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あの日から、ニノは何も言わなくなった。
俺に好きだとも言わないし
独特の甘い声で、俺の名前を呼ぶこともなくなった。
メールがくることも、電話がかかってくることもなくなって
・・・淋しい。
どうしようもなく淋しい。
「お先に。」
ニノが俺の隣をすり抜けて、楽屋から出ていく。
ふわりとニノの香水が鼻をくすぐって
その香りが以前と変わっていないことに、胸が締め付けられる。
「・・・智くん。大丈夫?」
「え?」
帰り支度をしていた翔くんが、心配そうに聞いてくる。
いつも通りにしたつもりだったけど、やっぱり気付かれてたのかな。
「・・・これ、使う?」
ハンドタオルを渡されて
自分が泣いていたことに、やっと気付いた。
「・・・・ありがとう。」
「話、聞いてほしかったら、いつでも聞くよ?」
「・・・・・ん。」
翔くんは優しく声をかけてくれたけど
『ニノと別れたんだ』
その言葉を口にすることが辛くて
結局、何も言えなかった。
翔くんはそれ以上何も聞かずに、ただ傍にいてくれた。
ニノの香りが懐かしくて、涙が止まらない。
俺はあの香りが大好きだった。
同じ香水をつけてみたけど、ニノと同じ香りにはならなかった。
時間が経てば、普通に喋れるようになるのかな。
ニノが他の人の話をしている時も、笑っていられるようになるんだろうか。
「・・・・翔くん。」
「ん?」
「今日、あんまり喋れなかった。」
「うん。いつもの事だよ。」
「そうだね。」
翔くんがポンポンと俺の頭を撫でてくれる。
うん。
分かってる。
いつもは、俺に喋らそうとして話を振ってくるのにさ。
今日は俺の様子が変な事を察してか、話を振ってこなかった。
それでも
カメラが回っている事を意識すれば、何とか笑えた。
お客さんが見ている事を考えれば、何とか喋れた。
ニノの隣に座る時は、いつも身体のどこかが触れていたのに
数センチの隙間が出来るようになった。