瞬眉をひそめて

それから
急に強張った表情になり、俺を押し退けた。


彼の薄い唇からは、紅い血の滴がぷっくりと浮かんでいて

なんて綺麗で
なんて美味そうなんだろう


と、俺は自分勝手に思っていた。





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