N


ホテルを出て家に戻ると、鍵が開いていた。


珍しいな。

合い鍵、使うなんて。


リビングへと向かうと
ガラステーブルを見下ろしたまま、立ち尽くしている智の後ろ姿が見えて


あ~・・・。

ワイングラス、片付けてなかったな。


なんて、これから起こる事を予想して憂鬱な気分になりながら声をかける。


「・・・何してんの?」

「ニノ・・・。」


ピクリと肩を震わせ、智が俺を見た。

哀しみと絶望の色が浮かんだ目に、若干の罪悪感を覚える。


「今日は駄目だって言わなかった?」

「・・・うん。ごめん。」

「何か、急用なの?」

「・・・。」


俺の言葉に智が視線を逸らせる。


酷い事を言ってんな、俺。

今日が何の日か知っていながら。

頬に残る涙の筋は、まだ乾ききっていなくて
智の心の痛みを物語っている。


「ニノは・・・もう俺の事、好きじゃないんだよね?」

「・・・好きだよ。」


この状況で信じてもらえないだろうけど


「じゃあ、何で他の女に手を出すんだよ。」

「何でって。」

「教えろよ。」


追い詰められたような表情で見据えられ、背筋が震える。


「・・・別に理由なんか、ないよ。」


そう。

この人に説明して納得してもらえるような理由なんて一つもない。


この人が俺に興味を持たなくなるのが怖いから
そん時になって、他の女を抱けないのが怖いから
この人だけになってしまった俺の心が、壊れそうで怖いから


そんな理由で、誰が納得する?






 
1/2ページ
スキ